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「4年で40%賃上げを」アメリカの自動車ストライキで労働者が立ち上がる理由 隣の彼女の時給は半額…バイデン、トランプ両氏も現地入り【2023アメリカは今】

47NEWS / 2023年10月15日 11時0分

フォード・モーター前のストの様子=デトロイト近郊、9月26日(共同)

 アメリカ経済を支えてきた大手自動車3社「ビッグスリー」で、大規模ストライキが長期化している。異常な物価高騰もさることながら、全米自動車労働組合(UAW)の要求は「4年で40%の賃上げ」という激しさだ。労働者たちは何に怒り、何を訴えているのか。自動車産業の拠点、ミシガン州デトロイト近郊のスト現場を9月下旬に訪れ、話を聞いた。(共同通信ワシントン支局 金友久美子)

 ▽自動車労組の新たな戦略「スタンド・アップ・ストライキ」
 デトロイトの中心部から車で約30分。肌寒さを感じ始めた9月26日朝、フォード・モーターの工場前を訪れた。ストが始まって既に12日目。300人ほどの従業員らが「ON STRIKE(ただいまスト中)」などと書いたプラカードを手に練り歩いたり、談笑したりしていた。

 仲間たちと一緒にいたタメカ・エリスさん(48)に話しかけた。エリスさんはピックアップトラック「レンジャー」製造ラインのロボット管理に携わる。「とてもひどいインフレが起こっているのに賃金が上がらず、家族を養うことが難しくなっている。家族のためにまともな収入を得て、まともな生活を送れるようにしたい」。

 赤く染めたロングヘアーに赤いTシャツ姿で、青いプラカードを握りしめる。工場に11年前から勤め、時給は約30ドル(4500円)まで上がったが「ガソリンも上がり、食品も軒並み値上がりしている」と顔をしかめる。


取材に答えるエリスさん=デトロイト近郊、9月26日(共同)

 首都ワシントンやニューヨークに比べて物価が安いデトロイトでもラーメンは1杯16ドル程度(2400円程度)。最近の歴史的なインフレが追い打ちをかけており、組合の機関誌では、1週間当たりの食料品の買い物額が新型コロナウイルスの流行前から比べて90ドル(1万3500円)増えた家庭の話も紹介されていた。


 UAWは、ビッグスリーとの4年に1度の交渉で、4年間で賃金を40%引き上げることや、給与体系の格差撤廃、インフレを反映した生活費調整制度「COLA」の復活などを要求。一斉ストを行う旧来の「シット・ダウン・ストライキ(座り込むストライキ)」ではなく、まず一部の工場でストに「立ち上がって」、少しずつストを行う工場を増やしていく新戦略「スタンド・アップ・ストライキ(立ち上がるストライキ)」を打ち出した。

 現地メディアによると、ストの参加者には約500ドル(約7万5千円)が組合から支給される。一斉ストをすると闘争資金がすぐに底を突いてしまう恐れがあり、新戦略は資金面からの窮余の策とも見える。ただ、交渉を長引かせることで「次にストを行う工場が広がれば思いがけない打撃が広がるのではないかという恐怖」を経営側に与えられており、ワシントンの日系企業関係者は「新戦術は効果が出ている」と評価した。

 ▽トラックやクレーン車の運転手らが鳴らす共感のクラクション
 スト現場では、クラクションがひっきりなしに響く。目の前の国道を走る長距離トラックやクレーン車の運転手がストに気付き、声援の代わりに鳴らしているのだ。自動車労働者たちも手を振ってトラック運転手らに応える。


クラクションを鳴らして声援する車に手を振る労働者=デトロイト、9月26日(共同)

 アメリカでは近年、ストが多発している。自動車業界だけでなく、ハリウッドやスターバックスなどで、福利厚生や労働条件の改善を求めて労働者が立ち上がった。共感も広がっており、調査会社ギャラップが8月に実施した世論調査では、このとき既にストの構えを見せていたUAWの労働者を「支持する」と答えた人が全体の75%に上った。

 背景にあるのは広がる経済格差だ。新型コロナ下での景気刺激策で、大手ITをはじめとする巨大企業や富裕層は富をさらに増やしたが、労働者は恩恵を受けられていない。

 アメリカのシンクタンク経済政策研究所によると、ビッグスリーの利益は2013年から2022年にかけて92%増加し、総額2500億ドル(37兆5千億円)に達した。3社の最高経営責任者(CEO)の報酬は同時期に40%上昇し、株主配当と自社株買いで660億ドル(9兆9千億円)近くが支払われた。これに対して、従業員の平均実質賃金は2008年以来、賃金の伸び悩みとインフレで19・3%減ったという。

 ▽仲間の低賃金に怒り
 ゼネラル・モーターズ(GM)のピケ現場も訪ねてみた。テントでたき火を囲んでいた男女4人に声をかけると、リーダー格の女性ロリ-・バライエットさん(55)から「どこの記者?誰から資金提供されているメディアなの?」と問い詰められた。


GM労働者のピケ現場=デトロイト近郊、9月28日(共同)

 なんとか取材に応じてくれたバライエットさんらに、「4年で40%の賃金アップという要求は高すぎないか?」という疑問をぶつけてみた。バライエットさんは相変わらずの仏頂面で「インフレがあって賃金は目減りしているし、交渉ごとだから要求額が高いのは当然」と即答。その後、隣に座るテレッサ・グトウスキイさん(62)と目を合わせながら「私は2001年から勤務しているから全ての恩恵を受けている。時給も高いし、年金も福利厚生もある。でも、2007年に入社した彼女の初任給は私の半分で、福利厚生からも落とされている」と訴えた。


取材に答えるバライエットさん(左端)たち=デトロイト近郊、9月28日(共同)

 2008年のリーマン・ショックに際して政府から救済措置を受けたGMなどの自動車大手は、それ以前から勤めている従業員と、リーマン前後から働き始めた従業員を別に扱う賃金制度を取り入れた。バライエットさんによると、GMではバライエットさんら「レガシーワーカー」といわれる労働者は働き始めた当初の時給が約30ドル。これに対して、2007年以降に雇用されたグトウスキイさんらはその半額の時給約16ドルがスタート地点だ。昇給にも時間がかかり、昇給額も減っている。

 個人主義のアメリカらしく「欧州みたいな公的な労働者保護は求めていない」とバライエットさんは話す一方、同僚が受けている不公平には「労使交渉でわたしたち自身が改善させてみせる」と言い切った。

 ▽労組3代目の男性、支持する政治家は…
 アメリカで労働組合の多くは民主党に近く、来年11月の大統領選挙でもバイデン大統領の再選支持を打ち出している。だがUAWはどちらを支持するかまだ決めていない。バイデン氏が掲げる電気自動車(EV)推進策によって、ガソリン車を作ってきた労働者が職を失う恐れがあるからだ。


フォード工場前で取材に答えるマセラントさん=デトロイト近郊、9月26日(共同)

 親子3代の労働組合員で、フォード工場に1993年から勤めるマット・マセラントさん(57)は「トランプ大統領時代は経済全体がうまく回っていた。(人柄も)率直な彼が好きだ」と語る。意外なほどトランプ氏が人気だ。

 同じくこの工場で働くスコット・マレンファントさん(47)も「彼はCEOや企業のことなんて全然気にしていない。アメリカの労働者のために、アメリカという国のためになることを第一に考えているから心から信じられる」とトランプ氏を激賞。半面、民主党には辛口だ。「ストは100%支持するが、民主党は信用できない。共和党と同じぐらい最高経営責任者(CEO)たちから資金を得ているから」

 2016年の大統領選挙では、泡沫候補だったトランプ氏の支持者はそれを公言できず「隠れトランプ」と言われた。今やトランプ支持は堂々と口にでき、むしろバイデン支持こそ格好が悪くて言いにくいという逆転現象が起きているように感じた。

 ▽「労働者の見方」バイデン氏もトランプ氏もアピール合戦
 トランプ氏自身も27日夜にデトロイト近郊にやってきた。演説会で「私こそが労働者の味方だ」と宣言した。近くでは、各地から結集したトランプ支持者と反トランプ派が道を挟んで罵声を浴びせ合い、「トランプは労働者の味方ではない」という垂れ幕を掲げるヘリコプターまで飛ぶ騒ぎ。


ミシガン州デトロイト近郊で演説するトランプ前大統領=9月27日(ロイター=共同)

 大統領選をトランプ氏と戦うことになるかもしれないバイデン氏も負けていない。トランプ氏の前日に現場入りし、GMの部品配送センター前のピケを訪問。「Union Yes(組合支持!)」の黒い野球帽をかぶって拡声器を片手に「粘り強く頑張れ。あなた方は大幅な昇給に値する」と語った。組合員と代わる代わるこぶしをぶつけ合い、連帯感の演出に余念がない。

 ミシガンはオバマ政権時代までは民主党の地盤だったが、製造業が空洞化して「ラストベルト(さびた工業地帯)」と呼ばれるようになり、2016年の大統領選では経済の停滞にあえぐ白人労働者の鬱屈がトランプ氏に勝利をもたらした。2020年には僅差でバイデン氏が取り戻した。支持の振れ幅が、労働者の不安や疎外感を象徴する。


GMのピケを訪れたバイデン大統領=9月26日(ロイター=共同)

 ストが政治家の舌戦の場となっていることを、労働者たちはどう思うのか。「パフォーマンスであっても、2人がきてくれたことはストに力を与えてくれた」。取材すると、民主、共和いずれの支持者からも来訪を歓迎する声が聞かれた。ただ、それが自分たちの待遇の改善に結びつくというまでの期待はないようだ。あるスト参加者は「満額回答は難しいとは思っている。でも盛り上がっている今回こそ粘らないと…」と話した。

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