「野球やるべ」津波に遭った岩手・大槌高校でただ1人の野球部員、同級生に支えられ最後の大会で全力プレー
47NEWS / 2023年8月31日 11時0分
今年も夏の甲子園では高校球児の熱戦が繰り広げられた。ここに立てるのは、全国約3800校の中で都道府県大会を勝ち抜いた49チームだけだ。そんな中、各地には「聖地」を夢見ながら単独ではチームを組めない部員不足の学校が400近くある。東日本大震災の津波で大きな被害に遭った岩手県大槌町の県立大槌高もその一つで、部員は3年生たった1人。でも学校の仲間に支えられて野球をあきらめず、県大会の舞台で思い切りバットを振ることができた。「プレーで感謝を伝えたい」。ある球児の最後の夏を追った。(共同通信=阿部幸康)
▽助っ人たちと笑顔の練習
岩手県沿岸部の大槌町は人口1万人超。震災では旧庁舎が津波に襲われて職員ら40人が犠牲になるなど、町の死者・行方不明者は計約1300人に上った。インフラの復旧は進んだものの、震災前からの人口減少率は3割を超えている。
大槌高は町中心部から少し離れた小高い丘にある、町唯一の高校だ。全校生徒は4月時点で177人。震災後の町づくり活動に携わる「復興研究会」に多くの生徒が所属するなど、地域に根ざしている。
「おつかれーっす」。5月下旬の放課後、校舎脇のグラウンドにジャージー姿の生徒が10人ほど集まり、倉庫からボールやバットを出し始めた。彼らは野球部員ではなく「助っ人」で、部活はバスケットボールやバドミントン、弓道とばらばらだ。やがて1人だけユニホームを着た野球部員の田口大輝さん(18)が来て、大きな声で「お願いします」とグラウンドに一礼した。
田口さんがウオーミングアップをする間、助っ人たちはキャッチボールで体を温める。ほとんどは野球未経験で、通りがかった女子生徒が飛び入りで参加するなど和やかな雰囲気だ。
円陣を組むこともなく打撃練習が始まった。田口さんは右打席に立ち、顧問の菊池竜太教諭(52)が投げるボールに「カキーン」と金属バットの快音を響かせる。
「たぐちー。ここまで飛ばせー」。助っ人はボールが当たらないよう外野フェンス近くまで下がり、球を返す。エラーをしても田口さんは怒ることなく「へいへい、しっかりー」と笑顔を絶やさない。
顧問の菊池竜太教諭が投げるボールを打つ田口大輝さん=5月、岩手県大槌町
▽先輩が引退し「野球がつまらなくなった」
東日本大震災当時、田口さんは5歳で、当時のことは「ほとんど記憶にない」という。入学予定の小学校は津波で被災し、町内五つの小中学校合同の仮設校舎で学んだ。野球は地元の仲間と小学3年で始め、中学でも野球部に入った。当時も連合チームだったが人数はそれなりにいたため「練習も厳しく、勝ち負けにこだわっていた」と振り返る。
大槌高に進学し、1年生で野球部に入ったのは自分一人。1学年上の2年生は3人いた。1チームをつくるには足りないが、練習はいつも「愉快な先輩たちで盛り上がった」という。大会には別の高校と連合チームを組んで出場してきた。
そして昨夏の県大会が終わると先輩が引退し、1人だけになった。菊池顧問と1対1でトス打撃やノックを繰り返す日々。「先生は温かく見守ってくれたが、仲間と声をかけ合うことがなくなり、野球がつまらなくなった」。むなしさが募り、昨年12月ごろからは授業が終わると練習をせずに帰宅するようになる。「絶対にやめてやる」と思ったという。
▽グラウンドに集まってくれた同級生
ところが春になり、うわさを聞きつけた先輩たちから野球を続けるよう強く引き留められる。休日に誘われた草野球で「最後までやりきったほうがいい」と説得された。「先輩がそこまで言うなら」と半ば流されるように3月ごろから復帰し、また一人で練習を再開した。
すると大きな変化があった。部活動を引退するなどした同級生たち数人が、いきなり「野球やるべ」とグラウンドに来てくれた。遠藤大地さん(17)は「田口が寂しそうに練習している姿を見て、楽しく野球してほしいなと思って」との気持ちだったという。他の部活からもどんどん加わり、夏の大会前には毎日、10人ほどの生徒が顔を出すようになった。
田口さんの打撃練習が終わると、助っ人たちも順番に打席に立つ。菊池教諭が遅めに投げても空振りばかりの生徒もいた。守備練習でも、助っ人は内野で菊地教諭のノックを受けるものの、飛んでくるのは緩めのゴロ。1人だけ強烈な打球が飛んでくる田口さんは「自分だけ速くないすか」と冗談を飛ばした。
野球部員ではない助っ人は夏の大会に出場するわけでないが、練習は田口さんとほぼ同じメニューをこなす。田口さんは「手伝ってもらうという形ではなく、みんなで楽しく野球をしたいから」と理由を教えてくれた。
「助っ人」の同級生とキャッチボールをする田口大輝さん=5月、岩手県大槌町
▽連合チームは全国で128
日本高野連によると、今夏の地方大会に参加したのは加盟校のうち3744校。史上最多の4163校が参加した2003年の大会以後、減り続けている。
部員不足の学校による連合チームは昨年より16多い128(385校)で、岩手県では大会に参加した64校中、13校が五つの連合チームを組んだ。大槌高は部員4人の県立山田高(山田町)、8人の県立岩泉高と一緒になり、ユニホームはばらばらだ。
大槌高からの距離は近い方の山田高で約10キロ、遠い岩泉高だと50キロ以上も離れており、平日は集まれない。それでも週末の合同練習や、LINE(ライン)のグループトークでやりとりをするなどして交流を重ねてきた。山田高3年の佐藤暖斗さん(18)も、今年の新入部員が入る前の1年間は1人だけだったという。
「仲間が手伝ってくれて、うれしかった。集大成の夏、仲間には楽しんでプレーする姿を見せて感謝を表したい」と田口さん。いったんは離れた野球部に戻り、仲間に支えられながら練習を続けて4カ月。最後の大会が始まった。
▽1番・一塁、気持ちで打った適時打
7月8日、盛岡市の「きたぎんボールパーク」。グレーのユニホームを着た田口さんは「1番・一塁」で主将も務めた。対戦相手の盛岡中央高は昨年夏の県大会で決勝に進み、プロ野球・楽天の銀次選手らを輩出した強豪だ。
1回表の第1打席は三塁フライに倒れて、チームも得点できなかった。相手の攻撃は1回裏こそ1点に抑えたが、2回は一挙7点を取られて大きなリードを許す。第2打席は、仲間が安打や進塁打で二死三塁のチャンスを作った場面で回ってきた。絶対に打つと気持ちを込め4球目をしぶとく振り抜くと、ボールは快音を上げてセンター前へ。三塁走者が生還して1点をもぎ取った。一塁上では控えめなガッツポーズで声援に応えた。
チームは4回にも1点を追加したものの、相手と力の差は大きく、終わってみれば18対2の5回コールドで敗戦。試合後、適時打を放った打席について「抜けた瞬間は『よっしゃ』と思った。打ててほっとした。スタンドからの応援も大きく聞こえた」と満足げだった。
岩手大会でセンター前に適時打を放つ田口大輝さん=7月8日、盛岡市
▽3年間で学んだ「誰かの応援を信じて立ち向かう」
高野連によると、連合チームが夏の甲子園に出場したことはない。戦力的にはなかなか厳しいのが現実だ。それでも岩手大会では「大船渡東・住田」「大野・久慈工業」が初戦を突破する活躍を見せた。日本一を目指すチームや、県大会1勝を目指すチーム、球児たちはさまざまな思いを胸に野球に打ち込んでいる。
同じ東北勢として甲子園で準優勝した仙台育英より1カ月半早く、高校野球に区切りを付けた田口さん。3年間を振り返り「最後は楽しく終われたが、孤独で苦しい時間も多かった。どこかで誰かが応援してくれていると信じ、現状を受け止めながら困難に立ち向かっていくことが大切と学んだ」と笑顔を見せた。
岩手大会の初戦敗退後、応援席に挨拶する田口大輝さん(右から2人目)=7月8日、盛岡市
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