小銃発射事件にヘリ事故、性被害の「三大問題」に揺れる自衛隊 政府が防衛力の抜本強化を進める中、現場では何が起きているのか
47NEWS / 2023年8月22日 10時0分
陸上自衛隊で事件や事故、不祥事が相次いでいる。今年6月、岐阜市にある射撃場で、新隊員として訓練中だった自衛官候補生の男が小銃を発射し、隊員3人が死傷する事件が起きた。4月には第8師団長ら10人が死亡するヘリコプター事故が発生。昨年は女性隊員が訓練中に性被害に遭う事案が発覚し、事件化している。複雑化する国際情勢を踏まえて政府が抜本的な防衛力強化を図る中、最前線を担う自衛隊で起きた「三大問題」。組織の足元で何が起きているのか。現役自衛官はどう受け止めているのか。(共同通信防衛問題取材班)
▽若手隊員養成の場で起きた凶行
6月14日午前9時10分ごろ、岐阜市の陸上自衛隊日野基本射撃場で、訓練中に男性隊員3人が自動小銃で撃たれる事件が起きた。このうち菊松安親1等陸曹(52)=陸曹長に特別昇任=と八代航佑3等陸曹(25)=2等陸曹に特別昇任=が頭や脇腹に被弾し、病院に運ばれたが死亡。別の3等陸曹(25)は左脚に3カ月の重傷を負った。
殺人などの容疑で逮捕されたのは、自衛官候補生の18歳の男だ。射撃場は屋内型の施設で、この男は準備場所で待機していた際、「89式5・56㍉小銃」に実弾が入った弾倉を無断で装填。「動くな!」と絶叫した直後、指導役だった3人に向けて発射した疑いが持たれている。
自衛官候補生が小銃を発射した陸上自衛隊日野基本射撃場で、施設周辺に集まった自衛隊員ら=6月、岐阜市
任期制の「自衛官候補生」制度は2010年に導入された。若くて戦力になる自衛官を確保するのが目的で、募集対象は18歳以上33歳未満。陸上自衛隊の場合、入隊から約3カ月間にわたって基礎的な訓練を受けると2等陸士となり、その後1年9カ月間、自衛官として勤務する。
岐阜の事件で逮捕された自衛官候補生の男と、死傷した3人は、いずれも名古屋市の守山駐屯地に拠点を置く第35普通科連隊新隊員教育隊に所属。3人は候補生たちの指導役だった。射撃場での訓練で、八代さんは射撃前の候補生らの服装や銃のチェックに当たる「交代係」、菊松さんと重傷の3曹は射撃場内の弾薬置き場で候補生らに弾を渡す「弾薬係」として指導に当たっていたという。
こうした若手隊員養成の現場で起きた凶行の衝撃は大きかった。防衛省の幹部は一報を聞き「大変なことが起きてしまった」と言葉を失った。陸上自衛隊トップの森下泰臣陸上幕僚長は発生当日に臨時記者会見を開き、硬い表情で「武器を扱う組織としてあってはならない。非常に重く受け止めている」と謝罪。約1カ月後の7月13日の記者会見でも「国民の皆さまに、多大なるご迷惑とご心配をおかけし、誠に申し訳ございませんでした」と再び頭を下げた。
記者会見で謝罪する陸上自衛隊の森下泰臣陸上幕僚長=6月、防衛省
▽実弾を渡すタイミングに疑問、安全管理に隙?
陸上自衛隊の内部で銃が使われた殺人事件は前例がある。1984年2月、山口県の射撃場で隊員が小銃で4人を撃ち、1人が死亡。隊員はトラックで一時逃走した。
この事件は陸上自衛隊で銃管理を厳格化する大きなきっかけになった。射撃訓練に際しては射撃場の機能や小銃の性能、安全管理上の規則の確認を徹底するようになった。さらに、訓練する隊員の心情や健康状態、習熟度の把握にも力を入れてきたという。
それにもかかわらず再び事件が起きてしまった。東日本の駐屯地で勤務する中堅自衛官は「二度と同じ事件を起こさないよう安全管理に厳しく取り組んできたのだが…」と嘆く。
陸上自衛隊によると、射撃場では一般的に射手は「射座」と呼ばれる位置で、的に向かって射撃する。その後方に、順番を待つ「待機線」、準備をする「準備線」がある。射座には、射手をマンツーマンで指導する「射撃係」が配置される。一方、待機線や準備線の付近には服装や銃をチェックする交代係がいるが、一人一人の射手とマンツーマンではないという。
中堅自衛官は「自分の経験では、弾薬係から実弾を受け取るのは射座に来てから、というのが普通だった」と明かす。だが、今回の岐阜の事件を見ると、自衛官候補生たちはマンツーマンでの指導役がいる射座に着く前の段階で、実弾を受け取っていたとされる。中堅自衛官はこの点を疑問視し「仮に射座に着いてから受け取っていれば、すぐ近くに射撃係がいるので男は勝手な行動を起こしにくかったはずだ」と指摘。安全管理に隙があったのではないかといぶかしがる。
陸上自衛隊射撃場のイメージ
入隊直後の自衛官候補生には、精神的に落ち着かない若者も少なくないという。中堅自衛官は「感情的な行動につながらないよう、特に射撃場では指導役は冷静に接する必要がある」とも語る。
▽「信頼を損ねる事案を起こしてしまった」と陸上幕僚長
陸上自衛隊ではトラブルが続出している。殺人事件の約2カ月前の4月6日には、沖縄県宮古島付近でUH60JAヘリコプターの事故が起きた。宮古島の地形を偵察するため、第8師団の坂本雄一・前師団長(55)ら隊員10人を乗せて飛行中に消息を絶ち、その後、宮古島の西隣にある伊良部島沖の海中で機体の主要部分などを発見。収容された前師団長ら6人の死亡を確認し、見つかっていない4人も死亡と判断された。
沖縄県・宮古島沖の事故現場海域から引き揚げられる陸上自衛隊ヘリの機体=5月(共同通信社ヘリから)
当時、前師団長は就任直後で、海洋進出を活発化させる中国に対応して自衛隊が体制強化を進める「南西シフト」の最前線を自ら確認しようとしていた。UH60JAは、安全面の信頼性が高い装備品と内部で見られていたが、深さ約106㍍の海底に沈んだ。
陸上自衛隊が、回収したフライトレコーダー(飛行記録装置)の解析を進めて事故原因を調べているが、南西諸島の防衛体制強化を担う部隊幹部を同時に失う事態が組織に与えた影響は大きい。
森下陸上幕僚長は、岐阜の小銃発砲事件を謝罪した7月13日の記者会見で、このヘリ事故にも言及。厳しい表情で「航空機事故に続いて今回の発砲があり、皆さまの信頼を損ねる事案を起こしてしまったことを大きく受け止めている」と語る一幕もあった。
一方、昨年は、福島県の郡山駐屯地に所属していた元自衛官の五ノ井里奈さん(23)が、実名を出して性被害を訴え、自衛隊での性暴力やセクハラの実態が露呈した。五ノ井さんの部隊では日常的に性的な発言や身体接触がまん延し、被害の相談はなおざりにされていた実態が明らかになり、防衛省が全自衛隊を対象にハラスメントについて調べる「特別防衛監察」を実施する事態に発展した。
防衛省は五ノ井さんに直接謝罪し、12月に上司だった隊員5人を懲戒免職にした。さらに今年3月になって福島地検が強制わいせつ罪で、このうち3人を在宅起訴。福島地裁で公判が始まっている。
防衛省は8月18日、特別防衛監察の結果を公表した。22年9月から被害申告を受け付け、パワハラやセクハラなど1325件の申し出があり、このうち6割以上が内部の相談員や窓口を活用しなかったと回答。不利益を受けるとの懸念や相談できる環境にないというのが大きな理由で、被害が起きても訴えにくい自衛隊の風土が露呈した恰好だ。監察結果を踏まえ、防衛省の有識者会議は、組織風土の改革を求める提言をまとめた。
五ノ井里奈さん(左)に謝罪する防衛省幹部=2022年9月、国会
▽人員確保に教育の徹底、足元に目を向ける必要性
これら「三大問題」は一見すると、それぞれ性質が異なるように見える。だが、防衛省の制服組は「いずれも無関係だとは思わない」と打ち明ける。100人以上の部隊を率いた自らの経験を振り返った上で「部隊の規律や士気、団結力など何かが欠けたときにトラブルは起きる。その意味で、三つの問題は共通しているはずだ」と訴える。
現場レベルで〝不祥事〟が続発する一方で、政府は台湾情勢の緊迫化、北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアによるウクライナ侵攻などを踏まえて「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境」をアピール。防衛力の抜本的強化を進めている。最大の眼目は、軍事力強化が著しい中国への対抗だ。
昨年12月には、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画の安保関連3文書を改定。「反撃能力」と称する敵基地攻撃能力の保有や防衛費の大幅増額などが盛り込まれた。陸海空3自衛隊の部隊運用を束ねる組織として「統合司令部」の創設も明記されている。
安保関連3文書を閣議決定し、記者会見する岸田首相=2022年12月、首相官邸
ただ、ある自衛隊幹部は防衛力強化が盛んに叫ばれる昨今の状況について「反撃能力や統合司令部といった大きなテーマに関する議論にばかり終始しているように感じる」と漏らす。一方で、自衛隊が長年悩まされてきた「人手不足」は解決されないまま残っている。「昔からの課題を棚上げして、新しい分野に取り組んでいては、組織が弱体化しかねない」と危機感をあらわにする。
防衛省によると、自衛隊が任務を遂行するために必要な人員の「定数」よりも、実際に配置されている人員の「実数」が大きく下回る状況が続いている。今年3月時点で「約24万7千人」の定数に対し、実数は「約23万3千人」で、不足分は約1万4千人に上る。少子化の進展で、人員確保は今後ますます困難になることが予想される。
自衛隊幹部は「どれだけ高額な装備品を買っても、どれだけ組織を改編しても、人がいなければ意味が無い」と指摘する。その上で「現場の部隊など組織の足元に目を向けなければいけない。人員の確保と適切な配置、徹底した教育訓練ができなければ、また問題は起きるのではないか」と話している。
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