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「中高年の転職の厳しさを知ってほしい」憧れの職業パイロットから、アルバイト掛け持ち生活に転落 「実家がなければホームレスだった」

47NEWS / 2023年8月27日 10時0分

パイロット訓練当時の津雲渡さん(仮名)=本人提供

 華やかなイメージと高収入から「憧れの職業」と言われるパイロット。津雲渡さん(仮名、50歳)は数年前まで、国内の航空会社に勤務するパイロットだったが、事情があって退職を余儀なくされた。その後、別の航空会社への転職が決まったが、その「内定」は一転して白紙に。待っていたのは、その日暮らしのアルバイト生活だった。
 「実家がなければホームレスになっていた。コロナ禍で大学新卒の内定取り消しが社会問題になったが、中高年が新たな就職先を見つけるのがいかに厳しいか分かってほしい」。天国から地獄に転げ落ちるような経験。憤りを隠せない津雲さんが事の顛末を語った。(共同通信=宮本寛)


副操縦士時代の津雲渡さん(仮名)=本人提供、画像を一部加工しています


 ▽パイロットは夢だった
 パイロットに憧れたきっかけは子どもの頃に見た人気アニメ「機動戦士ガンダム」や、パイロットが主人公の漫画「エリア88」、「ザ・コクピット」だった。
 高校卒業後、父親の経営する自動車修理工場で車検整備をしながら資金をため、2001年、渡米して訓練を開始。その後、日本で事業用の飛行ライセンスを取得した。2006年に地方を拠点とする航空会社に入社し、翌年、プロペラ機の副操縦士となった。
 順風満帆に思えた人生はすぐに暗転する。2008年、パイロットで構成する組合の執行部に入った。入りたくはなかったが、推薦を断れば今後の勤務に悪影響を及ぼすことを恐れ、しぶしぶ受け入れたという。
 「当時の航空業界では、大手の組合が過激だったことは知られていますが、この組合もかなり過激で、平気でストを打っていた」
執行部ではあるものの、組合の「専従」ではなかった。このため、月に70時間ほどのフライトをこなしながら、組合活動に100時間以上も従事。「徹夜明けでフライトもしていた」という。

 ▽疲労状態のはずが「不眠症」にされ…
 そのうち、体が悲鳴を上げた。動悸、息切れ、めまい…。「なんとか睡眠時間を確保しよう」と会社に相談。すると「精神科に行くように」と促された。指定された病院の医師はこう告げた。「うつ状態です」。単なる睡眠不足と考えていた津雲さんは疑問に思った。診断書の作成を断り、自分で探した大学病院で受診したところ、「疲労状態」と診断された。
 会社に診断書を提出したが、その後に面談した産業医の言葉に耳を疑った。
 「疲労状態ではなく、不眠症にしました」
 パイロットは航空法で定められた厳しい健康診断「航空身体検査」で基準をクリアしなければ乗務できない。「疲労状態」であれば問題ないが、「不眠症」となると基準をクリアできず、国土交通大臣が個別に審査して操縦を認めるかどうか判定する。
 結局、条件付きで航空身体検査に合格。会社への不信感はあったが、乗務に復帰した。ところが、今度はアルコールハラスメント「アルハラ」が待ち構えていた。
 チームリーダーの機長が、早朝のフライトにもかかわらず未明まで飲酒を繰り返す。飲み会の誘いを一度は断ったが、周囲から「うまく立ち回らないと」と諭され、やむなく同席するようになった。
 大手企業と違い、勤務先の小規模な航空会社では、同じ機長と月に二度は巡り会ってしまう。「気まずくしたくないという思いがあった。機長に昇格するためには仕方がないと考えていた」
 長時間の酒席で睡眠不足の上、直前までの飲酒で体調が悪い状態での操縦により、再び体調不良に陥った。最終的にパイロットの資格は停止となった。
 その後は地上職勤務となり、給料は激減した。年収は副操縦士時代の半分以下。2015年、退職を申し出た。


津雲さんに届いたジェットスターからの合格メール

 ▽転職活動は苦労の連続。それでもジェットスターに
 しかし、40代になってからの転職活動は簡単ではなかった。
 まず、愛好家が集まる飛行クラブの運営会社に入ったが、経営難で倒産。次に離島を発着する便の運航を目指す会社に採用されたが、資金難で自主廃業となり、解雇された。
 2018年春、格安航空会社(LCC)ジェットスターのパイロット職に応募した。採用試験では、人事から資格書類のほか航空身体検査に関する書類や診断書の提出も細かく求められた。津雲さんは精神科医による診断書も含め、包み隠さず応じた。
 その年の6月12日、転職活動中の津雲さんの元にジェットスターの採用担当者から吉報が届く。「選考の結果、採用試験に合格されました」
 6月21日のメールには「成田ベースで確定となり、訓練開始日は9月25日となりました」と具体的な予定が記されていた。パイロットの健康管理担当者からも「ジェットスター・ジャパンにお越しくださり、本当にありがとうございます」と立て続けにメールが送られてきた。
 再び旅客機の操縦桿を握る夢がかなったと思った。実は、ジェットスター以外にも被災地に医師を輸送するNPO法人やプライベートジェットの操縦で2社から内々定や最終面接の案内をもらっていたが、ジェットスターでパイロットになれるなら、と辞退した。


津雲さんに届いたジェットスターからの合格取り消しメール

 ▽突然の〝手のひら返し〟
 ところが「合格」の連絡からわずか1カ月後に届いたメールで、事態は一変する。
 「ジェットスター・ジャパンでは必要なサポートを十分にできないとの判断となりました。誠に申し訳ございませんが、当社への入社プロセスをこちらで中止とさせていただきます」
 突然の「合格取り消し」、しかもメール一通での連絡に津雲さんは驚いた。
すぐにジェットスター側に連絡すると、人事担当者は弁明した。
 「訓練の調整をする形にはなっていたが、契約書のやりとりはしていないので、内定取り消しになるかは難しいところだと思う」
耳を疑った。採用試験に合格したのに、内定ではなかったのか。そう追及すると、人事担当者は「そうですね。訓練を開始していただければと思っていた」と認めた上でこう続けた。
 「(津雲さんの)落ち度ではないと考えていただければと思います」
 「操縦スキルを見て、やはり当社としては入社してほしい、パイロットとして飛んでほしいという思いがあった」
 前職でのメンタルの問題が引っかかったのかとも思ったが、それは採用試験の段階からつまびらかにしてきた。合格の連絡はその後だ。納得できるわけがない。
 「メディカル面は内定前に検討するべきだ。なぜ内定の前に精査しなかったのか」
 人事担当者は謝罪した。「このような連絡になってしまったのは大変申し訳なかった」
それでも不採用決定を覆さない。言い分はこうだ。「採用すると、精神科医を産業医として雇用しなければならない」「以前と比べ、全身の健康管理が求められるようになり、当社に精神科の医者がおらず、前例がない」。医療面でのケアが難しいことを前面に押し出した回答を繰り返した。


訴状の一部

 ▽ネットカフェ生活、公園で寝泊まりも
 津雲さんの生活は一気に暗転した。住んでいた部屋は採用試験合格を受けて解約していた。羽田空港にあるプライベート用の訓練施設を自腹で借りるなどしていた。既に貯金は底を突きかけていた。
 仕方なく、ネットカフェで生活しながら就職活動を再開したが、貯金は瞬く間に減っていく。公園で寝泊まりもした上、関東北部にある実家に戻った。都市部ではないため働き口が乏しく、ガソリンスタンドやラーメン屋でのアルバイト生活が始まった。
 朝から深夜まで働き、睡眠時間は3時間。月収は20万円ちょっと。さらにラーメン屋では疲れて皿を割るごとに減額され、風邪で休んだ月の収入は10万円程度にまで落ち込んだ。合格取り消しからの5年間で4つの非正規を渡り歩き、半年間は無職にもなった。
 「このままでは死ぬな」。約130社に履歴書を送ったが、面接までこぎ着けたのは3社だけ。昨年7月から、夜勤中心の会社で正社員としてようやく働けることになった。
 何よりつらかったのは、実家の父の落胆ぶりと、介護施設に入所する母をより設備の整った場所に移してあげることができなくなったこと。ジェットスターの採用取り消し直後は「みっともなくて、親には言えない。村には帰れない」と思ったが、ほかに選択肢はなかった。


東京地裁などが入る裁判所合同庁舎=2019年撮影

 ▽「裁判はやめた方がいい」という弁護士
 人生設計を根底から覆されたジェットスターへの訴訟を考え、弁護士を訪ね歩いたが、当初は誰も津雲さんに寄り添ってはくれなかった。
 最初に法テラスを訪れた際はこう言われたという。
 「相手が大きい会社だからやめた方がいい。人格否定とかされますよ」
 次に相談した弁護士は「契約書を交わしていないのであれば、内定には当たらない。せいぜい内々定の段階だし、訴訟をしても赤字になる」。
 3人目は「内定なのは間違いない」と言ってくれものの、「裁判には勝てるが、賠償はせいぜい数十万円。やめておいたら」。
 最後に頼ったのは、大手航空会社を自ら訴えていた弁護士。相談すると、「裁判しましょう」と応じてくれた。4月、ジェットスターに約1000万円の損害賠償を求め、東京地裁に訴訟を起こした。
 代理人となった桜井康統弁護士はこう言い切った。「スキルに何ら問題がなく、勤務地や勤務内容も確定しており、労働契約は成立している。内定取り消しは合理的な理由を欠き、無効だ。ジェットスターの不明朗な対応に振り回された原告は、耐えがたい心痛を味わった」
 津雲さんは今、こんなことを考えている。「今でも操縦したい気持ちはある。ですが、年齢的にも、ブランクを考えても、この先パイロットとして採用されるのは現実的には難しいと思う。道を絶たれただけでなく、その後の人生も台無しにされた。この年で貯金もなく、食べるためだけに新卒同等の給料で働くしかない人生を与えたジェットスターは真摯に受け止めてほしい」
 ジェットスターに取材を申し込むため、不採用とした経緯や理由について尋ねたが、回答は次の通りだった。「現在係争中につき、社としての回答は控えさせていただきます」

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