創業86年の問屋をネット通販に業態転換、門外漢の工具業界に飛び込んだトップセールスマンの挑戦 結婚きっかけで跡継ぎに、従業員ゼロからの再出発
47NEWS / 2023年8月21日 11時30分
社長の娘と結婚して工具問屋の後継ぎになった若者が、従業員を解雇して業態を転換、赤字会社を再建した。ドラマのような展開を地で行くのは、工具のインターネット販売を手がける大都(大阪市)だ。新型コロナウイルス禍で増えた「おうち時間」を背景に、家具や内装を自分で作る「DIY」人気が高まり、着実に業績を伸ばす。今年2月には大工や個人事業主らプロ向けの通販サイトを開設し、安さを武器に大手へ挑む。時代の変化をかぎ取り、どのようにして会社再建に成功したのか、社長の山田岳人さん(53)に聞いた。(共同通信=小林笙子)
▽結婚をきっかけに飛び込んだ工具業界
サラリーマンの家庭で育ち、大学卒業後はリクルートに入社した。とにかく働くことが好きで、関西のトップ営業マンとして奔走した。独立志向が高まっていたころ、結婚をきっかけに大都へ入社した。
「大都は1937年創業の工具問屋です。ビスやペンチをメーカーから仕入れて、ホームセンターなどの小売店に販売するのが家業でした。入社のきっかけは結婚です。当時の社長に『娘と結婚するなら後継ぎになってくれ』と言われました。28歳の時です。工具業界は初めてで外様でしたから、最初はもまれましたよ。専門用語どころか工具の名前すら知らない。運搬用の2トントラックを運転しながら覚えました」
▽経営状態を知らない社員。業者間の価格のたたき合いで赤字続き
知識も経験もない人間が現場ですぐに通用するわけではない。扱っている商品や商習慣に慣れるまで苦労の連続だった。営業マンとして鍛えた根性で家業の転換に着手した。
「会社の立て直しが必要なことは分かっていました。ただ、収益構造を知ろうにも、周囲から『そんなもんは知らん』とあっさり言われました。経営状態を知らない社員ばかりで『いつか良くなるでしょう』と言ってるのを聞いた時は仰天しました」
「1人で決算書と向き合い、収益をどう改善するか考える日々です。その結果、問屋業を廃止し、工具のインターネット通販事業への転換を決断しました。当時は売り上げの半分をホームセンターからの注文が占めていて、価格のたたき合いが起きていたのです。工具問屋と小売りの立場の差が明確で、大都のような中小零細の問屋は生き残るのが難しかった。赤字続きで大きな変化が必要だとも考えていました」
▽廃業し従業員を全員解雇。ネット通販で再出発
数十年続く祖業をつぶすことは激烈な衝撃をもたらす。古くから勤める従業員の心情を考えると、その決断の難しさは想像にたやすい。問屋業の廃業は劇薬に近いやり方だったのではないか。
「一度に大転換した訳ではありません。2002年から僕1人でネット展開を始めてました。ホームページをつくったり、楽天市場に出品したり。問屋業とネット販売の二足のわらじ状態だった時期もあります。でも周囲の理解は得られませんでした。『ネット通販なんかで採算が取れるのか』と言われたこともあります。ネット販売なら、メーカーから仕入れた製品を直接消費者に売れるので、価格を安くできる。同業者からは批判されました。それでも続けられたのは、2001年の忘年会で『これからネット通販の時代が来る』と言ってくれた友人のおかげかもしれないですね」
「問屋の廃業を意識した2006年は、赤字体質で銀行からの借入金額も大きく膨らんでいた時期でした。税理士の勧めもあって、当時社長だった先代に進言し、社員には1年頑張って黒字化できなかったら廃業すると宣言しました。結局赤字のままだったので、2007年に問屋業を廃止し、従業員を全員解雇しました。年収は約半分になるが、ネット通販事業に転換した上で再雇用すると伝えましたが、ほぼ全員が去りました。先代に『屋号だけは残してくれ』と言われたので、大都という名前は残しています」
2023年入社の新入社員と山田岳人社長(左端)
▽商品数拡大が大当たり、DIY人気で好調なネット事業
工具の問屋がネット通販会社に変貌を遂げた。扱う商材は工具がメインで、それまでの事業と関連がなかった訳ではない。1人で始めた新事業を徐々に拡大し、業務の転換後はうなぎ上りで業績が回復した。
「大きな転換点は、2010年に中国に設立したデータセンターが軌道に乗ったことです。商品登録数を増やす戦略が当たり、売り上げが一気に拡大しました。以後、業績は右肩上がりです。問屋業をやめた2007年から、僕が経営主体になっていました。業績が回復し始めた2011年に代替わりし、42歳で3代目の社長になりました。従業員もゼロの状態からのスタートでしたが、先代は自分が社長のころから取引が続くメーカーさんなど、長年培ってきた信頼関係を残してくれました」
「DIY人気の後押しもあり、ネット通販事業は好調です。今年2月には大工や個人事業主などプロ向けの電子商取引(EC)サイト『トラノテ』を開設しました。システムエンジニアなど専門人材の採用を強化していて、2017年にはベトナムに子会社を設立し、システムの開発拠点としています。ベトナムを足掛かりにして東南アジアの市場開拓につなげる予定です。東南アジアはインフラ整備が未発達なところもあり、工具の需要は高いと見ています」
社内清掃に取り組むベトナム人従業員=7月10日、大阪市
▽大切なのは「思ったことを恐れずに言える環境」
1人で始めたネット事業は、今や出身国もさまざまな30人弱の従業員で回している。一見、風変わりな取り組みでも、会社の成長を思って積極的に採用。その背景には、社長就任以来、大切にしてきたことがあった。
「とにかく従業員の心理的安全性の確保が一番。思ったことを恐れずに言える環境が大切です。社員を外国人の名前で呼ぶイングリッシュネームを2010年に導入しました。取引先の台湾のメーカーが導入していて、いいなと思ったからです。社長とか課長とか肩書で呼ぶのが嫌だったのもあります。好きな芸能人やキャラクターなど、おのおの自分で決めてもらいます。僕はジャック。米国のテレビドラマ『24―TWENTY FOUR―』の主人公ジャック・バウアーが由来です。従業員は26人ですが、本名をほとんど使わないので、取引先など社外からの問い合わせで名字を言われた時に、一瞬、誰だっけ?となることもあります」
「他にも、大都の創業日に運動会を開催したり、毎週月曜の夕方に15分間、全社員で掃除をしたり、社内で横のつながりが生まれやすいような取り組みを進めています。通常の業務だけだったら、システムエンジニアと経理が雑談しお互いの意外な一面が見られることもないですからね」
大都の創業日に開いた社内運動会
「もちろんこういう風土が合わない人もいます。15分の掃除をするより、業務をした方が合理的だと言う人もいますが、結果的に業績が上がっているのが答えだと思います。イベントを通じてお互いの理解が深まり、生産性が上がって、残業が減り、収益がよくなる。コロナ禍で定着したリモートワークが主流になる中、安定した業績を維持するには社員の信頼が大事です。イングリッシュネームも掃除も、遊びでやっている訳ではありません。業績を上げるために必要な戦略だと考えて
います」
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