ロシアとウクライナ、そして世界はどこへ向かうのか エネルギー、平和構築、軍事研究の専門家3人に聞く
47NEWS / 2023年9月27日 10時0分
ロシアのウクライナ侵攻開始から1年半余り。ウクライナは欧米供与の武器を投入して占領地奪還を急ぐが、ロシアの守りは堅い。停戦が見通せない中、安全保障やエネルギー供給面などで国際社会は不安定化する。戦争の両当事国と世界はどこへ向かうのか。核兵器使用の恐れはないのか。ロシアのエネルギーに詳しい原田大輔氏、平和構築が専門の東大作氏、ロシア軍事を研究する小泉悠氏に話を聞いた。(共同通信)
▽エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の原田大輔調査課長「原油制裁、ロシア財政に影響」
日米欧などは昨年12月、ウクライナに侵攻したロシアに対し、ロシア産原油取引価格の上限を1バレル=60ドルとする追加制裁を導入した。原田氏は制裁が収入減につながり、戦費調達を含めたロシア財政に影響が出ていると指摘した。(聞き手・吉田尚弘、4月3日取材)
―ロシアと取引を続ける中国やインドが制裁の抜け穴になるとの懸念がある。
「ロシアは割引価格で原油を買い支えている中国やインドに対し、わらにもすがる思いだ。歳入が十分に得られず、安価で売らざるを得ないジレンマに陥っている。中国とインドは安い資源がほしいだけだ。制裁に苦しむロシアを救いたいという友情はない。今後、上限価格を超えた原油を買えば、欧米から制裁を科される事態に発展するだろう。ロシアの戦費につながる行動を続けるか、欧米に従うか、踏み絵を迫られる」
―ロシア連邦統計局は今年2月、2022年の国内総生産(GDP、速報値)が前年比で2・1%減と発表した。
「ウクライナ侵攻前のGDP見通しは3~5%程度のプラスと見込まれていた。その期待値を加味すれば、前年比5~7%減少したと見ることもできる。侵攻後に高騰した原油価格は昨年6月をピークに下落している。12月に導入された上限価格設定がロシア産原油のリスクを高め、値下げ圧力が強まった」
「欧米の制裁に絡みロシアは昨年8月末、天然ガスを欧州に直接送る海底パイプライン、ノルドストリームでのガス供給を停止した。ノルドストリーム2も昨年9月に爆発によるとみられるガス漏れを起こして稼働しておらず、ロシアはドル箱である欧州市場に天然ガスを流したくても流せない状況に陥っている」
―主要産油国でつくる石油輸出国機構(OPEC)プラスは昨年11月に始めた日量200万バレルの原油の協調減産を今年4月に継続する方針を発表した。
「サウジアラビアなどの産油国が追加で5月から日量116万バレルの自主減産を表明した。OPECプラスによる200万バレル減産に加え、追加で116万バレルの減産表明は市場にとっても驚きだった。現在、原油市場にとって最も大きな変動要因は中国だが、新型コロナウイルスからの経済回復は依然として不透明感が漂っている」
―サウジなどの産油国がこの判断に至った背景は。
「このまま原油価格が下がっていってしまうのではないかという恐れもあったのだろう。ウクライナ侵攻が原油価格をつり上げたため、ロシアはOPECプラス産油国にとって価格回復実現の立役者だった。今回の追加減産による価格上昇の試みは、見方によっては原油を割引価格でしか売ることができず困窮しているロシアへの肩入れに見えなくもない」
―先進7カ国(G7)議長国の日本には何ができるか。
「ウクライナ侵攻という暴挙に対して、G7はさらに強く結束する必要がある。戦争が長期化すれば各国で対ロ制裁疲れが出てくる。実利を求めて安いロシア産原油を買うべきだという議論も出てくるかもしれない。ロシアもさまざまな手段を使って世界を分断し、対ロ制裁を無効化しようと画策してくるだろう。3月には中国の習近平国家主席がモスクワを訪問し、プーチン大統領と会談した。同時期に岸田文雄首相がウクライナを訪問したことはG7の結束の上でも重要な意味を持つ」
× ×
はらだ・だいすけ 1973年、東京都生まれ。東京外国語大卒。97年、石油公団(現JOGMEC)入団。2006年、JOGMECモスクワ事務所副所長。12年、ロシアのグープキン記念国立石油ガス大経済経営学修士課程修了。2022年4月から現職。
ロシア軍の攻撃を受けたウクライナ北部キーウ州の現場で作業する救助当局者ら=8月30日(ウクライナ非常事態庁提供・ロイター=共同)
▽東大作・上智大教授「ロシア軍撤退で和平合意を。長期化回避へ日本に期待」
ロシアのウクライナ侵攻はさらなる長期化に加え、第3次大戦や核戦争への発展も危惧される。和平調停が専門の東氏は一刻も早い和平合意を目指すため、侵攻前の境界までのロシア軍撤退を前提に、クリミア半島などロシア支配地域の扱いや戦争犯罪追及は別協議にすべきだと指摘する。G7議長国の日本には議論先導を期待した。(聞き手・新里環、2月26日取材)
―そもそも戦争はどのようにして終わるのか。
「基本的に『軍事的勝利』か『交渉による和平合意』しか終わらせる方法がない。第2次大戦では、米国や英国などの連合国が日本を無条件降伏に追い込んだ。ただウクライナ侵攻では、核兵器を大量保有するロシアに対して無条件降伏による軍事的勝利は現実味がない。一方、ロシアがウクライナを支配する形での勝利も難しい。第2次大戦後、『民族自決』と『植民地支配否定』が国際規範となり、大国が小国に侵攻し、かいらい政権をつくることは不可能になった。米国が介入したベトナム戦争やソ連のアフガニスタン侵攻はいずれも泥沼化し、和平合意により面目を保つ形で両大国が撤退した」
―ベトナムとアフガンは和平合意でどのような戦略を取ったのか。
「大国の軍の撤退を主眼に置き、それぞれ米国本土とソ連領土への攻撃を避けた。そうして国際的な支持と同情を集め、侵攻した大国内での反戦運動も高めて終戦に持ち込んだ」
―ウクライナ侵攻当初は停戦交渉が進んでいた。
「ウクライナが昨年3月に示した案をロシアも評価し、合意に近づいていた。侵攻開始の昨年2月24日より前の境界までロシア軍が撤退し、ロシアが2014年に併合したクリミア半島の主権問題は今後15年間の協議で解決する。関係国による安全保障の枠組みと引き換えに、ウクライナは北大西洋条約機構(NATO)加盟を断念するという内容だった」
―交渉の状況は。
「昨年4月、キーウ近郊ブチャでロシアによる多数の民間人虐殺が明らかになり、米国などがその罪をロシアのプーチン大統領に問うと訴え、交渉は頓挫した。現在ウクライナのゼレンスキー大統領はクリミア半島を含む全領土奪還まで戦闘を続けると主張している。ただ消耗戦により和平の機運が高まれば、昨年3月の案が和平合意の土台になり得る」
―ロシアを再び交渉の席に着かせるため、どのような提案をすべきか。
「第3次大戦や核戦争になるリスクを避けるため、まずは侵攻開始前の境界までのロシア軍撤退をウクライナと国際社会の共通目標とし、それ以上の領土問題については終戦後の交渉に委ねるのが現実的だ。戦争犯罪の追及は合同委員会などをつくり別途協議すべきだ。自らが裁かれると知りながら交渉に応じる指導者はいない。ロシアへの賠償請求については、ウクライナ復興基金を設け、ロシアに拠出させる方法もある」
―国際社会がロシアに科している経済制裁は撤退につながるのか。
「大事なのは、制裁を解除する条件を明らかにすることだ。そうしなければ、ロシアも何をすればいいのか分からず、行動や政策変更にはつながらない。ロシア軍の撤退は、国連総会で示された各国の明確な意思だ。これに制裁解除の条件を合わせることは、国際社会が一致して働きかける上で有効だ。条件を明示することで、ロシア国内の反プーチン大統領の動きを加速させる可能性もある」
―和平合意に向け、国際社会はどう立ち回るべきか。
「ロシアに影響力を持つ中国と、ウクライナへの武器支援を主導する米国が戦争当事国への説得役となり、ウクライナとロシアの穀物輸出合意を仲介したトルコと国連は調停役を担える」
―日本は何ができるか。
「G7議長国の日本は欧米とアジアや中東、アフリカ諸国をつなぎ、世界全体でロシアに撤退を説得する機運をつくる役割を果たせる。G7の中で、旧東西陣営のいずれにも属さなかった第三世界から最も信頼されている日本だからこそできる役割だ」
× ×
ひがし・だいさく 1969年、東京都生まれ。国連アフガン支援団(UNAMA)政務官などを歴任。著書に「ウクライナ戦争をどう終わらせるか」など。
ウクライナ東部ドネツク州バフムト周辺の前線でロシア軍側に向かって砲撃するウクライナ軍の兵士=8月12日
▽小泉悠・東京大専任講師「長期戦ならロシア有利、欧米は『勝たせる支援』を」
ロシアの軍事・安全保障を研究する小泉氏は、ウクライナ戦争が何年も続けば、国力に勝るロシアが有利だと指摘。欧米が武器供与を加速し「ウクライナを勝たせる」ことでしか、意味のある停戦は期待できないと述べた。(聞き手・小熊宏尚、2月16日取材)
―戦況の現状は。
「プーチンはウクライナを取り戻し、ロシアの歴史的偉人に名を連ねるイメージを抱いたと思うが(徹底抗戦されて)裏目に出た。しかし国民に向け、戦争をしたかいがあったという説明が必要。それで3月までの東部ドネツク州制圧を命じたと言われる。(来春の)大統領選の1年前に成果を出したい思いもあるだろう」
「バイデン米政権はウクライナを(武器の大規模供与で)支えねばならないが、第3次大戦は避けなければならない。両者は相反し、どちらも取れず中間を行っている」
―今後1~3年はどう推移するか。
「ロシアの大勝ち、大負け、膠着のシナリオは描けるが、どれが最も蓋然性が高いのかの予測は困難だ。戦争とは意思のせめぎ合いだ。仮にロシアが負けそうになれば、また別の手を考える」
―ウクライナが勝つには何が必要か。
「西側が覚悟を固めることだ。まとまった数の(1980年代以降に造られた)西側製第3世代戦車と戦闘機、敵の後方をたたく長距離打撃手段をセットで与えれば開戦ラインまでロシア軍を押し戻すことは不可能ではない」
「戦争のエスカレートを恐れ、欧米は決定的な軍事援助に踏み切れていないが、ウクライナが負ければ(世界秩序が混乱し)国益を損ねる。多少のリスクはとるべきだ」
「ウクライナが欧米の武器供与という他者の意思の上で戦っていることを考えても、時間はウクライナに味方しない」
―日本の役割は。
「ウクライナの民生や産業回復の支援だ。日本で地雷除去訓練を最近始めた。これは大きい。農地の地雷を除去し、農業を再開させないとウクライナは食べていけない」
「ウクライナ支援は安全保障への投資だ。侵略失敗の実績をつくるため、支援を増やすべきだ」
―ロシアが勝つには。
「長期戦、消耗戦になれば最後まで立っていられるのはロシアだろう。人口はウクライナの3倍。軍需産業の能力もはるかに高く、自力で戦車を年250両生産できる」
「ドネツク州制圧ができないなら、ロシアは第2次動員しか選択肢がない。例えば50万人。予備役義務者の中で5年以内に兵役を終えた人は約200万人いるとされる」
―核使用の恐れは。
「ウクライナによる昨秋のハリコフ州奪還は第2次大戦後、ロシア最大の敗北だった。それでも戦術核を使えなかった。核使用は相当難しいとプーチンは判断していると思う」
「両国とも決定的に勝てず、今の戦線が分割線となる恐れもある。西側支援が今とあまり変わらない水準にとどまれば膠着の可能性が高まる」
「来年の米大統領選は重要だ。バイデン続投なら、煮え切らない支援が続くシナリオも見えてくる」
―停戦の見通しは。
「ウクライナへの安全の保証がないなら実効的な停戦合意にならない。NATOに入らないが重武装中立プラス有事のNATO参戦があり得るとの内容を含む合意でないと、ロシアはまた侵攻する恐れがある。こうした合意をのませるためにはロシアを負かすしかない」
「テーブル(停戦交渉)での決定が戦場に反映されるのではなく、戦場の現実がおそらくテーブルに反映される。その意味でも、欧米がどの程度の軍事援助をするかが死活的ファクターになる」
「プーチンは(自国とウクライナは一体だとする)歴史的使命感のようなものに取りつかれて戦争を始めたように見える。合理的に考えて停戦しようとは多分思わない。継戦能力を失うまで追い込まれないとやめない可能性が高い。彼が満足して停戦するのはキーウを占拠してゼレンスキー大統領を処刑する時だ」
―ロシアの将来は。
「暗くなった。大市場であり技術や資金の供給源だった欧州との関係が断絶するなら、ロシアにとって良いわけがない」
「以前は21世紀半ばに向けてGDPが現在の世界10位前後から15位前後に下がるとの予測もあったが、衰退ペースが著しく速まりそうだ。急速な衰退はハードランディングにつながる。国家分裂のような事態は簡単に起きないと思うが、不安定性は増す」
× ×
こいずみ・ゆう 1982年、千葉県生まれ。早稲田大院修了。外務省専門分析員などを経て2022年、東京大先端科学技術研究センター専任講師。著書に「ウクライナ戦争」「『帝国』ロシアの地政学」など。
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