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高速道路走行中に扉が開き、あおり運転、遅れは当然… 「安かろう悪かろう」の米グレイハウンドバス「鉄道なにコレ!?」【番外編・下】

47NEWS / 2023年10月15日 10時0分

グレイハウンドのバス=2023年9月9日、米ワシントン・ユニオン駅(筆者撮影)

 「走る犬」のマークは小田急バスの空港と結ぶリムジンバスでも使われているが、運行とサービスの両面で天と地ほど異なるのが米国の都市間高速バス大手、グレイハウンドだ。「片道20ドル(1ドル=148円で2960円)」とアムトラックの約7分の1のお値打ち料金に魅了されて首都ワシントンから主要都市ニューヨークまで乗車したところ3時間8分遅れ、翌日の復路も遅延が待ち受けていることは想定通りだった。旅行サイトなどでの低評価が定着し、利用者の苦情が次々と書き込まれる「安かろう悪かろう」のグレイハウンドに似つかわしく、安全運行を脅かしかねない驚愕体験が待ち受けていた…。(共同通信=大塚圭一郎)

 【グレイハウンドの近年の事件・事故】報道などによると、米ロサンゼルス発サンフランシスコ行きバスの車内で2020年2月に男が銃を発砲して女性1人が死亡、5人が負傷した。21年12月に西部ユタ州を走っていたバスが高速道路で衝突事故を起こし、ほぼ全ての乗客がけがを負った。西部カリフォルニア州オロビルのグレイハウンドのバス停で22年2月、男が銃を発砲して1人が死亡、少なくとも4人が負傷した。22年8月に走行中のバスが道路から外れて柵に衝突し、少なくとも24人の乗客がけがを負った。23年7月12日には中西部イリノイ州の高速道路でバスが停車中のトレーラーに衝突して3人が死亡、少なくとも14人がけがを負った。23年8月31日にはメリーランド州でバスが道路を逆走していたスポーツタイプ多目的車(SUV)と衝突してSUVを運転していた男性が死亡、バスの乗客と運転手計17人が負傷した。


ワシントン・ユニオン駅のグレイハウンドバスを待つ行列=2023年9月9日(筆者撮影)

 ▽出発30分前に遅延予告
 今年9月10日、ニューヨークのポートオーソリティー・バスターミナルに定刻30分前の午後6時20分に着いた。そのとたん、グレイハウンドから遅延を予告するテキストがスマートフォンに届き、出発予定時刻は「7:19pm」と29分遅れになっている。しかし、前日乗った3時間8分遅れのバスを30分遅れと表示し続けているサイトは信用ならない。
 そこで、バスターミナルの地下1階にあるグレイハウンドの切符販売窓口の係員に尋ねると「地下2階の64番ゲートに向かってください」と言われた。ゲート前には座り込んでいる若者が何人かいたため「ここで待ちぼうけを食らうのか」と予想しながらも、職員に「ワシントン行きのバスは何時になりそうですか?」と恐る恐る質問した。
 すると、「そこに止まっているので乗車券を見せてください」と予想していなかった返答が。慌ててスマホの乗車券画面を開くと職員はQRコードを読み取り、ゲートの扉を進むように指示された。割り当てられた2列目の通路側の座席に腰かけた。
 かなりの座席が埋まっており、「テキストの情報を信じて7時19分に着く利用者は間に合うのだろうか?」との疑問が頭をもたげた。

 ▽「客層が良くなく、不審者も乗り込む」と忠告されたが…
 心配は無用だった。ちょうど7時19分に最後に到着したのは往路とは別の黒人の女性運転手だった。どうやら「運転手待ち」のために生じた遅れのようで、定刻より約35分遅れてニューヨークのバスターミナルから発車した。
 バスの遅れの原因は道路渋滞に加え、運転手の人手不足も響いていると聞く。新型コロナウイルス流行時の業績悪化で従業員を解雇した米企業は、コロナ禍後の経済活動回復で人手不足に陥っている。
 グレイハウンドは今年4月に350人の運転手募集を発表して「契約で1万5千ドル(1ドル=148円換算で222万円)のボーナス支給」と売り込んだが、「運転手はバス運行事業者や、オンライン通信販売の普及で需要が高まっている物流会社などの間で人材獲得合戦が激化している」(米バス運行事業者幹部)とされる。
 私にグレイハウンドに乗らないように忠告してくれた友人らは理由の一つとして「料金が安いので客層が良くなく、薬物中毒のような不審者も乗り込む」と指摘していた。特徴としては黒人と中南米系の利用者が多かったが、危険を感じるような人は見当たらなかった。
 隣に座っていたのはフランスに住む黒人の男子大学生で「ニュージャージー州に住んでいる両親の家に来ており、米国を見学しているんだ。今日はニューヨークに行った帰りで、次の停留所の(ニュージャージー州)ニューアークで降りるんだ」と話した。隣の列にいたのは中南米系の若い姉妹だった。

 ▽日本ならば苦情が出かねない“塩対応”
 午後7時55分にニューアークの停留所に着くと私の隣の窓際座席にいた大学生を含めて数人が下車し、代わりに10人近くが乗車した。私の隣の座席には若い黒人女性がやって来た。
 運転手はバス先端の扉の脇に立ち、スマホで予約客の乗車券のQRコードを読み取って座席番号を伝えていた。雨が降っている中で確認作業がはかどらないことにしびれを切らし、乗り込もうとした客に対しては「待ちなさいよ、まだ(乗車券を)スキャンしていないでしょ。何考えているのよ!」と怒鳴りつけていた。
 別の予約したグレイハウンドのバスが来ないことを尋ねた利用者には「私は予約係ではないから知らないわよ!あっちで待っていなさい」と追い払った。日本ならば「自社の予約便が遅れて困っているお客様に何という言いぐさだ!」と苦情が出かねない“塩対応”だ。
 満席の中、後方の四つの座席で複数の予約が入っているダブルブッキングが起きたという。このため、自分の座席があてがわれなかった4人の客が空いている最前列に座ろうとすると、運転手は「ここは空けてあるはずなのになぜ座るのよ!」と激高した。
 ダブルブッキングはグレイハウンドの過失だが、何の罪のない乗客に「私は後ろに座られるのが嫌なのよ!」としきりと毒づいている。「まさか全席の予約を入れるなんてね!」と会社の予約態勢にも不満を漏らしながら、渋々と自分のかばんをフロントガラスの手前へ移して1列目の座席を開放した。
 往路で1列目が空いている時は意識しなかったが、2020年に乗客の男が銃を発砲して6人が死傷する事件も起きたグレイハウンドではバスジャックの潜在的リスクもあり、防犯のために空けている面もあるようだ。


グレイハウンドの米ニューヨーク発ワシントン行きバスで走行中に開いた扉=2023年9月10日、ニュージャージー州(筆者撮影)

 ▽まさかの運行打ち切り!?
 バスは出発したが、交差点で曲がった際になんと扉が開いた。運転手のかばんは転がって車外に放り出されたようで、運転手は路肩で急停車して「私のかばんが放り出されたじゃないの!何ということだ」とこぼしながら拾うために降りた。
 この時は運転手がスイッチ操作を誤ったため扉が開いたのかと思った。だが、再び走行中に「プシュー」という空気音とともに再び扉が開き、運転手が慌てて停車して手動で閉めた。この様子を眺めて「運行が打ち切りになるのではないか」と予見した。
 というのも、バスはこれから州間高速道路「I-95号線」に入って南下する予定だ。高速道路で扉が不用意に開いてしまえば隣の自動車と接触したり、最悪の場合は扉が開いて外れたりするリスクが伴う。運転手が電話で「扉が壊れている」と伝えるのが聞こえたこともあり、ニューアークの停留所に戻って「バスが故障したので運転を打ち切ります。料金の返金手続きをしてください。さよなら!」と走り去る様子が想像できた。
 昨年9月に大阪発東京行きの夜行バスのエアコンが故障して京都駅で運行中止になり、乗客全員が“置き去り”にされたことを批判する声が出た。グレイハウンドでも他の路線でバスの調子が悪いために運転が打ち切りになったという旅行記を読んでいただけに、二の舞になりかねないと考えたのだ。

 ▽「くそったれ!」と叫んであおり運転
 私の予想に反してバスはI-95号線に入り、スピードを上げた。しばらくして恐れていた「プシュー」という音が聞こえてきた。
 何度か同じ音が響き、ついに扉が開いたため運転手が路肩に止めた。運転手は「なんてことだ!」と嘆きながら扉を閉めたが、すぐ真横を別の車が走っていたら開いた扉と接触しかねない。しかもフロントガラスのワイパーは「ガタガタ」と異音を立てておかしな動きをしている。運行前点検の適切性が問われる整備不良だ。
 隣の車線を走っていた白いシボレー・カマロが方向指示器を直前に出してバスの前に入ると、運転手は「このバスの前に入るんじゃないよ、くそったれ!」と叫びながらクラクションを3回鳴らし、車間距離を詰めて「あおり運転」をした。


高速道路を走るグレイハウンドバス=2023年9月9日、米ニュージャージー州(筆者撮影)

 ▽ついに雨漏りまで…次に「走る犬」のバスに乗るとすれば
 ふと、背筋が寒いことに気づいた。高速道路を走行中に扉が開いたり、「あおり運転」をしたりする様子を目の当たりにしたりしたためではなく、天井の非常用脱出口から雨水が実際に漏れていたのだ。
 扉とワイパーが壊れ、雨漏りしており、運転も荒いバスが終点のワシントン・ユニオン駅に着いたのは53分遅れの翌日午前0時38分だった。定刻ならば間に合ったワシントン首都圏交通局地下鉄の終電を逃したものの、無事に帰れただけでも幸運に思えた。
 諸経費を含めてワシントン―ニューヨークの往復43・97ドル(約6510円)というバス料金に飛びついたものの、遅延にとどまらない驚天動地の経験を踏まえると“お買い得”とは評しがたい。「走る犬」を描いたバスに再び乗っても、小田急バスリムジンバスか、東京都渋谷区のコミュニティーバス「ハチ公バス」になりそうだ…。

※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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