「発行されなかった卒業証書展」命絶たれたウクライナ学生36人の記録、主催者は「生きた証しを伝えるため」戦う 思いも寄らぬ結末、犠牲者の中には主催者の知人も…
47NEWS / 2023年9月28日 10時30分
ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、二度目の夏が来た。いま世界中で、ある企画展が随時開かれている。その名も「発行されなかった卒業証書展」。侵攻により、学業や人生の道半ばで生命を絶たれた17~26歳の学生36人の人となり、将来の夢、生活、趣味、そして最期の様子を、生前の写真とともに「卒業証書」の形で紹介している。36人の生きた証しを発信したのは、世界中に散らばったウクライナの学生有志で、日本でも開催された。日本開催で中心的な役割を担ったウクライナ人留学生の夫婦に、経緯と現在の心境を聞いた。(共同通信=力丸将之)
神戸市で展示会を開催した際のマリヤ・ボンダレンコさん(右から2番目)とマクシム・ペトレンコさん(右から3番目)
▽36人の笑顔、その生と死
日本での卒業証書展はウクライナ侵攻が始まって1年の今年2月に始まり、東京、神戸、大阪の順で開催された。現在までに日本を含む26カ国以上の45を超える世界の大学などで開かれた。公式ホームページ上でも「卒業証書」を公開している。
その中の一人、19歳で亡くなったイヴァンナ・オボジンスカさんは次のように紹介されている。「イヴァンナは双子の母親でした。彼女は子育てのかたわら、教育を受けていました。卒業してから、景観デザイナーとして働こうと希望を抱いていました」。彼女は絵を描くのが好きで、パンを焼くことが得意だった。だが2022年3月8日、自宅が爆撃され、二人の子とともに命を落とした。
19歳で亡くなったイヴァンナ・オボジンスカさんの卒業証書と写真(「発行されなかった卒業証書展」のホームページより)
36人中17人は開戦後に入隊し、戦死した。モノクロ写真の中の36人はみな、笑顔で前を向き、その年代の若者らしい顔つきをしている。
日本では太平洋戦争中の1943年、戦局の悪化により、それまで徴兵が免除されていた大学生の出陣が決まった。「学徒出陣」により、未来ある多くの若者が戦地に散った。今年は学徒出陣から80年になる。日本とウクライナとでは状況が異なるかもしれないが、いつの時代も前途ある若者が戦争の犠牲になる現実を突きつけられる。
5~6月に卒業証書展が開催された神戸学院大有瀬キャンパス(神戸市西区)では、特別講演があり、主催者のウクライナ人学生2人が日本の学生に訴えた。「犠牲になった学生のことを伝え続ける。これが私たちの戦いです」。武器を手に取り、最前線で戦うことだけが戦争ではない。祖国から約9千キロ離れた極東の地でも、形を変えた戦いはあるのだ。
ウクライナ侵攻について学生に講演するマリヤ・ボンダレンコさん(左)とマクシム・ペトレンコさん(右)=5月31日、神戸市西区
8月の大阪府立中央図書館(大阪府東大阪市)での展示を訪れた東大阪市の高校3年藤井遥加さん(17)。大学で国際関係論を学ぶために受験勉強していた図書館で「卒業証書」を見た。「将来の夢や未来、才能があったはずなのに、全て侵略で奪われたのは惜しい。命は無駄にできない」と悼んだ。
ここで疑問が湧いた。同年代の心に訴えかける展示会。誰がウクライナの戦没学生の生きた証しを伝えようと思いつき、どのように情報を収集したのだろうか?
▽きっかけはリビウ市役所の「卒業証書展」
神戸、大阪での卒業証書展開催に尽力した二人の学生に話を聞いてみた。キーウ・モヒーラー・アカデミー国立大学の学生マリヤ・ボンダレンコさん(21)と、マクシム・ペトレンコさん(21)。二人は昨年結婚し、ロシアの侵攻開始後にウクライナを離れ、現在は神戸市に住み、日本語学校に通う。
開戦前、ウクライナ国民の間でも「プーチン(大統領)は侵略しないだろう」という意見も珍しくなかったという。その証拠に、二人は2022年2月末から黒海をはさんだ近隣の国・ジョージアで休暇を過ごそうとしていた。
だが2022年2月24日早朝に鳴り響いた爆撃音が、バカンスの計画を打ち砕き、二人の運命をも変えた。「侵略が本当に起きていることだと分かったとき、大変な気持ちになった」とマリヤさんは振り返る。大学で日本について専攻していた二人は、2022年5~7月にかけて神戸市へ避難した。
マリヤさんによると、卒業証書展は、カナダの大学へ留学したウクライナ人学生のチームが中心になって始まった。
きっかけはウクライナ本国で開催された展示だった。国際青少年デーにあたる2022年8月12日にウクライナ西部の都市リビウの市役所で、亡くなった学生たち40人の卒業証書を展示する企画が行われたのだ。ただ、この展示会では名前が記された卒業証書が展示されているだけで、彼らの歩んだ人生について紹介はなかった。
ウクライナ西部の都市リビウで展示された「発行されなかった卒業証書展」=2022年8月(提供写真)
カナダにいたウクライナ人学生がこの展示会を思い出し、企画したのが「発行されなかった卒業証書展」だ。プロジェクトは2022年12月に始まり、犠牲になった学生に関する情報の提供をSNSで呼びかける投稿をした。また、戦没者の情報を記録・収集するウクライナの機関「メモリアル」に問い合わせ、リビウの展示会とは異なる計36人分のプロフィルや写真を収集することができた。
マリヤさんとマクシムさんは「日本でも開催したい」と、友人に伝えてチームに加わった。二人が神戸開催を思い立ったのは今年の2月10日ごろだ。侵攻から1年の2月24日まで残された時間はわずかに2週間。マリヤさんが神戸市外国語大学の知り合いに連絡し、大学教員の手助けで、神戸市内の大学関連施設を予約できた。
ウクライナの友人も巻き込み、36人のプロフィルを日本語に翻訳。日本人の知人に文法を監修してもらい、自然な日本語表現を心がけた。日本語版ホームページの作成、チラシのデザインなどをこなし、当初は厳しいと思われた2月24日開催にこぎ着けた。
ウクライナ西部の都市リビウで展示された「発行されなかった卒業証書展」=2022年8月(提供写真)
▽思いも寄らぬ結末、卒業証書を手渡されたとき母は…
志を胸に、神戸開催を実現した二人にも心境の変化があった。そして、ある一人の青年の卒業証書を巡り、思いもよらない結末が待っていた。
マクシムさんは「日本人はウクライナの話や歴史を通して、ウクライナ人がどうして勝利しか見ていないのか理解してほしい」と訴える。
マリヤさんは熱く語る。「活動し始めたときは、ただ開催することを考えていた。自分が(亡くなった)学生のことを考えたら、悲しくなって活動を続けられなくなったかもしれないから。開催の日まで学生の悲しい話から離れようとしていた。でも何回も学生のプロフィルを読んで、考えた。不公平だと思った。生きるべきだった人の笑顔を見て、この人の人生が終わったことを知ったとき、不公平な気持ちになった。私の希望は、ウクライナの勝利が近づいて、公平を達成すること」
マリヤさんはなぜ、ここまで熱く語るのか。
実は、36人の中にマリヤさんの大学の同級生も含まれていたのだ。グリブ・イワノフさん=当時(21)=。入学したときからの知り合いで特に親しかったわけではないが「明るく、笑顔だった」ことを覚えている。
「発行されなかった卒業証書展」で、ウクライナ侵攻により亡くなった大学の同級生について語るマリヤ・ボンダレンコさん=8月18日、大阪府東大阪市
グリブさんは侵攻2日目、父とともに軍へ入隊。バフムートでの戦闘で命を落とした。今年6月、マリヤさんは一時帰国し、大学の卒業式に出た。そこにグリブさんの姿はなかったが、代わりに出席した両親が卒業証書を受け取った。母はスピーチで「息子の死を無駄にさせないように、生きてください」と語った。
卒業証書展の話題は報道でも取り上げられ、ニュース映像が動画投稿サイト上でも再生されている。視聴者のコメントはほとんどが好意的だ。その一方で、マリヤさんは次のような内容のコメントに胸を痛めたという。
ウクライナに一時帰国し、大学の卒業式に出席したマリヤ・ボンダレンコさん=6月(提供写真)
「ロシアの学生も亡くなっている。どうしてロシアの学生について話さないのか」
マリヤさんは嘆く。「これは大きな誤解だ。ウクライナの学生は、侵略から自分の国を守るために亡くなった。これを聞けば、(ロシアの戦没学生に対し)ウクライナと同じ感情は感じられないと思う。ロシアの街は砲撃されていない。ロシア人は日常の生活を続けている。被害者と侵略者を分けて考えてほしい」
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