「異次元の少子化対策」は150年前に実施されていた その結末を見ると…財源不足もあって廃止
47NEWS / 2023年9月26日 10時30分
今から150年前、先進的な少子化対策を打ち出し、実行に踏み切った政治家が千葉県にいた。当時としてはあまりに〝異次元〟な発想。具体的には、一時的な出産手当や、子どもが3歳になるまでの育児手当を毎月支給するという内容だった。実行したのは県令(現在の県知事)。大都市への人口流出、働き手不足とそれに伴う経済の悪化を憂え、身銭も切った。
最終的には財源がネックになるなどして長くは続かなかったが、中身は現代の少子化対策にも通じる点がある。岸田文雄首相も「異次元の少子化対策」と高らかに宣言したものの、いまだに財源がはっきりしない。明治の千葉で何があったのか。学ぶべき「先例」と言えるかもしれない。(共同通信=吉川純代)
柴原和の肖像画=8月16日、千葉市中央区、千葉県庁
▽「口減らし」と「間引き」を防ぐ
千葉県文書館で企画展を担当し、史料をまとめた学芸員の児玉憲治さんによると、この政治家は初代千葉県令(現・千葉県知事)を務めた柴原和(1832―1905年)。
龍野藩(兵庫県たつの市)の下級武士の家に生まれ、尊王攘夷運動に参加した。明治政府では甲府県大参事(山梨県副知事)、岩鼻県大参事(群馬県副知事)を歴任し、1871年、木更津県のトップに就任した。
木更津県では当時、農村などで「口減らし」のために子どもを堕胎したり、出産直後の母親が赤ん坊を殺したりする〝間引き〟の風習が根付いていた。貧困層だけでなく、比較的裕福な家庭でも産児制限のために横行していたという。
子どもを間引きする母親と鬼の姿を重ねた絵馬(1847年)=千葉県柏市の弘誓院所蔵
さらに、江戸時代後期ごろからは、商業の発達により農村の人口が都市へ流出。農村の働き手不足が深刻になり、農地は荒廃していた。発展する都市部と比べ、地方では食料もカネも回らない悪循環に陥っていった。
県令の柴原は、間引きが残酷である上、人口減少の一因にもなっていると問題視。こうした悪習の根絶を「県治第一ノ急務」とし、人口を増やすことで地域の経済を発展させようと考えた。
千葉県文書館=8月7日、千葉市中央区
▽国も認可。ただし財源は県独自
柴原はこうした考えをまとめた「育児仕法」を1872年、まずは明治政府に提案し、資本金2万円の貸与を願い出た。「2万円」の貨幣価値がどの程度かは不明確だが、仮に当時の1円が現在の10万円とすると、20億円相当ということになる。
その内容は、「妊婦検察ノ規程を設ケ」(妊婦を管理する規定をつくる)と「官ヨリ育子資本トシテ金若干ヲ下付シ」(公的なお金を支給する)というものだった。その後の経緯は不明だが、最終的に明治政府は、「貸与」など金銭を伴わない形で育児仕法を認可した。このため、財源は県独自で集めることになった。
その後の検討の結果、財源は民間からの出資金(約81%)、県の上納金を原資とした政府拝借金(約15%)、県職員からの寄付金(約3%)―が原資となり、自分も120円を寄付。具体的な施策の内容を「妊娠届や出産届などの提出を義務化し、各地の有力者を『育児取締』に任命して取りまとめをさせる」「貧困家庭には出産手当50銭と育児手当『救育金』を月に25銭給付する」―とし、1873年からの5年計画でスタートした。
育児仕法の資金を管理した「育子資本出金帳」(1873年)=千葉県文書館所蔵
▽千葉県全体に広がらず、7年で廃止
ちょうどこの年、木更津県と隣の印旛県が合併し、千葉県が誕生した。引き続き千葉県令となった柴原は、始まったばかりの施策を千葉県全体に浸透させようと奔走を続けた。
ところが、旧印旛県では結局、大半の地域で見送りになった。理由は不明だが、育児資金が思うように集まらなかった可能性がある。
その後、5年計画の終了に伴い1878年に育児仕法は見直され、民間出資金の6割を返金し、残りの4割でほそぼそと継続することになった。2年後の1880年に柴原が県令を退くと、翌年、育児仕法は廃止された。
育児仕法が長続きしなかったのはなぜか。県文書館の児玉さんは残された史料から、まず次の4点に注目した。
①育児資本金が6割しか集まっていない
②旧印旛県域の大半で育児仕法が実施されなかった
③5年計画終了後に出資金の6割の返還を県に要求している
④育児仕法に対する不満を表した新聞記事がいくつか見られる
その上で、理由をこう読み解いた。「育児仕法に対する出資者の熱意は、一部の者を除いて最初から高くはなかった。さまざまな近代化政策にお金がかかるなかで、出資した上中層農民らの間に不満はうずまいていた。育児仕法が実際に始まり、停滞していくにつれてその不満も高まっていき、ついに廃止されたのではないか」
企画展を担当した児玉憲治さん=8月9日、千葉市中央区、千葉県文書館
▽出生数自体は増加
一方で、育児仕法の効果自体はあったようだ。施行後に木更津県の出生数が増加した記録があり、柴原は育児仕法の継続に異を唱える県幹部に対し、「人口増に寄与した」と主張している。
柴原の取り組みについて、児玉さんは功罪含めて学ぶべき点があると指摘する。
「子育て支援政策で地方創生を図るという考えは現代に通じる。現在は、人口は倍増したが出生率は右肩下がり。柴原の方針を一助に子育ての課題を振り返り、安心して出産育児できる社会になるといい」
京都大の柴田悠教授=本人提供
▽柴原の子育て政策が残した教訓
明治時代に千葉県で実施された子育て支援。専門家はこう見る。
子ども政策の効果を研究する京都大の柴田悠教授は「児童福祉と経済発展を両立させようとした先見性に驚いた」と話す。
一方で長続きしなかったことをこう読み解いた。「堕胎、間引きといった当時の風習を否定するような取り組みであり、価値観や現状認識が違う県民に、なぜ政策が必要なのか理解が十分に浸透していないと反発は大きくなる。理解が伴わないと制度が成り立たないという教訓だ。民主主義であれば政策に反発する県民が選挙で知事を交代させるという方法がありうるが、当時は関係者の多くが協力しないという形で制度が成り立たなくなった」
東京大の山口慎太郎教授=8月24日、東京都文京区、東京大学
東京大の山口慎太郎教授(家族の経済学)は、子育て支援の特徴をまず指摘した。
「長期的には社会全体にとって利益があることだが、すぐに効果が目に見えて出るものではない。岸田首相が提唱する〝異次元の少子化対策〟も何十年も続くという信頼がないと、政策の箱として用意されていても誰もあてにしない状態になる」
山口教授自身は、長男をカナダで育てた。カナダの雰囲気は「小さい子は町全体から祝福されているのかと思うくらいに周りが親切だった」。その経験から、地域の「気風」が重要だと説く。「大切なのはお金よりも子育てを応援しようという地域の気風。全体で子育てをしようという雰囲気が醸成されることが少子化対策につながる」
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