「いつも資金集めに追われていた」夢破れた日本産ディスプレイの復活、政府系ファンドが1390億円支援も実らず 政府の国内産業支援に残した教訓
47NEWS / 2023年8月8日 10時0分
私たちが1日に何度も目にするスマートフォンで、色鮮やかな写真や映像を映し出す有機ELディスプレー。この分野で世界を席巻する韓国のサムスン電子などに対抗するため、日本を代表する電機メーカーや政府系ファンドが出資して設立したJOLED(ジェイオーレッド、東京)が2023年3月、経営破綻した。日本製のディスプレーは、2000年代にシャープの「亀山モデル」など液晶で存在感を発揮したが、次世代の有機ELでは韓国勢に先行を許した。日本勢は官民でJOLEDを立ち上げて再興を目指したものの、量産開始の遅れや資金不足に苦しみ、夢破れた。政府系ファンドは約1390億円を支援したが実らなかった。
政府による国内産業への支援は、現在も半導体業界などに巨額の資金が投じられている。日の丸ディスプレーの挫折は、政府支援のあり方にどのような教訓を残したのか。(共同通信=仲嶋芳浩)
▽世界のリーディングカンパニーを目指す
JOLEDの石橋義社長は2023年6月の共同通信のインタビューで経営破綻に至った無念さを口にした。「日本のディスプレーの挑戦という自負があったが、成し遂げられなかった。支えてもらった株主や取引先、従業員など、多くの方を裏切ってしまい、本当に申し訳ない気持ちだ」。
JOLEDは2015年1月、ソニー(現ソニーグループ)とパナソニック(現パナソニックホールディングス)の有機ELディスプレーの開発部門を統合して設立された。ソニーとパナソニックは、大型テレビ用を中心に開発を進めてきたが、生産コストが高く、採算を確保するめどが立たなかった。JOLEDの設立を主導した政府系ファンドの産業革新機構(現INCJ)などは、設立発表時のプレスリリースで「ソニーとパナソニックが持つ世界最高水準の有機ELディスプレー技術と資源を結集し、有機ELディスプレー分野におけるリーディングカンパニーとなることを目指す」と宣言。産業革新機構幹部は「技術者の海外流出を食い止め、開発をてこ入れする」と意義を強調した。
▽勝ち筋は中型サイズの市場変革
有機ELは、液晶と比べて色鮮やかで、精細な映像を再現できるのが利点とされる。ソニーが有機ELテレビ「XEL―1」を2007年11月に世界で初めて売り出したが、11型と画面が小さく、高価だったため販売が伸びず、2010年に国内出荷を終えた。対するサムスンは同じ頃、有機ELディスプレーを搭載したスマートフォン「GALAXY(ギャラクシー)S」を発売。サムスンとLGは大画面化にも成功し、韓国勢が優位に立った。
ソニーが2007年11月に世界で始めて発売した有機ELテレビ「XEL―1」
英調査会社オムディアによると、JOLEDの設立が発表された2014年の有機ELの世界シェアは、出荷金額ベースでサムスンが93・3%と首位に立ち、LGが5・2%、ソニーが1・2%だった。スマートフォン向けはサムスンが先行し、テレビ向けはLGが強みを持っていた。
JOLEDの石橋社長は、当時の戦略をこう説明した。「後発で打って出ても得策ではない。パソコンや車のカーナビ、医療用モニターやタブレット端末に中型で高精細の有機ELを供給し、液晶から置き換えることで変革を起こそうという勝ち筋だった」。
▽パートナーの信頼失い、商機逃す
JOLEDは、発光材料をプリンターのように塗り分ける「印刷方式」と呼ばれる技術を採用し、安価で高精細なディスプレーを量産する想定だった。2017年12月には石川県川北町の研究施設にある試作ラインから、中型の有機ELディスプレーの出荷を開始。ソニーの医療用モニターや、台湾のASUS(エイスース)などが採用した。
JOLEDが公開した有機ELパネルのサンプル。左は筒状のパネル=2019年11月
だが、その後の本格的な量産開始でつまずく。大株主の産業革新機構が仲介する形で、JOLEDの株主であるジャパンディスプレイ(JDI)の能美工場(石川県能美市)を2018年に取得したが、譲り受けた生産設備が液晶向けだったため、有機ELの部材を生産するには性能が不足していた。2019年11月に量産ラインを稼働させたものの、不良品の割合が減らず、本格的な量産開始が遅れた。ネックとなっていた生産設備を交換することも検討したが、資金の余力がなく、2020年春を目指していた量産開始は2021年春へと約1年ずれ込んだ。
インタビューに応じるJOLEDの石橋義社長=2023年6月、東京都千代田区
くしくも2020年から新型コロナウイルスの感染が世界的に広がり、有機ELディスプレーの市場環境はめまぐるしく変わった。巣ごもり需要の拡大を捉え、海外の大企業と戦略的な提携関係を構築し、販売を広げる計画もあったが「量産開始が遅れたことで、タイムリーに製品を供給できず、パートナーの信頼を失った」(石橋社長)。JOLEDは絶好の商機を逃した。
▽工場取得でのしかかった巨額の固定費
能美の工場を取得し、巨額の固定費が発生する一方、量産が軌道に乗らず、財務状況は悪化する一方だった。JOLEDが2023年3月に東京地裁に提出した民事再生手続きの開始申立書によると、2021年3月期決算(単体)は売上高が59億円にとどまる一方、純損益は877億円の赤字を計上。2022年3月期は売上高が56億円、純損益は239億円の赤字だった。石橋社長は「工場を持ったことで、多額の固定費を負担することになり、事業を続けるためには黒字化が必須となった。タイマーを押した決断だった」と指摘する。
エンジニア出身の石橋社長は、量産開始に向けて現場での品質改善や市場開拓に注力したいとの思いが強かったはずだが、「いつも資金集めに追われていた」(関係者)という。
▽国策支援はエルピーダメモリでも失敗
韓国の有機ELディスプレーメーカーと真正面からぶつかるスマートフォンやテレビ向けを避け、ニッチな市場を狙う出口戦略には穴がなかったのか。車のカーナビなどに商機を見いだそうとしたが、サムスンなども受注を狙い、競り負ける場面があった。石橋社長は「もっとしっかりした出口戦略をつくるべきだった。完成品メーカーと組み、戦略を強固につくることができなかったのは大きな反省点だ」との認識を示した。JDIの子会社になる計画もあったが、JDIの経営悪化でかなわず、単独で生きる道を歩まざるを得なかったのも誤算だった。
政府系ファンドのINCJは、JOLEDへの資金提供のほか、社外取締役を派遣して支援してきた。勝又幹英社長は2023年3月、JOLEDの経営破綻について「断腸の思いだ」との認識を示した上で「顧客のトレンドをどこまで追えていたか、ふさわしい支援ができていたのか。多々反省すべき点がある」と語った。
国策支援は、半導体大手エルピーダメモリなど、失敗の先例がある。エルピーダは三菱電機、NEC、日立製作所のメモリー半導体事業を統合したが、公的資金を投入したにもかかわらず、結局立て直せず、2012年に経営破綻した。
▽半導体支援で問われる政府、産業界の本気度
経済安全保障の観点で戦略物資となっている半導体を巡っては、次世代半導体の量産を目指す「ラピダス」が2022年に設立され、経済産業省がこれまでに計3300億円の助成を決めた。量産開始には計5兆円規模の資金が必要とされ、国からの支援はさらに膨らむ見込みだ。
半導体製造に欠かせない薬剤「フォトレジスト」を手がける半導体材料大手JSRに対しては、INCJの親会社の産業革新投資機構が9千億円超で買収する計画も発表された。産業革新投資機構は「半導体材料の国際競争力を高めることは、わが国の産業競争力強化のために重要だ。非上場化で、構造改革や業界再編を機動的に進める」と狙いを説明する。
早稲田大大学院の長内厚教授
JOLEDの歩みは、新世代の技術を立ち上げ、世界で競争力を保つために、研究開発や量産体制の構築に巨額の資金を投じ続ける必要性や、製品の販売先を確保する重要性を映し出す。経営戦略に詳しい早大大学院の長内厚教授は「JOLEDは、新しい製品の開発には力を入れたが、大規模に生産するためのプロセスにしっかり投資をすることができなかった」と指摘する。株主のINCJや大手家電メーカーは、JOLEDの経営を軌道に乗せるまで十分にサポートすることができなかった。
半導体支援では同じ轍を踏むことなく、「日本の半導体産業の復活へ遅れを挽回するラストチャンス」(岸田文雄首相)をモノにすることができるのか。日の丸ディスプレーの失敗は、半導体業界への支援に対する政府や産業界の本気度も問いかけている。
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