「誕生日をこんな風に祝ってもらったことはなかった」若者はなぜ〝九州のトー横〟に集うのか 夜の街で支援活動に同行して分かった「居場所」の大切さ
47NEWS / 2023年9月4日 10時30分
5月末の土曜日、午後10時半。福岡市の繁華街・天神にある警固公園。小さなリュックを背負い、地べたに座り込んだ14歳の少女は、決してその場を動こうとしなかった。「家に親はいない。帰りたくない。野宿する」。少女にとっては家よりも、夜の街のほうが安心できる場所のようだった。
10~20代の若者が、東京・歌舞伎町の「トー横」や大阪・道頓堀の「グリ下」といった繁華街の一角に集まっている。福岡では、警固公園がそういう場所だ。SNSでつながる彼らは「警固界隈」とも呼ばれる。
少女の隣で話に耳を傾けるのは、福岡市のNPO法人「あいむ」の藤野荘子さん(30)。夜の警固公園にたむろする少年少女に声をかけ、支援につないでいる。「アウトリーチ」と呼ばれるその活動に同行すると、虐待などで家や学校に居場所を失い、生きづらさを抱えている様子が見えてきた。(共同通信=井上陽南子)
【※この記事は、記者が音声でも解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」を各種ポッドキャストアプリで検索してお聞きください】
福岡・天神の警固公園で、若者たちに声をかけるNPO法人「あいむ」の藤野荘子さん=6月24日
▽「無力感にさいなまれる」
14歳の少女は帰ることを頑なに拒み続けた。「よくあるケースなんです」という藤野さん。無理やり家に帰すこともできず、途方に暮れている。危険な状況に置かれた目の前の子どもを守れず、無力感にさいなまれることも多い。
17歳という別の少女の足元には、空になった市販の風邪薬のシートが散らばっていた。薬30錠を飲んだという。薬物の過剰摂取、オーバードーズだ。高揚した様子で笑い声を上げている。なぜ飲むのか気になって、記者が理由を尋ねてみると、少女はこう答えた。
「オーバードーズすると、頭がふわふわして何も考えなくていいの」
口調にあどけなさの残る少女は、藤野さんによると「ネグレクト」だとみられる。以前話した時は「ちゃんとした親の愛がほしい」とこぼしたという。
夜を迎えた福岡・天神の警固公園を歩く人=6月24日
6月下旬の土曜日は、藤野さんが集まった若者にお菓子を配りながら近況を尋ねていた。その様子を見て、記者の隣に座った19歳の少年は「僕もこんな活動がしたい」と話し始めた。自宅は居心地が悪く、家出を繰り返したという少年。今は保護観察中で、施設で暮らしているという。「ここは僕と似た境遇の子も多い。そういう子の力になれる仕事がしたい」
近くにいた16歳の少女は、両親の離婚の危機を察知し、家に居づらくなって公園に来たと私に明かした。中学生の妹と小学生の弟はまだ幼く、相談しづらい。両親のことは大好きだが、今後のことを考えると気が重くなるという。「家じゃこんなこと誰にも相談できない。今日は聞いてくれてありがとう」
藤野さんはこの日、公園で1時間ほど過ごし、帰路に就いた。若者が置かれた状況はさまざまだ。「家も施設も地獄だという子には、第三の居場所が必要。どんなものにすべきか、ずっと考えている」
夜を迎えた福岡・天神の警固公園を歩く人=6月24日
▽長崎、熊本など近隣県からも集まる若者
警固公園に若者が集まり始めたのは、2021年秋ごろ。黒を基調としたダークな雰囲気の「地雷系」と呼ばれるファッションを好む人に、集まろうと呼びかけたSNSの投稿がきっかけとされる。SNS上で「警固界隈」と自称し、定着。その後はファッションに関係なく、長崎や熊本など近隣県からも若者が集まるようになった。
藤野さんがアウトリーチを続けるのは「自分の経験とも重なる部分があるから」。大学卒業後に東京でIT企業に就職し、必死に働いた。しかし、体調を崩して福岡に帰郷。仕事もなく、社会の中に自分の居場所がない不安感が、拭えなかった時期がある。
塾で不登校の生徒に勉強を教え始めた時、生徒たちが塾の教室では柔らかい表情で話をする姿を目の当たりにし、「居場所」の大切さを改めて痛感した。
レンタルスペースに用意された子どもたちの誕生日を祝うケーキ=5月27日、福岡市
▽レンタルスペースで誕生日ケーキ
その日暮らしをしている若者が集まっていると聞いた藤野さんは、昨年7月から夜の警固公園に通い始めた。家出や虐待など彼らが抱える事情の多くは家族に起因し、長期間帰宅していないケースもある。おなかをすかせた子も多く、月1回ほどは警固公園近くにレンタルスペースを借り、食事も提供している。多い日には、同時に20人以上が利用することもあるという。
5月末には、誕生日を迎えた子たちを祝うためにホールケーキを用意した。17歳になった少女と一緒に、誕生日ケーキのろうそくを吹き消した少年は「こんな風に祝われたことない」とつぶやいた。少年は大きなスーツケースを一つ持って来ていた。住む場所がなく、自分の荷物を全てこのスーツケースに収めて、友人の家などを転々とする生活を送っていた。
福岡・天神の警固公園で、NPO法人「あいむ」の藤野荘子さんから渡されたお菓子を食べる少年ら。おなかをすかせている子も多い=6月24日
▽「妊娠したけど親に言えない」深刻なSOS
公園に集まる若者には大人に不信感を持つ子も多いが、藤野さんが通い初めて約1年、顔なじみも増えた。連絡先を交換したのは50~60人。取材中も電話が鳴り、その場で相談が始まることもあった。
「お金がなくて万引する友達を助けて」
「妊娠したけど親に言えない」
深刻なSOSも多く、警察や病院へ付き添ったり、児童相談所などにつないだりすることもある。藤野さんは現在の活動を「応急処置的」と話す。ノウハウのある団体や医師、弁護士など専門家との関係構築や連携を心がけているが、どの機関につなぐのが適切か、どこまで支援できるか、手探りが続く。
当初の活動資金は持ち出しだったが、現在は企業が設立した福祉財団などの助成金と寄付でまかなっている。安定的な支援を続けるため、立ち上げていた団体を今年5月にNPO法人化した。アウトリーチ事業にはスタッフ2人も加わった。
「生きづらさを感じている子たちに、1人じゃないと実感してほしい。この子たちが生きていくためには、助けてもらえたという経験が必要」と強調する藤野さん。彼らが困った時「頼ってもいい制度や大人がいる」と伝えることを目標にしている。
筑紫女学園大の大西良准教授=6月20日、福岡県太宰府市
▽必要なのは「未来を保障していくような支援」
筑紫女学園大(福岡県太宰府市)の大西良准教授(児童精神保健福祉学)は、約5年前から警固公園や福岡県内各地で若者へのアウトリーチを続けている。子どもや保護者のカウンセリングにも携わる。
夜の繁華街に集まるのは、家や学校に居場所を失うなどの経験をした子どもたちが、苦しみを理解してくれる人を求めているから、とみている。家に帰れなかったり、親から十分な保護を受けられなかったりすると、経済的に困窮し、生き延びるために犯罪に手を出すケースもある。窮地に陥った彼らを利用しようとする大人も存在する。「生きるか死ぬか究極の選択を迫られ、悪いと分かっていても犯罪に手を染めてしまっている」
彼らが抱える生きづらさの要因は何か。大西准教授は、虐待やネグレクト、親との別離など、トラウマ(心的外傷)をもたらすような「逆境的小児期体験(ACE=Adverse Childhood Experience)」との関連に注目する。子ども時代のこうした経験は、成人期の心身の健康や、経済状況などに影響を及ぼすという研究結果が海外で報告されている。
大西准教授が関わった事例でも、適切なケアを受けられなかった子どもたちが
「耐えきれない心の痛みを可視化しようとリストカット、目を背けようとオーバードーズなど自傷行為に至っていた」。
そうした若者に必要なのは、「未来を保障していくような支援」と説明する。重要なのは、人とのつながりや治療を通して心の傷を癒やす精神的なケアに加え、住環境や職探しなど「生活基盤を整える物理的支援」。安定的な生活基盤を得ると、将来を考える余裕を持てる。「自立できるまで、精神面、生活面ともに切れ目のなく伴走していくことが必要だ」
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