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「少年院に入って良かった」最後の入所者が語った言葉の意味とは サイクリングに盆踊り…「開放的処遇」の松山学園、70年の歴史に幕

47NEWS / 2023年10月7日 10時30分

インタビューに答える少年=7月、松山学園

 8月初旬、松山市にある少年院「松山学園」に入所する少年が仮退院を迎えた。見送りに集まった教官を前に、社会復帰に向けた決意をこう語った。「自分の身勝手な行動が原因で失った信頼を取り戻すことは簡単ではなく、時間のかかることだと思います。それでも諦めることなく、少しずつでも努力していきたいです」
 松山学園は来年3月末で収容業務を停止し、廃止する。今後、入所者を受け入れる予定はなく、この少年が最後の1人となる。
 学園は矯正教育課程に施設外の活動を積極的に取り入れる、開放的な処遇が特徴だ。社会生活に近い環境を確保し、地域住民との交流を取り入れることで、気付きや内面の変化を促してきた。設置から今年で70年。最後の入所者となった少年が仮退院するまでの日々に密着すると、立ち直りに期待する周囲の「熱い」支援が見えてきた。(共同通信=熊木ひと美、山口裕太郎、広川隆秀)

 【おことわり】
 年齢や非行内容をはじめ、松山学園は少年の特定につながる情報は公表していません。プライバシー保護の観点から一部の画像は加工しています


しまなみ海道サイクリングに出かける少年(右から2人目)と教官ら=7月、愛媛県今治市

 ▽サイクリングで出た「本音」
 快晴に恵まれた7月中旬のある日。少年の姿は瀬戸内海の島々を結ぶしまなみ海道にあった。付き添ったのは所属する寮の主任、山本訓央教官ら3人。タイヤの細いクロスバイクにまたがった一行は眼前に広がる海原を望み、すれ違うサイクリストらと「こんにちは」とあいさつを交わしながらペダルをこぎ進めた。
 社会貢献活動として、道中では公園の清掃活動にも取り組んだ。「こっちにも吸い殻が落ちているぞ」。山本教官に声をかけられると、少年は元気よく「はい!」と返す。首にかけたタオルで額の汗を拭いながら約1時間、黙々とごみを拾った。


しまなみ海道サイクリングの道中、公園の清掃活動を行う少年(右)=7月、愛媛県今治市

 目的地である愛媛県今治市の伯方島に到着すると、待ちに待った昼食の時間だ。皆で弁当を囲み、会話も弾む。サイクリングの感想を聞かれると、少年が言った。
 「めちゃくちゃ気持ちいいです。でもごみ拾いの時はいらいらしました。『何でこんなに捨てるんだよ』って」
 山本教官は目を細めて言葉を返す。「おお、いらいらしたか。感情を表現できたのは成長だ。嫌なことは嫌だと言わないと、また犯罪に巻き込まれてしまうぞ」
 一行は再びクロスバイクにまたがり、来た道を戻った。「頑張れ、あと少し!」。少年は教官らの声に鼓舞され、大粒の汗を流しながら、往復約25キロをこぎ切った。
 山本教官は、少年の成長をこのように語る。「学園に来た当初は表情が硬く、自分の意見を言えなかった。でも今は少しずつ、自分の問題性について考えて、意見を言えるようになってきました」


昼食の弁当を食べる、少年と教官ら=7月、愛媛県今治市

 ▽まるで全寮制の学校
 少年が仮退院を控えた7月下旬。松山学園の施設内を取材する機会を得た。
 県道脇の小道に入ると、白い外壁に囲まれた2階建ての建物が2棟見える。向かって左側が松山学園で、四国地方で少年院送致となった14歳から20歳未満の少年を収容する。隣にあるのは松山少年鑑別所だ。
 施設に入って受け付けを済ませると、次長の立石健一郎教官が出迎えてくれた。学園内には携帯電話やパソコンなどの機器は持ち込めないため、備え付けのロッカーに預ける。立石教官の後に続いて二重扉を抜けると、青々とした中庭が広がった。
 続いて立石教官に案内されたのは、少年が暮らす寮だ。「ここで生活しています」。食事や余暇の時間を過ごすホールに、ベッドと勉強机が備え付けられた部屋もある。それぞれのドアには鍵が付いていない。ホールにはテレビや洗濯機、洗面所があり、棚には本も並べられている。まるで全寮制の学校といった雰囲気だ。


少年が食事や余暇の時間を過ごすホール=7月、松山学園

 ▽野菜の寄付、遊具の塗装まで
 松山学園は1953年に開所した。主に窃盗や傷害、違法薬物の使用といった比較的軽い非行で少年院送致となった少年の矯正教育と社会復帰支援を担ってきた。
 立石教官は説明する。「基本的な生活指導に加え、施設外での活動も積極的に取り入れているのが特徴です」。更生への意欲を大切にしながら、効果的な矯正教育をする狙いだ。
 施設の中に閉じ込めないことで閉塞感が和らぎ、少年の自主性や積極性の向上にも期待できるという。
 松山学園では1965年から、道路交通法違反で検挙された少年を対象に、短期間で集中的に矯正教育を行うようになった。開放的な処遇を取り入れたのもその頃だ。サイクリングの他に、少年が近隣の公園で遊具の塗装をしたり、学園で収穫した野菜を動物園に手渡しで寄付したりもする。
 少年が保護者らとの面会で、本心から向き合えるような配慮もしている。時間は通常30分だが、場合により1~2時間に延長する。教官が立ち会う時間を最低限にすることもある。


毎年恒例の盆踊りに参加する少年(中央の白い浴衣姿)=7月、松山学園

 ▽「立ち直りに期待している」
 7月下旬、毎年恒例の盆踊りが開かれた。少年はこの日のため、外部講師から踊りの指導を受けた。当日は朝から、松山学園内の中庭でやぐらやちょうちんを設置した。
 盆踊りには地域住民ら招待された約30人が参加した。白い浴衣を着た少年に声がかかる。「笑顔、笑顔!」「ナイス!」。約1時間、笑顔で踊りきった。
 会の締めくくりに、少年は参加者を前にあいさつした。「社会での生活は不安もありますが、今回の経験を踏まえ、支えてくれる人に報いることができるよう頑張ります」。大きな拍手が起きた。
 松山学園に約20年勤務する首席専門官の大森正義教官は、少年への思いを語る。「地域の人々との交流を通じ、教官以外にも多くの人が君の立ち直りに期待しているんだぞ、ということを分かってもらえたのではないか。社会復帰した後も1人ではないのだと感じてもらえたら」
 踊りを指導した外部講師の坂本恵子さんも少年の成長ぶりに目を細めた。「練習の成果を発揮してくれて立派だった」


退所日を迎え、教官にあいさつする少年=8月、松山学園

 ▽「少年院は入って良かった」
 8月初旬、少年は約4カ月半の教育課程を修了し、退所の日を迎えた。
 「長い間、本当にありがとうございました。ここで学んだことを生かして、社会でも頑張りたいと思います」。少年が頭を下げると、集まった教官ら約20人が口々に「頑張れよ!」と声をかける。松山学園では、退所する少年を教官全員で送り出すのが恒例だ。
 少年は拍手に背中を押されるようにして、迎えに来た家族の待つ車に乗り込んだ。
 退所する直前には話を聞く機会があった。非行内容を尋ねると「答えたくないです。すみません」。うつむきながら申し訳なさそうに答えた。
 では、少年院に入ると決まった時の心境はどうだったのか。「最初はすごくがっくりしました。だけど今は、入って良かったと思っています。気付けたことがたくさんあります。入っていなかったら今までと同じように、その場の楽しさだけで自分勝手な行動を続けていたかもしれない」
 詳しく聞くと、かつては大人に対する不信感があったという。「きれいごとばかりを並べていた」ためだ。小中学校での様子を記者が質問すると、言葉を詰まらせた。それでも両親が面会に来たり、手紙を送ったりしてくれた他、正面から自分と向き合ってくれる教官と日々向き合ううちに、感謝の気持ちが芽生えたという。サイクリングも盆踊りも、学園での普段の生活も、周りの支えのおかげで楽しい思い出、成長の機会になったと振り返った。
 少年には夢がある。入所前に就いていた建築関係の仕事を再開し、ゆくゆくは経営者になることだ。少年は目標に向けた決意をこう語った。「その場の勢いだけで行動するのではなく、後先考えて行動することが重要になる。思い描いた生活を送れるか不安はあるが、計画性と責任感を持って、感謝の気持ちを忘れずに頑張ります」


昼食を終え、2人で話をする少年(左)と教官=7月、愛媛県今治市

 ▽「支援を手厚く」
 少年の更生を目的として設置されている少年院は、入所者数の減少を背景に全国的に廃止傾向にある。法務省によると、2017年度末時点で52あった施設は毎年減り、2023年度は44で、2024年度は43になる予定だ。今年5月末時点で入所者が10人以下の少年院は沖縄女子学園(沖縄県糸満市)など6施設に上る。
 入所者数の減少は何が要因か。少年院の減少は更生にどのような影響を及ぼすのか。少年法に詳しい熊本大法学部の岡田行雄教授に聞いた。 
 ―少年院が廃止となる背景には何があるのでしょうか。
 「人口に占める少年の比率が減ったことで、非行少年も減ったということが挙げられます。その他に、付添人の活動が活発になってきたことがあります。付添人とは非行少年の立ち直りを支援する人のことです。少年審判の時は、20歳以上の人の刑事事件で弁護人が果たす役割と同様、審判を受ける少年の権利を守る活動をします。その付添人の活動が活発になることで、保護観察などといった少年院送致以外の処分を受ける非行少年が増えたと考えています」
 ―廃止になる少年院には特徴があるのでしょうか。 
 「短い期間で退所できる短期処遇という点が挙げられます。付添人活動が活発になると、比較的軽い非行で短期処遇として少年院送致になっていた少年が、保護観察など少年院に行かない処分を受けるようになります。例えば2022年度に廃止となったのは市原学園(千葉県市原市)と佐世保学園(長崎県佐世保市)。いずれも短い期間で仮退院できます。新たに廃止となる松山学園も同様です」
 ―少年院が減ることで、更生に影響はないのでしょうか。 
 「入所施設が遠方になり、保護者や、少年を受け入れてくれる就職先との面会の機会が減りかねません。面会は社会との接点を持つ時間であり、少年の更生に重要な役割を果たします。また面会は少年に対し、気にかけてくれる大人がいるということを示す側面もあります。面会に来てくれる人がいない少年は、面会に来てくれる人がいる他の少年と比べてより惨めな思いをしてしまいます。少年はそういったことにとても敏感です」 
 ―少年院に入所して良かった、という少年もいます。
 「非行少年の中には、発達障害や知的障害の診断を受けるボーダー上にいる人も少なくありません。そういった少年は支援を受けてこなかったため、少年院はセーフティーネットであるとも言えます。少年院を減らすなら、残った施設に人員や予算を割いて、支援を手厚くするべきです」

 【取材を終えて】
 少年院の取材には少なからず制約があった。保安上の観点から、写真に映せない場所があった。また、少年のプライバシー保護の観点から、名前はもちろん、どのような経緯で入所するに至ったのかについても記事にはできない。そうした中でも松山学園の理解と協力で、可能な限り少年の日々の生活に迫ることができたと思う。
 取材を通し、少年の更生に期待し、寄り添う大人がいると知った。少年院には虐待やいじめなど、つらい経験をした人も多くいる。
 松山学園の盆踊り大会では、往年のヒット曲「ビューティフル・サンデー」が流れた。その中の一節に「きっと誰かが僕を待っている」という歌詞がある。少年らは所定の矯正教育を終えれば、社会に戻る。彼らが社会に戻るとき、温かく受け入れる社会であってほしい。そのためにはまず、少年らが非行に走った背景や、立ち直ろうと奮闘する姿を知ることが大切ではないだろうか。

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