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尾身氏「コロナ対策には唯一絶対の正解がない」100本以上の提言の裏にあった葛藤 専門家として政府に助言してきた3年半を振り返った本が出版 印税は全て結核対策に

47NEWS / 2023年9月28日 11時0分

インタビューに応じる尾身茂氏=9月19日、東京都千代田区

 政府に新型コロナウイルス感染症の対策を助言してきた尾身茂氏が専門家のリーダー役を8月末に退いた。緊急事態宣言、東京オリンピック・パラリンピックの無観客開催、5類移行―。およそ3年の節目にさまざまな分野のスペシャリストらと一緒に政府や国民に向けて出してきた提言は100本以上。その裏にはそれぞれ葛藤があり、提言を〝作品〟と呼ぶほど強い思い入れがある。「コロナ対策には唯一絶対の正解がない。われわれは完璧だとは思っていない。本当に提言が適切だったかどうかは検証してもらいたい」と尾身氏。これまでのコロナとの闘いを記録した本を出版する。印税は全て感染症の結核対策に使う予定だ。(共同通信=鈴木優生、村川実由紀)

 ▽「一番大変な思い出」東京オリンピック前の提言

 2020年2月24日に専門家会議のメンバーとして最初の提言を出した尾身氏は「この1~2週間ぐらいが感染拡大、抑制できるのかの瀬戸際です」と記者会見で述べた。その後、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会長を務め、専門家有志の意見を提言として取りまとめてきた。時には政府の見解と異なる提言もあった。特に注目されたのは2021年夏の東京オリンピック・パラリンピック開催前に出した「無観客開催が最も感染拡大リスクが低く、望ましい」という内容の提言だろう。尾身氏も「一番大変な思い出」と振り返る。3、4日ほとんど徹夜をして書き上げたが、政府側と一致しない見解を出すには相当の覚悟が必要で最も労力を使った。夏休みやお盆と重なり感染者が増える時期。「オリンピックの開催時に医療逼迫など大変な状況になるのは分かっていた。政府が煙たがるからという理由だけで何も言わないのでは責任が果たせるのか、歴史の審判に耐えられるのかという思いがあった」


記者会見する尾身茂氏=9月14日、東京・内幸町の日本記者クラブ

 医療崩壊を防ぐため、緊急事態宣言などの強い行動制限も助言した。ただその一方で、飲食業や宿泊業に影響し、国内総生産(GDP)の低迷や失業率の上昇などさまざまなことが起きた。この点について尾身氏は「感染を抑えようとすると社会経済への影響が確かにあった。なるべく影響を抑えようと、かなり早い段階で軌道修正の議論を始めていた」と語る。社会経済への影響を最小限にして対策の効果を最大限に出すことは当初から目指していたとし、その結果、日本のコロナによる死亡者数は経済協力開発機構(OECD)の加盟国の中では比較的低く抑えられ、分科会メンバーの経済学者からは、GDPへの影響は他の加盟国並みだったと聞いているという。


記者会見する尾身茂氏(中央)。左は東京大教授の武藤香織氏、右は川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長=9月14日、東京・内幸町の日本記者クラブ

 ▽膨大な時間を費やした自主的な「勉強会」

 提言に関する議論は、毎週日曜日や平日の夜に開かれた感染症、公衆衛生、疫学、ウイルス学、社会学などの専門家たちの自主的な「勉強会」で繰り広げられた。「未知のウイルスで誰1人全体像は知らない。専門領域、価値観に基づいてそれぞれの意見をざっくばらんに話してもらうしかなく、膨大な時間を費やした。日曜日はほぼ6時間以上」。率直な議論の中では意見の相違も生まれたが、尾身氏は「むしろそれを歓迎した」と語る。「唯一の正解がない中で幅を持った合理性のためにはメンバーそれぞれから良いところをピックアップするような議論が不可欠だ」。危機は目の前にあり、社会的な実証実験をするわけにはいかない。コロナに関する十分な研究結果が揃っているわけでもない。それでもできる限り根拠がある提言を出すよう工夫してきたと強調する。


岸田首相との面会後、記者団の取材に応じる尾身茂氏=8月29日、首相官邸

 世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局長を務めた尾身氏。ポリオの根絶、2003年ごろの重症急性呼吸器症候群(SARS)の制圧に関わった。帰国後も2009年ごろの新型インフルエンザ対策に日本政府に助言する立場で関わった。国内外で長年感染症対応に携わった尾身氏でもコロナの対策は大変だったと感じている。無症状の人からも広がり、ウイルスが変異しワクチンによって獲得した免疫から逃れようとする。コロナを「したたかさがある」と評価する。
 100本以上の提言の裏で専門家たちが直面した困難や抱えた悩みを9月25日発売の書籍「1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録」にまとめた。「みんなが苦労をして今でも流行は続いている。この危機に関わったものたちとして、どんな提言をいかなる根拠で出したか、どんな困難に直面したかを記録に残すことがわれわれの最後の役割だ」

 ▽「われわれは完璧だと思ってない」

 「新型コロナ対策は唯一絶対の正解がない。限られたデータで科学的に合理性があり、人々が納得する提言書を考えるのはそう簡単ではなかった」と振り返る。尾身氏ら専門家有志がやってきたことについて「本当に適切かどうか検証してもらいたい。われわれは完璧だと思ってない」と明かす。「その時々になるべく最善のことをしたという思いはある。しかし、客観的に見ればそれが本当にその時点で適切かどうかはわからない」。それが今回、自己検証をしつつ、活動の記録を残した一つの理由だと説明する。また提言に関わった他の専門家たちがどんな思いで提言を出したか知ってほしいとの思いも執筆を後押しした。


9月25日発売の「1100日間の葛藤 新型コロナ・パンデミック、専門家たちの記録」

 この本が次のパンデミックが起きた際に良いところも悪いところも含めて参考になればうれしいと話している。本の印税は自らが関わる公益財団法人結核予防会の感染症対策に全て使う予定だ。

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