訪問介護220カ所廃止や休止に、現実になってきた〝ヘルパーが来ない未来〟 「あんなにバッサリやめるとは…」社協が相次ぎ撤退
47NEWS / 2023年9月23日 10時0分
「年を取って介護が必要な状態になっても自宅で暮らしたい」と思った場合、頼りになるのが介護保険の訪問介護だ。ヘルパーが家に来て、家事をしてくれたり食事や入浴の介助をしてくれたりする。地方の町村部でその大きな担い手になっているのが「社会福祉協議会」(社協)という公的な役割を持つ団体だ。ところが、ここ数年、全国各地でこの社協が訪問介護の事業をやめる例が相次いでいる。「ヘルパーをよこしてくれるところがないから、家で暮らせない」。そんな事態が静かに進んでいる。社協が訪問介護をやめた自治体を訪ね、背景や影響を取材した。(共同通信=市川亨)
▽全国津々浦々にある「社協」
「社協」と聞いてもピンとこない人も多いだろう。民間の介護・福祉サービスが多くある大都市圏では、存在感がそこまで強くないが、地方では住民生活に大きな役割を果たしている。
社会福祉法という法律に基づき設置されている団体で、47都道府県と1741市区町村全てにある。介護や障害福祉サービス、子育て支援のほか、赤い羽根で知られる共同募金運動への協力といった事業を実施している。
住民や企業から集めた会費、自治体からの事業委託費や補助金などで運営していて、災害時のボランティアセンター開設、生活困窮者らへの資金貸し付けも担う。
ざっくり言えば「全国津々浦々で困っている人を助けるセーフティーネット的な団体」ということになる。自治体から職員が出向したり、退職後に再就職したりするなど行政との結び付きも強い。
▽約220カ所が廃止や休止になっていた
多くの社協は介護保険事業もやっているのだが、近年、訪問介護をやめる例が続いている。都市部で一般の民間事業者との競合を理由に撤退するケースもあるが、多くはヘルパーの高齢化や人手不足、事業の収支悪化などが要因だ。
地方では高齢者の人口も減っているため、利用者が減少。訪問先への移動距離が長く、事業の効率化が難しいといった事情もある。「訪問介護は赤字」という社協は多い。
では、どのくらいの社協が訪問介護をやめているのか。都道府県が持っている介護保険の事業所データから社協の訪問介護を抽出して調べてみた。過去5年間の変化を見るため、2018年と23年(一部は期間が異なる)を比べ、23年データに載っていない事業所について、各社協に廃止または休止したのかどうか尋ねた。
その結果、5年間に少なくとも218カ所が廃止や休止となっていたことが分かった。新設分を差し引いた減少数は203カ所。2018年には全国で1505カ所あったが、23年では1302カ所で、13・5%減っていた。減少率が最も高いのは鳥取県で、53・3%。大分県が38・5%、千葉県が30・4%などと続いた。
社協の訪問介護継続を求めて作ったチラシを前に、署名活動のことを振り返る須田富士子さん=2023年7月、宮城県多賀城市
▽「家での暮らしや人間関係が失われた」
社協が訪問介護をやめた地域では何が起きているのか。仙台から電車で約20分、人口約6万人の宮城県多賀城市を訪ねた。
須田富士子さん(66)は2014年に仕事中のけがで重い障害を負い、市社協が介護保険と共に実施していた障害福祉サービスで居宅介護を受けていた。
「まさか、あんなにばっさりサービスを切るとは…。本当に立ち往生しました」と振り返る。
市社協から「事業の廃止が決まった」と聞かされたのは19年9月のこと。「サービス提供は12月でやめ、20年3月末に廃止する」と、他の民間事業所や近隣の社協への切り替えを打診された。
須田さんは「一方的であまりに唐突だ」と、約900人の署名を集め、事業の継続を求める請願を市議会に提出。採択されたものの、最終的に市社協は20年3月末に事業をやめた。
廃止の理由は、訪問介護が年間1千万円以上の赤字だったからだ。市社協の菅野昌彦事務局長は「廃止が唐突だったとは思っていない」と話す。「ほかにも民間の事業所があり、約30人いた利用者は引き継いだ。社協にセーフティーネットの役割があるのはその通りだが、であれば、行政が補助金を出すなどして支えるべきだ」と語った。
ただ、須田さんは条件の合う引き受け手が見つからず、一時期は「介護難民」の状態に。「入浴はシャワーで体を洗い流すことしかできなかった」。今も納得できない気持ちが残っている。
社協でヘルパーとして23年働いた鈴木充子さんはこう話した。「訪問介護が受けられなくなって、施設に入った人もいる。家で暮らしていれば、近所の人とあいさつしたり、私たちのように地元の人が自転車で訪問したりする。そういう暮らしや人間関係が失われた」
多賀城市社協が入る建物=2023年8月、宮城県多賀城市
▽「ヘルパーを募集しても、誰も来ない」
公的な性格を持つ社協が事業をやめると、採算面などで民間が受けたがらない利用者にサービスが行き届かなくなる恐れがある。民間事業者が町から撤退してしまい、「高齢者が路頭に迷ってしまう」と新たに訪問介護を始めたケースもある。北海道・新千歳空港近くにある安平町(あびらちょう)の社協だ。
担当者は「撤退した事業者のサービスを引き継ぐ形で2年前に始めた。経営は厳しいが、ニーズはまだけっこうある」と話す。
事業を続ける社協も苦しい。福島県田村市社協は2019年に三つの事業所を一つに統廃合。より高い介護報酬が得られるようサービスの見直しや加算金の取得を進めた結果、黒字転換に成功した。
全国社協の機関誌で好事例として取り上げられたほどだが、その後状況が一変。高齢になったヘルパーがここ1年余りで次々と辞め、収入減で再び赤字に。担当者は「新しいヘルパーを募集しても、誰も来ない」とため息をつく。
厚生労働省が入る合同庁舎=2021年3月、東京都千代田区
▽低賃金、国に訴訟を起こしたヘルパーも
ヘルパーのなり手確保に苦労しているのは社協だけではない。全国的に見てもヘルパーの約4人に1人は65歳以上。厚生労働省によると、2022年度時点の有効求人倍率は15・53倍で、深刻な人手不足にある。
2019年にはヘルパー3人が「移動や待機の時間を考慮しない低賃金が人手不足の原因で、政府に責任がある」として、国に賠償を求めて提訴。東京高裁で係争中だ。
厚労省は「移動などの時間も介護報酬に含まれている」との見解だが、見直しを求める声は自治体からも上がる。熊本県山都町など8自治体は中山間地での移動時間を適正に取り扱うよう、介護報酬の引き上げを厚労省に要望している。
来年度は介護報酬の改定年に当たる。厚労省は「必要な方策を検討する」として、訪問介護と通所介護(デイサービス)の両方を提供する複合型サービスを新たに設ける方向で検討している。ただ、これは主に都市部を念頭にした案。財源の制約が厳しい中、どこまで実効性のある対策を打ち出せるかは不透明だ。
東洋大の高野龍昭教授(本人提供)
▽一定エリアへの集住が必要になるかも
介護保険に詳しい東洋大の高野龍昭教授は「そもそも、訪問介護の報酬が低すぎるのが問題だ」とした上で、こう話す。
「社協は公益的な役割を担っている存在なので、『赤字だから』『利用者が減っているから』といった理由で事業をやめるのは好ましくない。希望者がいるのなら、サービス提供を続ける責務がある」
だが、過疎地域では一軒一軒の移動時間が長く、採算が厳しいため「そうした事業所には行政が補助金などを出すといった対応も考えるべきだ」と言う。「地域の介護・医療を持続させるためには今後、高齢者に一定エリアへの集住を促すような施策の検討も必要となるだろう」とも指摘した。
▽取材後記
政府は20年ほど前から「地域包括ケアシステム」と銘打って、重い要介護状態になっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを最期まで続けられるようにすることを目指してきた。訪問介護は本来、その要となるサービスのはずだが、ヘルパーは低い賃金に抑えられてきた。「地域包括ケア」を掲げながら、矛盾しているのではないだろうか。
根底には男性目線の「しょせん家政婦と同じで、誰でもできる」という軽視がある。だが、「生活を支える」という点では医療よりも重要な役割を果たしている。ヘルパーの在宅ケアを再評価し、専門性も高めていく取り組みが必要だと思う。
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