「首相経験者に聞く」②野田佳彦さんが語る岸田政権 「最後は党首同士が腹を割り、一致点を見いだして」
47NEWS / 2023年9月9日 10時0分
「聞く力」を掲げて2年前の自民党総裁選を勝ち上がった岸田文雄首相だが、国会では野党議員の質問に正面から答えない場面が目立つ。与野党が対立する政治課題で散見されたのは一方通行の議論。立憲民主党の野田佳彦氏は、民主党政権で首相を務めた際「一致点を見いだす政治」を目指した。野田氏に、岸田政権に対する評価、野党が向かうべき方向性を聞いた。(共同通信=石井俊也)
衆院予算委で野田氏(左手前から3人目)の質問に答える岸田首相=2月8日
―岸田首相の政権運営をどう見ているか。
「防衛費増額や異次元の少子化対策といった方向性はそれぞれ理解できる。たぶん、国民もそうだと思うんです。問題は財源論の先送り。一つの癖というかね。メニューはいっぱい出すけど、料金は『時価』としか書いてないみたいな。これ、国民にとっては不安だと思いますよ」
「防衛費も少子化対策も兆円単位のお金ですよ。漢字の『兆』に部首を付ければ『挑む』にも『逃げる』にもなる。私は首相として、社会保障と税の一体改革、東日本大震災の復興財源確保に挑み続けました。えらい目にも遭いましたけれど。だから岸田首相は対極にいる、逃げ続けていると思いますね」
―岸田内閣は支持率が下落傾向にある。
「マイナンバーカードを巡る混乱。総点検と言っても、まだまだ不安だ。加えて物価高は政府が思う以上に、国民生活に厳しい状況だと認識した方がいい。賃金上昇よりも物価が上がれば、国民はやっぱり賃上げを実感できないってことでしょう」
―マイナ問題への政権対応をどう見るか。
「健康保険証の来年秋廃止とマイナカードへの一本化を決め打ちしてしまっている。それでマイナ情報を総点検しても、ただの『やってるふり』になっちゃう。例えば選択制の可否など、一度立ち止まって考えるべきですよ」
インタビューに答える野田氏
野田氏と岸田首相はともに1993年衆院選の初当選組だ。同期から輩出したもう一人の内閣総理大臣、安倍晋三氏は昨年7月8日、銃撃されて死去した。岸田首相は事件直後、安倍氏の国葬実施を発表した。
―首相は「聞く力」を掲げているが。
「マイナ問題もそうだし、安倍元首相の国葬にも言える。銃撃事件の6日後に実施を発表して、厳しく批判されましたね。その後、国葬の在り方を丁寧に議論すると言ったので、各所から意見を聞くのかと思ったらそうではなく、結局『時の政権が決める』となったじゃないですか。だから、時間稼ぎの『聞いているふり』にしか見えなくなってますよね」
米軍の巡航ミサイル「トマホーク」
―防衛力強化など重要政策を「いつの間にか決めていた」という印象もある。首相の「語る力」はどうか。
「安倍さんの場合、ぐさぐさ刺さることがありました。だけど岸田さんには、刺さる言葉がないですね。スルーしちゃう感じが多い」
「説明の仕方も丁寧さを欠いている。2023年度予算案に米国製巡航ミサイルのトマホーク取得費2113億円を計上しておいて、予算案審議では単価と数量を明らかにしなかった。何発買うのか、ずっと言わなかったでしょ、『分かってくれ』と。結局、予算案の衆院通過直前に米国から情報が出そうになって慌てて、400発だと説明した。議論して一致点を見いだすという誠実な姿勢が見えない。粗雑な議論ですよね、全てが」
衆院本会議で安倍元首相の追悼演説に臨む野田氏
野田氏は昨年10月の国会で、安倍氏追悼演説を担った。与野党から評価の声が高かった演説。その中で、こう語りかけている。「あなたとなら、国を背負った経験を持つ者同士、天下国家のありようを腹蔵なく論じ合っていけるのではないか。立場の違いを乗り越え、どこかに一致点を見いだせるのではないか」
―岸田首相と安倍氏の政治手法の違いは。
「安倍さんはね、強引に持っていくことはいっぱいあった。それはそれで、もちろん問題だろう。だけど、自分なりに丁寧にしなきゃいけないと判断したときは丁寧に取り組んだんですよ。上皇さまの天皇退位が実現した皇室典範特例法とかね。彼はテーマごとに、押し通すのか、みんなでまとめるか、判断していた。でも岸田さんには、それがない」
インタビューに答える野田氏
―安倍氏の影響力は現在の政治にも残っているか。
「今もかなりある。自民党安倍派も、世論も、識者も、安倍氏を意識し過ぎているんじゃないかと思いますね。光もあれば影もあった。影の部分はそろそろ軌道修正する時期ではないか。例えば金融政策一辺倒のアベノミクスの結果が、実質賃金の12カ月以上連続マイナスだ。それをどうするか、岸田さんの役割だがちょっと見えてこない」
「対ロシア外交も、影だと思う。ロシア経済分野協力担当相をまだ残しているでしょ。設置した安倍さんに遠慮しているように映る」
―安倍氏の影から脱却するには、どうすればいいか。
「だんだんとね。一挙にやれば自民党内でハレーションも強いだろう。でも、じわじわとでも進めないと、国が持たなくなる。特定の人の考えに引きずられたままは良くないですよね。時代、時代で変えていかないと」
2012年11月の党首討論で相対した当時の野田首相(中央右)と安倍自民党総裁(同左)
2012年11月14日、野田氏は現職首相として党首討論に臨んだ。当時の安倍自民党総裁に相対し「議員定数削減を決断するなら、今週衆院を解散してもいい」と約束。記憶に残る政治場面として語り継がれる。こうした歴史を持つ党首討論の舞台に、岸田首相は立った経験がない。
―2021年6月以来、国会で党首討論が開かれていない。
「予算委員会と違って首相から逆質問もでき、まさに丁々発止の議論が可能。私が首相の時は衆参の多数派が異なる『ねじれ国会』だったから、平場で進まない議論を取り上げて、むしろトップ同士で突破口を開こうと、自分なりに党首討論を位置付けていましたね。安倍さんと約束を取り付けた定数削減は、膠着状態に陥っていたテーマだったじゃないですか」
「政治にとって一致点を見いだす最後の手段は、党首同士の腹を割ったやりとりですよ。方向性を見いだすチャンスを、もっと探った方がいい」
「与党も『野党はもっと理解せよ』と言うなら、党首討論を使えばいいわけだ。野党の数が多くて1党当たりの時間配分が短いというなら、開催の仕方を工夫しながら、この仕組みを続けるべきだと思いますね」
憲法改正推進シンポジウムに出席した日本維新の会の馬場伸幸代表(左)と国民民主党の玉木雄一郎代表(右)。両党とも次期衆院選で立民との全面的な選挙協力に否定的だ=8月19日、東京都千代田区
野田氏が最高顧問を務める立憲民主党は、政党支持率が低迷し、野党第1党として、岸田政権を脅かす存在になっているとは言い難い。一方で、勢力を伸ばす日本維新の会、政権への協力も否定しない国民民主党、野党共闘の深化を唱える共産党と、野党各党の思惑はばらばらだ。立民が歩むべき道とは。
―立民は岸田政権にどう対抗すべきか。
「対自民党であれ、対野党であれ『コアな政策を常に考え、作り続ける』との基本は同じだ。立民には困窮者のため、弱者のための政策は多いんですよ。だけど、外交・安全保障や財政・金融など骨太の政策論をパッケージで打ち出さないと、有権者は政権を託そうと思ってくれない。そこがまだ弱い。政策決定を担う『ネクストキャビネット(次の内閣)』をせっかく設置したわけだから、積極的に発信することが一番大事だ」
―対野党は、どのように向き合えばよいと考えるか。
「『多弱』克服のため、選挙は野党候補の一本化を常に目指すべきだ。他党の反応を見て諦めるようでは野党第1党ではない。共産党やれいわ新選組、社民党とだけ仲良くすれば、ますます政権の座が離れていってしまう。維新や国民民主、その先の自民とも意思疎通できて、初めて中道政党と言える」
1993年8月、8党派連立による細川内閣が発足し、自民党は1955年の結党以来維持してきた政権の座から下野した=首相官邸
―非自民の細川政権が誕生してから30年が経過した。野党結集の必要性についてはどう考えるか。
「自民1強で権力の私物化といった弊害が生まれてしまうのは、『多弱』の責任でもある。野党が足並みをそろえずバラバラで、1強の側もそれをうまく使っていますよね。分野ごとにどこかの党と協力したり、ちょっと頭をなでたりしながら、完全に敵対はしない。彼らは習熟していますよ。野党も『多弱』では絶対駄目なんだと自覚できるかどうかが重要ですね」
立憲民主党の公認3候補が全敗した4月の衆参補欠選挙と、統一地方選の結果を受けた両院議員懇談会であいさつする泉健太代表=5月10日、東京・永田町の党本部
立民の泉健太代表は次期衆院選で獲得議席が150に届かなければ辞任する意向を明らかにしている。党内には党勢を立て直せない泉氏への不満もくすぶるが、衆目が一致する後継候補は見当たらない。安倍氏追悼演説を経て、党内外で存在感が増した野田氏への待望論も一部で浮上している。
―野田氏に次期代表を期待する声がある。
「私、それを聞いたことがないんですよ」
―今は考えていないのか。
「全く考えないで、とにかく次期衆院選で仲間を増やすことですよ。もし150議席取ったら当然、泉さん続投だ。150に近くても『頑張ったね』という話になるだろうし。それだけ取ったら維新も伸びるのだろうから、もう政局ですよ」
―泉体制を支えるか。
「誰かの足を引っ張ってクーデターを起こそうなんて気は全くないですね」
× ×
のだ・よしひこ 11年9月~12年12月に首相。財務相、民進党幹事長を歴任し、現在は立民最高顧問。66歳。
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