ウクライナ侵攻、15年前の警鐘はなぜ無視されたのか 国土の2割を奪われた国の悲劇、ロシアとジョージアの5日間戦争
47NEWS / 2023年9月4日 10時0分
ロシアと隣国のジョージア(グルジア)との戦争が2008年8月に勃発してから15年になる。欧州における21世紀初の国家間戦争となった同戦争は、ロシア軍が勝利し、ジョージアの領土の2割近くを占拠する形で終結した。
旧ソ連近隣国への侵攻・領土占領という面で現在のウクライナ侵攻と重なる。その後のロシアの対外政策に対する警鐘となったはずだが、西側各国は自らの国益に重きを置き、14年のロシアのクリミア併合、ウクライナ東部ドンバス紛争に続く今回のウクライナ侵攻を許してしまった。現地で戦争を取材した筆者の視点を踏まえ戦争の経緯や、その後に西側各国がどのように対応したのか振り返ってみたい。(共同通信=太田清)
▽分離独立要求
1991年に旧ソ連から独立したジョージアは2008年当時、自国内に分離独立を求める2地域を抱えていた。最西端のアブハジアと、イラン系のオセット人が多数住む中部南オセチアだ。このうち、南オセチアの支配権を巡りロシアとジョージアの間で行われたのがこの戦争だった。
オセチアはソ連時代、北部の北オセチアがソ連内のロシア共和国に、南部の南オセチアはジョージア共和国にそれぞれ帰属。ロシアとジョージアがソ連という一つの国であった時代はその関係は問題とならなかったが、ソ連崩壊後にロシアとジョージアが独立したことで、南オセチアはジョージアから分離しロシア領北オセチアと統合することを要求。一方、ジョージアは主権維持を主張、関係は険悪化した。
ソ連崩壊後、双方の間で内戦が勃発したが1992年に停戦。しかし、2003年にそれまでロシアと欧米の間で中立的政策をとっていたシェワルナゼ政権が倒れ(バラ革命)、親欧米のサーカシビリ政権が誕生すると、ロシアを後ろ盾とする南オセチアとジョージアの関係はさらに悪化した。
▽首都陥落の危機
08年になりジョージア領内で同国軍の無人機がロシア軍に撃墜されるなどの事件があり、双方の対立は一触即発の状況となった。同年8月7日、南オセチア領内で戦闘が始まったが、ロシア軍が圧倒的戦力で同領内からジョージア軍を追い出したのみならず、ジョージア領内やアブハジアに侵攻。ロシア軍はスターリンの生地として有名な中部ゴリや西部の港湾都市ポチを占領、首都トビリシの西数十キロまで迫った。
筆者は当時、トビリシやゴリで取材したが、両市を結ぶ幹線道路を何にも遮られずに自由に移動するロシア軍戦車など軍用車両の隊列を見て、ロシアがその気になれば、トビリシが陥落するのも時間の問題だと感じたことを覚えている。
トビリシではロシア軍侵攻を恐れ、脱出の準備をする住民もいた。「ロシア兵が来れば暴行される」と、娘達を避難させると話す家族もいた。しかし、当時のメドベージェフ・ロシア大統領は「戦争の目的は達成された」として8月12日、一方的に停戦を宣言。
その後、欧州連合(EU)議長国フランスのサルコジ大統領やライス米国務長官(いずれも当時)の仲介で双方は和平案を受け入れ、戦争は8月16日に終結した。結果的にはロシアの圧勝で、大規模な戦闘期間が極めて短かったことから「5日間戦争」とも呼ばれている。
2008年8月13日、トビリシで共同記者会見するサーカシビリ・ジョージア大統領(右)とフランスのサルコジ大統領(AP=共同)
▽ロシアの衛星国家
ジョージアは南オセチアに加え、アブハジアに対する影響力を完全に失い、両地域にいた多数のジョージア人がジョージア領内に避難し国内避難民となった。ロシアは8月26日、両地域の独立を一方的に承認したが現時点で、追随した国はニカラグア、ベネズエラ、シリアなど数カ国にとどまっており、国際的には日本を含む大多数の国が両地域にはジョージアの主権が及ぶと認めている。
一方、ロシアは現在も両地域に軍隊を駐留させ、希望する市民にはロシア国籍を付与、多額の財政支援を行うなどして「衛星国家」化。ウクライナのクリミアや東南部4州と同様、住民投票を通じてロシアへの「編入」を目指す動きもある。当時ロシア大統領だったメドベージェフ安全保障会議副議長は今年8月、戦争15年に際してのロシア紙「論拠と事実」への寄稿で、両地域の「ロシア編入は人気のある考えで、『納得できる理由』があれば実現されうる」と述べ、編入の可能性は消えていないことを強調した。
ジョージア中部ゴリ中心部の住宅街に落ちた物体。住民はロシア軍が使用したクラスター弾の残骸と主張する、2008年8月12日、筆者撮影(共同)
▽無謀な挑戦
この戦争のきっかけは何だったのか。ジョージア側は「戦争に先立ちロシア側の挑発行為があった」「ロシア軍が先に攻撃した」と主張していたが、国際的には議論には決着がついている。
戦争の翌年の09年9月、EUの委任を受け戦争の原因について調査した独立調査委員会が報告書を発表。
スイスの外交官ハイディ・タリアビニ氏をトップとする同委員会は、ロシア側の挑発はあったものの、戦争の引き金を引いたのは08年8月7日から8日にかけての南オセチア中心都市ツヒンバリへのジョージア軍攻撃だったと断定。
一方で、ロシア軍の反撃は当初は合法的だったものの、ジョージア領内にまで侵攻したのは国際法上、違法で行き過ぎだったとした。(同報告に対し、ジョージア側はなおロシアの挑発・攻撃がきっかけであるとの主張を変えていない)
12年の議会選でサーカシビリ派が敗れた(サーカシビリ大統領は翌13年の大統領選後に退任)後、首相となったガリバシビリ氏も「サーカシビリ氏の無謀な攻撃が、ロシアに侵攻の口実を与えることになった」と、サーカシビリ政権を批判している。
ロシアのプーチン大統領は12年8月、ジョージア側からの攻撃に備え「ロシア軍参謀本部が(反撃)計画を立て、南オセチア義勇兵の訓練を行った」と準備を進めていたことを明らかにしている。
▽甘い見通し
なぜ、サーカシビリ氏は軍事的には圧倒的優勢にあるロシアに対し無謀な挑戦に出たのか。
理由として(1)04年の大統領選で国家統一を掲げ当選した同氏にとり、2地域に対し何らかの行動を取る政治的プレッシャーがかかっていた(2)分離運動が盛んだった南西部アジャリア自治共和国や、西部要衝コドリ渓谷の支配権を奪還し、南オセチアなどの奪還にも自信を深めた―などが考えられる。
戦争開始時には当時、ロシア首相だったプーチン氏は北京夏季五輪開会式のため、メドベージェフ大統領は休暇のためそれぞれ首都モスクワを空けており、こうしたタイミングを狙ったのではとの指摘もある。
トビリシで筆者と会見するジョージアのシェワルナゼ元大統領。2008年8月17日(共同)
一方、08年8月、筆者のインタビューに応じたジョージアのシェワルナゼ元大統領(元ソ連外相、2014年死去)は「南オセチアはジョージアの領土であり軍を進める権利があったが、サーカシビリ大統領は(ロシアの激しい空爆などの)事態の展開は予測していなかったはず」と指摘した。
また、ジョージア出身で慶応義塾大SFC研究所上席所員(国際関係論)のダビド・ゴギナシュビリ氏は「真相は本人の口から聞かなくては分からないが、サーカシビリ氏は21世紀になったこの時代に、ロシアが全面的に戦争で応じるとは考えていなかったのではないか」と推測。「ロシアが参戦すれば、軍事力から考えてジョージアに勝ち目はなかった」と語る。
都内でインタビューに答えるゴギナシュビリ氏(共同)
▽制裁には慎重姿勢
政権就任後、EU、北大西洋条約機構(NATO)加盟を目指して国内民主化や脱ロシア・親欧米政策を推進、欧米各国の支援を得られるはずと信じたサーカシビリ政権だが、戦争中も、その後も、ロシアと対決するための実質的な支援は得られなかった。
停戦仲介には積極的だったフランスや米国などは、ロシアの南オセチア、アブハジア支配に対して批判はする一方、効果のある制裁を科すことには慎重姿勢だった。
一つには、戦争を始めたジョージア政権の方に大きな責任があり、ロシアだけに非を負わせるべきではないと考える傾向が欧米の指導者の間で強かった。
また、09年に誕生したオバマ米政権は核軍縮やアフガニスタン、イラク問題でロシアの協力を必要としたことから、ロシアに対する「リセット」政策に乗りだし、コーカサスの小国ジョージアのためにロシアとの関係が悪化することを避ける意向が働いた。ドイツなど欧州主要国も、ロシアから欧州向けの海底パイプライン「ノルドストリーム2」建設などを通じ、ロシアとの経済協力を重視した。
▽何もしてくれなかった
ガリバシビリ首相は今年5月、ウクライナ侵攻とロシア・ジョージア戦争を比較し、「当時、ロシアに制裁を科した国はあっただろうか。つまり、われわれの戦いは戦争ではなく、(各国がロシアに制裁を科した)ウクライナ侵攻は戦争だったというわけか」と憤慨した。ウクライナ侵攻で、ジョージア政府は、独自制裁は避けたものの、ほぼ全ての国際的制裁には参加している。
ゴギナシュビリ氏は「ロシア・ジョージア戦争の先例があったのにもかかわらず、当時、西側各国はプーチン政権が持つ周辺国に対する危険性に気がつかなかった。そのことが、結果的にその後のウクライナ侵攻につながってしまった」と強調した。
破壊されたウクライナ首都キーウ郊外ブチャの街。2022年4月6日(ゲッティ=共同)
× × ×
ジョージア ロシアの南、黒海の東側に位置し、人口は約374万人。面積は6万9700平方キロで日本の約5分の1。多数がキリスト教東方正教会の一派ジョージア正教を信仰。日本政府は2015年、ジョージアの要請を受け、国名呼称をロシア語読みの「グルジア」から英語読みの「ジョージア」に変えた。
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