「弘前ねぷた」は「青森ねぶた」の脇役じゃない 思い込めてつくり上げられたスタイル、青森在住1年目の記者が触れた魅力
47NEWS / 2023年8月22日 10時30分
「弘前ねぷた」を知っている?東北三大祭りに数えられる青森市の「青森ねぶたまつり」ではなく、そこから南西に約30キロ離れた弘前市で毎年8月に開かれる祭りだ。有名な青森ねぶたと名前や内容が似ているので、陰に隠れがちかもしれない。東京出身の私も、正直言えばちゃんと区別がついていなかった。でも、弘前ねぷたは決して青森ねぶたの脇役ではない。どちらの祭りも思いを込めてつくり上げられたスタイルがある。この夏に青森支局へ転勤してきたばかりの私が、精いっぱい魅力を伝えたい。(共同通信=赤羽柚美)
▽人形と扇、二つの祭りの大きな違い
まずは青森ねぶたと弘前ねぷたの違いから。紙でできた大きな山車が市中を回るのはどちらも同じだが、大きく異なるのはその形だ。青森の主流は立体的な人形で、弘前の主流は扇型に絵を描いたものになる。ただ弘前にも人形の山車がないわけではない。かけ声は青森が「ラッセラー」で、弘前は「ヤーヤドー」と定められている。
弘前ねぷたまつりの様子=8月1日
祭りの記録としては弘前の方が古い。歴史に初めて登場するのは1722年で、弘前藩庁「御国日記」に、5代藩主・津軽信寿が「祢むた流(ねむたながし)」の合同運行を見たと記されている。ねむたながしは元々は眠気を覚ますという意味で、これが転じて「ねぷた」「ねぶた」になった。起源が同じなので昔は双方の名前に明確な区別はなく、弘前の祭りでも扇型より人形の方が多かったという。
▽地域コミュニティ重視の「市民の祭り」
これが変わったのは太平洋戦争後だ。戦災に遭い、有力な観光資源を持たなかった青森市は、ねぶたを町おこしに活用した。昭和の高度成長期に大々的なPR活動を展開。作り手である「ねぶた師」の技術は高まって、細微で華麗な人形ねぶたをどんどん作り上げた。
観光客もハネト衣装(正装)を着ていれば、事前登録や当日の受け付けがなくても飛び入りしてねぶたの周囲で踊ることができる。観光化は見事に成功したが、山車の制作費や運行経費は大きく膨れあがったため、運行団体は地区の連合体や企業が中心になった。
一方の弘前ねぷたは地域のコミュニティーを重要視し、町内がそれぞれ山車を出すことにこだわった。このため、制作費が人形より安い扇の山車が主流になったというわけだ。人形の山車もあるが、市民の祭りという柱は損なわれていない。
1980年には「弘前のねぷた」「青森のねぶた」が国の重要文化財に指定され、呼び名は固定化された。ちなみにねぷた、ねぶたは県内の津軽地方や下北地方で広く行われており、高さ20メートルを超える人形灯籠が市街地を練り歩く五所川原市の立佞武多(たちねぷた)なども人気だ。
▽神戸から青森へ
私が弘前ねぷたに興味を持ったのは2022年6月。秋田県の大学を卒業して記者になり、最初に配属された神戸支局で取材した「弘前ねぷたin神戸2022」がきっかけだった。両市が相互に観光客を増やそうと開催したイベントで、色鮮やかな武者が描かれた8メートルの大型ねぷたがお目見えした。「ヤーヤドー」のかけ声とともに「ねぷたばやし」の生演奏が行われ、迫力と繊細さに圧倒された。小さな女の子が「お祭り見に行きたい!りんごジュースおいしかった!」と言っていたのがとても印象に残っている。いつか弘前で見てみたいと思った。
「弘前ねぷたin神戸2022」の風景
願いが通じたのかは分からないが、今年7月、本当に青森支局に転勤になった。祭りまでちょうど1カ月。事件・事故や各種行事の取材に追われる中で、実際の弘前ねぷたを見て記事にしようと考えて取材を始めた。
【「弘前ねぷたin神戸2022」の動画はこちら】
https://www.youtube.com/watch?v=BYO7_WH9u1s
▽全国回りプロモーション
訪れたのは弘前市役所。人口約16・5万人で、ねぷた以外では桜の名所・弘前公園やリンゴが有名だ。青森県で最初にリンゴを生産したのは弘前だという。
満開の桜がライトアップされた弘前公園=2022年4月
観光課の早坂謙丞課長によると、市は7年ほど前から大型ねぷたを折りたたんでコンテナに積み、全国を回るプロモーション活動をしている。
大きな目的はねぷたの見物客を含め市への来訪者を増やすこと。弘前は少子高齢化でねぷたの作り手や祭りばやしの担い手が減っており、観光客の減少で祭りの規模が小さくなれば、作り手、担い手もさらに先細りかねないとの懸念が背景にある。
国際広域観光課の佐藤真紀課長はプロモーションの成果について「神戸ではねぷたの横でりんごジュースを販売したが、すぐに売り切れた。弘前にはたくさんの見どころがあるので、交流人口を増やせたらいい」と強調する。
▽太鼓がうまくたたけない!
市役所の広場からは太鼓や笛の音が聞こえてくる。職員有志のはやし団体「弘前市七夕会」が練習していた。プロモーションで全国を回っているのも彼らだ。成田貴仁会長は「神戸や愛媛、北海道など、みんな反応が良い。ねぷたを見てびっくりされる」と話す。
遠征先ではいつも、ステージが終わったら地元の人と話をしている。去年の神戸を見に来ていた人は「弘前に行きます」と言って、本当に来てくれたという。「全国的には青森の方が有名だけど、一度は弘前にも来てほしい」と願う。
「弘前ねぷたの方が青森より歴史が長いんですから!」と力を込めるのは、太鼓をたたいて10年になるという市職員の黒田麻美さん。「300年の歴史に、ちょっとでも自分が関わっていることに喜びを感じる」と笑顔だ。
弘前ねぷたの練習風景=7月
黒田さんに教えてもらい、私も直径が4尺(約1・2メートル)もある太鼓をたたいた。どんどんどーんどどんどんどん。リズムを取りながら強弱を付けるのが難しい。黒田さんは「ばちの面で打ってみて」とアドバイスをくれるが、うまくできない。「はやし方」のすごさがよく分かった。
▽ヤーヤドー
8月1日、祭りの日を迎えた。立ち寄った喫茶店では「太鼓の音を聞くと血が騒ぐ」という会話が聞こえてくる。新型コロナウイルスの影響で規模縮小が続いていたが、今年は4年ぶりに制限がない開催。街中がそわそわしていた。いよいよ始まる。
「ヤーヤドー」の威勢のいい声と太鼓が響く中、極彩色の火扇が暗い城下町を次々と練り歩いていった。ゆっくり進んでは時折止まり、その場でくるくると回転する。こうすることで路地のどこからでも前後左右の面が見える。「鏡絵」と呼ばれる正面の図柄は川中島の合戦や日本武尊の武勇伝、三国志などさまざま。裏側の「見返り絵」には楊貴妃といった美人画などが繊細に描かれ、側面には町名や団体名が書かれる。
今年は64団体が参加した。運行はまず小型ねぷたの団体からで、次に大型の団体に移る。大型の最初は市役所の「七夕会」だ。一度練習を見学しただけだったが、真っ赤な灯籠の「市役所」の文字が見えたときにはとてもうれしくなり、思わずほおがほころんだ。
▽「短い夏」に情熱を
たまたま、私が卒業した秋田の大学に通う留学生に出会った。フランス出身のシャルレンヌ・ベルテロさん(24)は「日本といえば祭り。本物の雰囲気を体感したくて見に来た」と興奮気味。台湾の呉冠憫(ウー・グワンシエン)さん(22)は来日前からねぶたもねぷたも知っており、祭りを見たくて東北の大学を選んだという。津軽弁では、祭りで血が騒ぐことを「じゃわめぐ」という。じゃわめぐのは世界共通だった。
祭りは山車が通るコースを変え、8月7日まで開催された。この日程は青森ねぶたとほぼ重なり、県外からの観光客は両方を回ることも珍しくない。「ねぶたとねぷたが終わったら青森の夏は終わりだよ」と話す人がいた。「短い夏」に全力をぶつける情熱は、県も国も関係なく見ている人を巻き込んで魅了する。美しくはかない扇を目に焼き付けながら、そんなことを考えた。
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