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うんざり!でも変わらない米国のチップ文化、インフレで負担感増大 奴隷制の名残?二つの最低賃金で置き去りにされた労働者【2023アメリカは今】

47NEWS / 2023年9月19日 11時12分

注文時に何%分のチップを支払うか尋ねてくる画面。「15%」「20%」「25%」「ノーチップ」のボタンが並ぶ=5月、米ワシントン

 米国で外食時などに支払うチップを巡り、新たな論争が起きている。従来はレストランやホテルでの限られたサービスが対象だったが、新型コロナウイルス対策でセルフレジが普及し、チップの支払いを求められる場面が急増したためだ。消費者からは「うんざり!」との悲鳴が上がる一方で、チップ文化の歴史をひもとくと、奴隷制の時代から続く米国の暗部が浮かび上がる。(共同通信ワシントン支局 金友久美子)

【※この記事を執筆した金友記者は「バイデノミクスとは何か」について音声で解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」を各種ポッドキャストアプリで検索してお聞きください。】

 ▽1杯650円のアメリカンコーヒーにため息
 首都ワシントンのカフェ。レジで1杯3ドル75セントの持ち帰りコーヒーを注文してタッチパネルで決済する際、チップをいくら加算するかに悩む。商品の料金に加えてチップの額を指定して入力する。

 一般的なチップの相場は代金の15~20%とされており、数字の切りの良い75セントを加えてカードで支払った。円建ての給与で暮らす特派員としては為替相場の円安進行の影響も重なり、650円を超える〝高級〟なアメリカンコーヒーを手に、思わずため息が出た。

 CNNテレビによると、ファストフード店やカフェの会計でチップが支払われた割合は2022年末で48%となり、コロナ禍前と比べ11ポイント上昇した。生活のいたる場面でチップの支払いを求められるようになった状態は、チップ(TIP)の値上がり(INFLATION)をもじって「チップフレーション」ともやゆされている。

 ▽持ち帰りでも表示される「チップ〇%」ボタン
 大きな要因とされるのが、決済方法の変化だ。身体的接触を避けるコロナ対策に加え、人手不足に対応した結果として省力化も進み、セルフレジやタッチパネルを導入する店が拡大。空港や野球場の売店、タクシーなど多くの場面で「15%」「20%」「25%」などとチップ加算率が自動表示されるのが日常風景となった。


配車サービスのアプリで、チップの支払いを求める画面

 スマートフォンで事前に支払いを済ませ、店で商品を受け取るだけでもチップの選択ボタンが現れる。支払いに応じない人も当然いるが、「ノーチップのボタンは罪悪感から押しにくい」との声は少なくない。

 ウーバーといった配車サービスのように、運転手と乗客の双方がアプリ上で「振る舞いの良さ」を評価し合う仕組みの影響も大きい。乗客からは「チップ額が評価に影響を与えて、低評価だと肝心なときに車がつかまらないのでは…」と、不安の声も漏れる。

 ▽不満の矛先は「何のため?」という不透明さ
 ただ街で話を聞いて回ると、チップそのものへの拒否感を語る人は思いの外、少なかった。チップを求められる場面が増えたのに対して「誰の、何に対する対価なのかがはっきりしないのはどうしてなの?」と、その不透明さが、人々をいらだたせているようだ。

 ワシントンの住宅街で犬の散歩をしていたデボン・パルソンズさん(43)は「接客への感謝の気持ちを示すため、ミネラルウオーターを1本買うのでもチップを1ドル(約140円)ぐらいは渡したいと思っている」と話す。一方で、最近は客にも知らせずにチップ分として料金を上乗せしているケースもあると指摘。接客サービスを受けていないと感じる店では「チップを払うつもりはない」と断っていると話す。

 カフェでパソコンを広げて仕事をしていた女性(27)はチップ論争について「よく知っている」としつつも「従業員の懐に入るのであれば、これからもチップ自体は負担を続ける」と話した。


米ワシントンの住宅街で散歩をしていたデボン・パルソンズさん=7月

 ▽「チップがなければ生活できない」
 働く側は、論争をどう見ているのだろうか。
 南部バージニア州ヨークタウンのレストランで働くアマンダ・ページさん(38)は「生計を立てるためにチップは不可欠」と言い切る。近所のアパートで暮らしており、家賃と光熱費で毎月4千ドル(約56万円)の固定費がかかる。一方、収入は季節や客の入りによって不安定だ。

 「自分が外食する際には必ず代金の20%は上乗せするし、細部まで気を使った良いサービスにはもっと払う。ウエイターとして腕を磨いて30~40%ぐらい上乗せしてもらえるようにがんばりたい」

 ページさんが苦しむのはインフレでかさむ生活費だけでなく、最低賃金の差別的な仕組みだ。実は、米国では労働者全般に適用される連邦最低賃金(州など地域ごとに定める基準もある)とは別に、チップ労働者に特化した連邦最低賃金が設けられている。チップが得られれば、他業種と同水準の収入が確保できるとの理屈からだが、それにしてもチップ労働者の最低賃金は低い。

 労働者全般の連邦最低賃金は時給7・25ドルなのに対して、チップ労働者は2・13ドル。時給300円程度の最低賃金で働くページさんは「せめて時給15ドルぐらいに相当する金額まではチップ収入で埋めていかないと生活が回らない」と、表情をくもらせた。


南部バージニア州ヨークタウンのレストランで働くアマンダ・ページさん=8月

 ▽南北戦争後の寝台車ブームがチップ概念転換?
 生計が立てられないような賃金しか払われず、残りはチップで賄う生活―。米公共ラジオNPRは、ページさんのようなチップ労働者を搾取するシステムが、19世紀の寝台車旅行ブームで「発明」されたと指摘する。

 オハイオ州立大のミシェル・アレクサンダー准教授によると、チップの習慣はもともと欧州で貴族が使用人に好意を示す振る舞いとして始まり、米国に伝わった。転機が訪れたのは南北戦争。奴隷制廃止により、黒人労働者を安く使い続けたい白人経営者らが「チップの概念を転換した」。

 なかでも、米著名実業家・発明家のジョージ・ブルマンは寝台車の製造と運行を行うプルマン社を創設し、19世紀後半に事業を拡大。解放奴隷の黒人男性をポーター(荷物運搬人)などとして大量に雇用し、それまで単に移動のための手段だった鉄道を、「使用人」のサービス付きの豪華旅客列車のレジャーとして中流階級に売り込んだ。プルマン社の鉄道が全米を行き来したことで、チップの習慣が飲食店などにも広がった。


プルマン・パーラー鉄道の車両内で食事をする乗客と給仕する黒人男性(中央)=1882年(ゲッティー=共同)

 ▽推定500万人、飲食店で働く人は貧困の可能性が3倍
 その後、ポーターたちは労働組合を結成して処遇改善を勝ち取っていった一方、女性が多い飲食店業界では低賃金のチップ労働が定着。1938年にフランクリン・ルーズベルト大統領によって制定された「公正労働基準法」が米国初の最低賃金を定めたものの、対象は限られ、飲食店従業員は除外された。

 1966年の制度見直しで幅広い業種が最低賃金の対象に含められたが、しかしチップ労働者には今日のような別基準が設けられる。飲食店のウエイターや駐車場の係員、ネイルサロンの従業員らの連邦最低賃金は1991年に時給2・13ドルに引き上げられたものの、30年以上据え置かれたままとなっている。

 CNNによると米国では現在、推計500万人以上がチップ労働者として働く。非営利団体「ワン・フェア・ウェイジ(公正な一つの賃金)」は、他業種に比べて飲食業界では「フードスタンプ(低所得者向けの公的食料補助)を受給する確率が2倍、貧困の可能性は3倍に上る」と指摘。チップ最低賃金を廃止し、包括的な最低賃金制度を創設すべきだと訴える。


米首都ワシントンのレストラン=8月

 ▽バイデン大統領は是正に前向きだが…
 こうした差別的待遇の改善へ、バイデン大統領も行動は示している。2020年の大統領選では、労働者全般の最低賃金引き上げとともに、チップ労働者向け最低賃金の廃止を公約に盛り込んだ。しかし、廃止法を成立させようにも、昨年の中間選挙で連邦議会下院は野党共和党が過半数を獲得し、法改正による是正は困難な情勢だ。

 政権が望みを託すのは、労使交渉を通じた改善だ。ただこれも、労組の組織率は年々低下。ニューヨークの日本料理店で働く女性従業員は、職場で労組を結成したが労使交渉はままならないという。「経営者にピンハネされていたチップを取り戻したいだけなのに…」。

 チップ労働の在り方は、奴隷制の残滓が米国経済を支えている現実を浮き彫りにしているのではないだろうか。 

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