中国の素人サッカー集団「村超」、14億人を魅了する一大ムーブメントに 村人のバスケ「村BA」も大人気、指導部の政策に反発し「楽しさ」追求
47NEWS / 2023年10月10日 10時0分
ゴールネットを揺らす決定的瞬間を迎えた。「ここだ」とサッカーボールに狙いを定め大きく振り切った右脚は空を切り、選手は尻もちをついた。数万人の観客からブーイングの嵐が巻き起こると思ったが、逆に「加油(頑張れ)!」「次がある」と応援の熱量が一段階上がった。ワールドカップ(W杯)でも、イングランドのプレミアリーグでもない。中国南部・貴州省の農村部で、毎週末に開かれる素人集団によるサッカーリーグ「村超」の試合だ。
遠方からファンが押し寄せ、インターネットで中継されるなど、一大ムーブメントとなった。しかし選手のレベルはお世辞にも高いとは言えない。優勝チームや優秀選手の賞品も地元の牛や鶏と、目新しさはない。何が人口約14億人のハートをつかんだのか。私は答えを見つけるため、村超の現場に向かった。(共同通信中国総局 杉田正史)
▽入場までに1時間かかる人だかり
7月末の決勝戦を取材するため、ミャオ族やトン族など複数の少数民族の村が集まる貴州省榕江県に急いだ。全国各地から数万人のファンが集まる試合会場は豪華絢爛とは対極的な地元住民らが趣味で使っている運動場だった。「詰めかけた大勢の観客を収容できるのだろうか」と不思議に思うほどだ。
道路の両脇に羊肉の串焼きや特産品のスイカ、冷たい麺などの屋台がずらりと並ぶ。日本の夏祭りさながらの雰囲気を楽しみながら進むと、会場から300メートル付近で人の流れが緩慢になった。「入場制限をしています」と、地元政府の案内役の女性が説明してくれた。
人口30万人に満たない貴州省榕江県の規模に対して、村超の人気が予想外に広がり、警備員の確保や交通整理が追いついていないようだ。でも「みんな、手作り感を含めて村超を理解している」ため、もめ事などは起きていないと女性は続ける。
壊れた柵の隙間からどうにか入場を試みる男性、警備担当者に懇願する息子連れの父親。みんな必死だ。
ごった返す人の波をかき分けて、会場に入った時には1時間ほど経過していた。
「村超」の試合会場の入り口に殺到する人たち=7月、中国貴州省榕江県(撮影・武隈周防、共同)
▽選手と観客は目と鼻の先
ピッチを見渡す。選手と観客との距離に驚いた。まさに目と鼻の先だ。スローイングやコーナーキックの際、背後に観客がおり、選手は十分な助走ができない。双方がぶつかることもあれば、飲料水が入ったペットボトルを受け渡すこともある。ピッチ周辺では民族衣装を着たグループが打楽器を鳴らしながら行進したり、地元特有の藍染めのシャツを販売したりしていた。私も周囲の興奮した雰囲気にのまれ、「貴州村超」と書かれたシャツ3枚を1万円ほどで購入した。
「プレッシャーがあるだろうが、大丈夫だ」。ナレーターの大きな声が耳に飛び込んできた。村超では敵も味方もない。ゴールを決めれば「すごい」、転んでチャンスを逃しても「問題ない、次につなげよう」との声援が会場に響く。中国のプロサッカーは国や民族を背負い、「国威発揚」の緊張感が漂う。村超はそれとは正反対の世界だった。
中国農村部のサッカーリーグ「村超」の試合=7月、貴州省榕江県(撮影・武隈周防、共同)
千キロ離れた江西省から子連れで来た肖揚さん(38)は「最も重要なのはみんながサッカーを楽しむことだ。私の子どもはサッカーを練習しているがプロになってほしいとは思わない。大事なのは上達する過程で楽しさを学ぶこと」と話す。
決勝戦が終わり、ピッチでは優秀選手らにガチョウ、ニワトリが生きたまま授与された。各民族が一緒に同じ曲を歌い、ダンスを披露。花火が夜空を彩って今シーズンの幕が下りた。プイ族の龍錦さん(21)は「村超や地元の民族の風習が観光客を引きつけている。外国人にも興味を持ってほしい」と笑った。
「村BA」の上位チームに贈呈されたヤギの丸焼き=7月、中国貴州省台江県(撮影・武隈周防、共同)
▽大雨の中、転びながらのバスケ
中国でサッカーは最も人気のある球技の一つで、習近平指導部は2015年に国を挙げてサッカーの底上げを図る方針を決めた。サッカー好きの習氏の意向とされ、競技人口の拡大やサッカー場の増設などが進められた。
しかし中国の代表チームは成績不振が続き、ここ数年は男子代表の監督経験者やサッカー協会の会長らが規律違反などの疑いで相次ぎ当局に摘発された。業界のカネの問題を巡る腐敗体質が問題視されている。
さらに新型コロナウイルスの流行で人気がある外国人選手が定着せず、中国人のサッカーファンは日本サッカーを絶賛するなどして、自国サッカーへの失望や怒りを表現してきた。
大雨の中で決行された「村BA」の試合=7月、中国貴州省台江県(撮影・武隈周防、共同)
サッカーだけでなく、村超が開催される貴州省では「村BA」と呼ばれる村人によるバスケットボールのリーグも開催されており、中国では大人気となっている。村BAの選手は普段、会社員や学校の先生などメインの仕事を持ちつつ、趣味の延長でバスケの腕を磨いている。
村超の決勝戦の後に村BAの取材も決行した。会場は体育館ではなく、屋外だ。大雨の影響で試合中止を覚悟していたが、まったくその気配はない。コートに水たまりができて、ボールが弾まずドリブルができない。選手がすってんころりんと滑る。試合が成立していない時間帯もあったが、観客は帰ることなく、村超と同様に選手を懸命に応援していた。
雨の中、大勢の観客が訪れて行われた「村BA」の試合=7月、中国貴州省台江県(撮影・武隈周防、共同)
▽勝利は二の次、エンジョイ重視
中国政府は地域スポーツの経済効果に注目し始めた。村超や村バスケを念頭に置いた発展計画を発表するなど、草の根スポーツへの介入を強めている。
村超のリーグ戦が行われた今年5~7月、貴州省榕江県の旅行客は延べ338万人を超え、観光収入は約38億元(約765億円)に上った。
中国社会では政治や経済、文化にまで競争と緊張がまん延する。一方、村超や村BAでは勝利は二の次で、純粋に「楽しむ」ことに重きを置く。私は、こうしたスポーツ観戦を通じて国民の多くがストレス発散や安らぎを求めているように感じた。
経済効果ばかりを追い始めれば、プロスポーツの二の舞になるのではないか。余計なおせっかいと分かりつつも、頭をよぎった。
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