「授業料は全員無料」理事長が100億円集めて開いた異色の高専は授業も斬新だった 起業家の育成を目指す「神山まるごと高専」
47NEWS / 2023年9月17日 11時0分
緑の山に囲まれ川の清流に心が癒やされる自然豊かな徳島県神山町。今年4月、この人口5千人に満たない町に、私立「神山まるごと高専」が誕生した。高専としては19年ぶりの新設校で、コンセプトは「テクノロジーとデザイン、起業家精神を一度に学ぶ」。理事長が企業から集めた100億円を元に人件費などを賄い、授業料は全学生無料。校歌は歌手のUAさんが作詞し、音楽家坂本龍一さんが亡くなる直前に作曲した。斬新な取り組みを次々に打ち出す異色の高専はいったいどんな授業をしているのか。中学3年向けに開かれたサマースクールを取材した。(共同通信=米津柊哉)
▽ものづくりのこつ「アイデアを形にする」
徳島市から車で約1時間、真っ白な校舎が目に入ってきた。町立中学校だった建物を改修した寮兼校舎で、「HOME(ホーム)」と呼ばれている。いかにも学校という外観とは打って変わり、中に入ると真新しい机などが並ぶ洗練された空間が広がる。
8月15~20日に開かれたサマースクールには、男女64人が参加した。最初に取材した授業は「プロトタイプ(試作品)演習」というデザイン関係の授業だ。机の上にはアルミホイル、テープ、はさみ。「2028年に発売する想定の旅が豊かになるかばんを作ろう」。教員の新井啓太さん(39)が授業のテーマを告げた。
参加者はまずアイデアを三つ考え、うち一つをアルミホイルなどを使って試作を始めた。制限時間はわずか15分。新井さんは次のように狙いを語った。「制限がある中で創造性は生み出される。アイデアを言葉やイラストではなく、立体にすると人に届けられる量が変わる。質より量で何回もバージョンアップしていく」。説明を聞いているだけだった記者も、ものづくりのこつに触れた思いがした。
アルミホイルなどを使って「未来のかばん」を作る中学生たち=8月17日、徳島県神山町
▽ルールに従わない体育「新しいスポーツをつくろう」
神山まるごと高専は「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成を掲げており、ものづくりが授業の中心だ。具体的にはテクノロジー(情報技術)、デザイン、起業家精神といった三つを「まるごと」学んでいく。国語や社会といった一般的な科目でもこの方針に沿った授業が展開される。
次の授業は保健体育。HOMEを後にし、近くの鮎喰川の橋を渡って5分ほど歩き、新設した木造平屋の校舎「OFFICE(オフィス)」に着いた。地元の「神山杉」をふんだんに使った木材のかぐわしい匂いの中、授業が始まった。担当するのは教員の鈴木佑奈さん(35)だ。
「体育の概念を捨ててもらいたい」。鈴木さんは中学生を前に授業の冒頭こう呼びかけた。いったい、どういうことか。既存のスポーツをルールに基づいて行うのではなく、新しいスポーツとそのルールを自分たちでつくってほしいと説明。この日のテーマは「(リーダーを支える)フォロワーシップを高める鬼ごっこ」だった。
4人一組のチームとなった中学生たちは用意されたフラフープや縄跳びなどを使って新しい鬼ごっこのルールづくりに励んだ。それぞれのチームが発表。その後、そのうちの一つで、ボールを使った鬼ごっこを実際に体験して楽しんだ。
自ら発案した新しい鬼ごっこを体験する中学生たち=8月17日、徳島県神山町
なぜ、斬新な授業をするのか。鈴木さんが教えてくれた。「(一般的な)体育はルールを守る最たる科目だが、ルールはつくれるんだという小さな体験を積み重ねさせたい。自分で決めたという責任感や自信がつき、強みになっていく」
鈴木さんは公立の中高一貫校の教員やプロバスケットボールチームのマネジャーを経て、神山まるごと高専の教員になった。「本質的な教育をしようとしていると感じた」のが理由だ。既存の学校教育への課題意識も語った。
「授業の内容や教員からの指導について、学生自身がどんな意味があるのかを考える機会が必要。子どもの芽を摘まず、可能性を狭めないよう意識したい。命に関わることでない限り『こうしたら』とは言わない」
参加した高松市の中学3年森川花恋さん(15)は充実した様子だった。「普段の中学校の授業と全然違う。頭を使った内容で難しかったが、面白く、達成感があった」。私も学生時代、こんな体育の授業は受けたことがなかった。伸び伸びと元気に授業に取り組んでいる姿がうらやましく思えた。
19年ぶりの新規高等専門学校として開校した「神山まるごと高専」=徳島県神山町
▽起業家が人生を赤裸々に伝える
水曜日の夜には各方面で活躍する「起業家講師」を神山に招き、学生たちと交流する。この日は香水ブランドを立ち上げた渡辺裕太さん(35)ら8人が集まった。渡辺さんは講演で、入学した東京大学で天才に囲まれて挫折したこと、就職したが仕事が面白くなく「あまり人生のことを考えていなかった」ことなどを赤裸々に語った。
好きだった香水で起業した渡辺さん。講演では仕事のエッセンスも伝えた。「新しいことをする。それが今日とどうつながっているかを大事にしている」
終了後も中学生たちが渡辺さんを囲み質問が相次いでいた。
「起業家講師」として中学生たちに語りかける渡辺裕太さん(左)=8月17日、徳島県神山町
▽100回以上のプレゼンで企業から集めた100億円
神山まるごと高専は全寮制で、授業料は全学生無料だ。狙いは「多様性」のある学生を集めることだ。学校の創設者で運営法人の理事長の寺田親弘さんは、名刺管理サービス会社「Sansan(サンサン)」(東京)の社長も務める。
寺田さんは、この高専で学んだ学生たちが「モノをつくる力で、コトを起こす人」となり、日本、社会、未来を変えていくことを目指し学校をつくった。「家庭環境にかかわらず本校を目指せる。(学生の)多様性からイノベーションが生まれることを期待したい」と語る。
では、どうやって無償化したのか。学費は1人当たり年間200万円。1学年の定員は40人としているため、全5学年がそろうと4億円が必要になる。
寺田さんは、民間企業に対して100回以上プレゼンテーションして出資や寄付を呼びかけた。その結果、ソニーグループやリコーなど11社から約100億円を集め基金をつくった。この基金を運用会社に委託。年間5・5%の運用益を得る前提で約5億円の収入を見込む。これで教員の人件費などを賄え、画期的な学費無償化の仕組みが完成した。
寮費についても、経済状況や家族構成によって無料になったり、減額されたりする。
神山まるごと高専の校舎の前に立つ寺田親弘さん。運営法人の理事長で、名刺管理サービス会社「Sansan(サンサン)」の社長も務める=3月13日、徳島県神山町
▽「授業はめちゃくちゃ頭を使う」
神山まるごと高専には今春、倍率約9倍の入試を突破し全国から44人の学生が1期生として入学した。東京出身の付媛媛さん(16)は4カ月の学生生活をこう語ってくれた。「授業はめちゃくちゃ頭を使い自分なりの独自性がでる。クラスメートの強みや特徴の新しい発見があり、仲間を知ることができる」
実際に取材し、ここで学ぶと起業家との交流をはじめ貴重な経験を積み重ねられるだろうと感じた。将来役立つ発想力やコミュニケーション能力なども身につけることができそうだ。卒業後は4割が起業すると想定されている。画一的でない新しい教育を受ける学生たちの今後に期待が膨らむ。
坂本龍一さんが手がけた校歌が発表された、神山まるごと高等専門学校の入学式=4月、徳島県神山町
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