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驚異的なスピードで目標金額を達成! 7億円を超えた国立科学博物館のクラウドファンディングはなぜ成功したのか 専門家に理由を聞いてみた

47NEWS / 2023年9月19日 10時0分

茨城県つくば市にある国立科学博物館の収蔵庫に所狭しと並べられた動物の剥製=2022年11月11日撮影

 過去最大の挑戦―。そう銘打って、国立科学博物館(東京)が8月7日、クラウドファンディングをスタートした。目的は、標本や資料を集めて保存する費用を工面するためで、目標金額は1億円に設定した。篠田謙一館長自ら記者会見に臨み、世間に広く支援を訴えた一大プロジェクトは、ふたを開けてみれば開始からわずか9時間20分で目標を達成し、現在の寄付額は7億円を超えた。
 驚異的な早さで目標金額に到達して世間を驚かせた今回のクラウドファンディング。科博の現状を整理するとともに、成功した理由や今後の課題を専門家に取材した。(共同通信・岩村賢人、村川実由紀)

 ▽収蔵庫には貴重な標本がたくさん

 通路の両側に大きな角のある剝製がずらりと並ぶ。上野動物園にいたパンダや立ち上がった大きなクマの姿もある。ここは茨城県つくば市にある国立科学博物館のバックヤード(収蔵庫)だ。


 科博は1877年に創立された日本で最も歴史のある博物館の一つで、500万点以上の標本を収蔵しているが、上野の本館で来館者が見られるのはごく一部。大半の標本や資料はバックヤードで保管していて、通常は非公開となっている。
 なかなか目にする機会はないが、貴重な標本は多い。例えば、「タイプ標本」と呼ばれるもの。ある生物を「新種」と判断する根拠となった標本で、世界に一つしかない。科博では絶滅危惧種のイリオモテヤマネコなど、複数の動物のタイプ標本を保管している。
 他にも、ヒョウとライオンの異種交配で生まれた「レオポン」の剝製、2008年に死んだ上野動物園のジャイアントパンダ「リンリン」の剝製など重要な標本は数え切れない。動物の剝製だけでなく、微生物や昔の人骨、飛行機、鉄道もコレクションに含まれている。
 研究に使ってもらうため、地方自治体の財政悪化、会社の代替わりや相続などさまざまな理由で各地から標本が持ち込まれ、毎年数万点が新たに登録されている。
 保管の意義について、動物研究部の川田伸一郎研究主幹は「博物館にはその時々で地球上の一部を保存していく役割があると思っている。機会があれば集めて残す。100年、1000年かけて次世代に自然の素晴らしさを伝えていければ良い」と話す。


茨城県つくば市にある国立科学博物館の収蔵庫に保管されているレオポンの剥製(奥)。手前は父のヒョウ、真ん中は母のライオン

 ▽厳しい財政状況に重なる打撃

 ほとんどの標本は劣化を防ぐため、紫外線が入らないように窓を設けず、温度や湿度を一定に保った部屋で保管されている。そのため光熱費がかさみ、持ち込まれる標本を受け入れる収蔵スペースも不足していた。
 標本や資料の収集と保存は、博物館の根幹をなす事業だ。科博の運営は、主に「国からの運営費交付金」と「入館料の収入」から成り立っている。しかし、運営費交付金は年々少しずつ減っていて、他に獲得している予算も加えてようやく横ばいになるかどうかだ。
 厳しい状況にコロナ禍が追い打ちを掛けた。年間270万人程度だった来館者数は、2020年度には5分の1まで落ち込んだ。現状もコロナ禍以前には戻りきっていない。そこに光熱費や資材の高騰ものしかかる。本年度の光熱費は、21年度の約2倍の3・8億円になると見込まれる。

 ▽訴えた苦境、あっという間に目標額達成

 博物館の事業費や研究費を削って経費を捻出するとしても限界がある。「複数の打撃が重なり、自助努力や国からの補助ではとうてい追いつかない」。8月7日の記者会見で篠田館長は苦境を訴えつつ、世間に向けてこう呼びかけた。「私たちが集める自然史・科学技術史の標本は、未来の日本人全体のための宝。科博が持つ膨大なコレクションを守り、さらに国内に点在する貴重なコレクションの収集活動の継続に対する私たちの活動や思いにご賛同いただけましたら、ご支援をお願いいたします」。
 科博の厳しい現状とクラウドファンディングの開始が報じられると、SNSで大きな話題になった。瞬く間に寄付が集まり、開始当日に目標とした1億円を超えた。
 その後も寄付額は増えて、既に4万人以上から7億円を超える金額が集まっている。実施をサポートした企業「READYFOR」によると、国内のクラウドファンディングの「文化」枠ではトップの金額だという。また、寄付した人の人数では、「文化」枠だけでなく、国内のクラウドファンディング全体で最多となった。「300万円」「1千万円」といった法人向けの高額な枠での寄付もあった。
 篠田館長が「これだけ早く達成できたことに驚いている」とコメントを出すほど驚異的な寄付の集まり方。何が今回の成功をもたらしたのか。


1億円の目標金額を達成した際の、国立科学博物館のクラウドファンディングのホームページ(READYFOR提供)

 ▽館長が前面に出て寄付呼びかけ

 大学やNPO法人など非営利的な組織の寄付募集について、マーケティングの視点から研究する信州大社会基盤研究所の渡辺文隆特任講師は複数の理由を挙げる。
 まずは「受益者の多さ」だ。過去に科博を訪れ「勉強になった」「面白かった」と感じた人の多さと言い換えても良い。価値の高いコレクションを大量に収蔵していて、かつ比較的安い入館料で楽しめる科博には、全国から年間200万人以上が訪れる。展示や研究といったこれまでの博物館としての活動が培った信頼がクラウドファンディングの成功に大きく貢献したとみられる。
 次に挙げるのが「館長が積極的に関わっている」点だ。寄付を集める方法を考え、博物館としてのブランド戦略や広報戦略を練り上げるには組織全体で動く必要がある。科博は今回、篠田館長が前面に出て、寄付を呼びかけた。「資金を集める手だてを講じるために適切な投資をすれば寄付が集まる。そのための人員配置や高度な戦略の検討には組織のトップの関与が重要な役割を果たす」と渡辺さんは解説する。


オンライン取材に応じる信州大の渡辺文隆特任講師=8月14日

 ちなみに、組織のトップが積極的に寄付を呼びかけているケースとしては、京都大iPS細胞研究所で所長を務めた山中伸弥さんが有名だ。
 さらに、寄付募集に踏み切った事情も重要だという。科博が挙げた理由は「コロナ禍による来館者の減少」や「世界情勢の不安による光熱費や資材の高騰」だった。渡辺さんは「コロナ禍や光熱費で危機的な状況にある、というのは市民にとっても非常に理解できる理由。単純で分かりやすく、多くの人が支援する正当性が確保されていた」と指摘する。
 今回のクラウドファンディングでは、5千円~1000万円の寄付の枠に合わせて用意された40種類以上の返礼品も注目を集めた。ただ、寄付のマーケティングの分野では「返礼品はむしろ寄付を減らしてしまう」ことを示す研究が多いという。「いざとなったら応援しよう」と思ってる人に対して、「応援してくれたらこれをあげる」と呼びかけると、かえって寄付する気持ちがなえてしまうという理屈だ。
 科博は今回、返礼品のある「購入型」の枠のほかに、寄付した金額を税金から控除する「控除型」の枠も用意した。二つの併用によって、元々応援する気持ちを持っていた人の受け皿も作れていたのかもしれない。

 ▽全国の博物館を巻き込んだ取り組みに

 では、他の博物館で同じように多額の寄付を集められるのか。渡辺さんによると、科博のように日本全国を「受益者」と想定できる博物館はそれほど多くない。「この分野の標本や展示ならどこにも負けない」という強みがあれば全国から人を集められる可能性があるが、多くの博物館は「立地している地域の博物館」という枠から抜け出すのがなかなか難しく、潜在的な受益者は少なくなってしまう。
 それでも、渡辺さんは「トップの関与と資金集めに対する投資、アイデアの工夫を組み合わせれば、相応の額を集められる博物館はかなりあるはず」と推測する。
 科博も今回のクラウドファンディングを、全国の博物館を巻き込んだ取り組みに発展させていくつもりだ。篠田館長は8月10日に配信した動画で「地球の宝を守るというミッションは全ての博物館で行われている。みんなで協同してこそミッションをさらに先に進められる」と述べ、その後、寄付の使い道として、他の博物館が標本や資料を入手して整理する作業を支援したり、科博が収蔵するコレクションを全国の博物館で展示する「巡回展」を開催したりする方針を明らかにした。


記者会見して寄付を呼びかける国立科学博物館の篠田謙一館長=8月7日、東京・上野の国立科学博物館

 ▽課題は、長期的な支援の獲得

 今回のクラウドファンディングは成功した。次の目標は、単発の目標達成で終わらせず、長期的な支援を集めていけるかどうかだ。
 渡辺さんによると、寄付の形は大きく「Charity(チャリティー)」と「Philanthropy(フィランソロピー)」の二つに分けて整理できる。チャリティーは「災害時など緊急時の人道的な支援」で、フィランソロピーは「社会問題の解決や、より良い社会への戦略的、長期的な投資」という意味で使われる。
 今回の科博のクラウドファンディングは、高騰する光熱費や資材の費用を賄うという意味では緊急時の支援を求める「チャリティー」に見える。
 一方で、篠田館長は8月7日の記者会見で「資金援助だけでなく、当館の取り組みを応援してくれる新たな仲間との出会いを作る機会だと強く思っている」と述べ、支援してくれる人と継続的につながっていく「フィランソロピー」の必要性にも目を向けていた。

 ▽日本の寄付は「チャリティー」中心

 ただ、日本における寄付は「チャリティー」が中心だという。渡辺さんは22年に日本NPO学会の学術誌に発表した論文で、日本で「寄付」「寄附」という単語がインターネットで検索された時期は、11年の東日本大震災や16年の熊本地震、20年からの新型コロナウイルス感染症といった緊急時に集中していたことを明らかにした。危機的な状況から救うための寄付がよく集まる傾向にある。
 大学への寄付など平時に継続して支援する動きも増えてきてはいるが、渡辺さんは「今困っているわけではないけれど、より良い未来のためにこんなことをやってみたい、といった野心的なプロジェクトにたくさんの寄付が集まる文化は日本ではまだない」と分析している。


記者会見で寄付を呼びかける国立科学博物館の篠田謙一館長(左から2人目)ら=8月7日、東京・上野

 ▽「寄付は楽しい」体験の積み重ねが鍵

 重要なのは、「あそこに寄付して本当に良かった」「寄付という行為そのものが楽しい」という体験を提供していけるかどうか。前向きな体験が積み重なれば、日本でも寄付の市場が拡大して、緊急時に「マイナスからゼロにする」ための寄付だけでなく「ゼロから100の価値を作っていく」ような取り組みにも継続した支援が集まるかもしれない。
 科博が全国の博物館と手を組んで標本の価値を伝えていく活動はその一つ。活動が実を結べば、「チャリティー」への依存を乗り越えた支援の獲得を実現できる可能性がある。
 「国立」と名の付く科博の苦境に対して「まず国がしっかりと支援すべきだ」という意見は根強い。渡辺さんは「人々がいろいろな形で社会に意思表示をしていく手段の一つとして寄付を捉えるという考え方がある。国からの運営費交付金がどうであっても、自分が重視する価値を実現している組織に寄付ができて、そういう組織が寄付を募るのは健全な民主主義社会の一つのパーツだ」と訴えつつ、こう付け加える。「国立の研究所などは膨大な受益者がいるけれど、それを自覚していない人も非常に多い。自分たちの暮らしがいろいろな組織や技術者、研究の蓄積の上にあるのだと、教育を通じて人々に伝えていくのも非常に大事だ」。

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