「大雨で数万人が孤立」なのに意外と平気…奇跡のフェス「バーニングマン」は想像を超えるクレイジーさ(前編) イーロン・マスクらIT長者がこぞって参加、7万枚が即完売、お金の通用しない場所
47NEWS / 2023年10月23日 10時0分
9月初めにあったアメリカ発のこんなニュースを覚えているだろうか?
「米西部ネバダ州で、一晩中降り続いた季節外れの雨のため、砂漠でのイベントに参加していた数万人が立ち往生した」
字面だけ読めば大災害のようにも思えるが、現地の実態は少し異なる。理由はこのイベントと、参加者たちの特殊性のためだ。
イベントは「バーニングマン」と呼ばれる音楽フェス。毎年8月下旬から9月上旬にかけてネバダ州の砂漠で1週間にわたって開かれている。フェスといえば、普通は食べ物や飲み物の屋台が並び、お金さえ出せば必要な物は買える。しかし、バーニングマンは原則、氷以外は金銭的やりとり禁止。必要な食料は自分で持って行くか、現地で他人から何かの対価として、あるいは純粋な贈り物としてもらわなければならない。しかも、最高気温は30度台半ば、夜は10度近くまで下がるという過酷な気象条件だ。目の前が全く見えなくなるほどの砂嵐も毎日のように吹くという。
一体誰がそんなフェスに行きたがるのだろうと思ってしまう。だが、毎年7万枚に限定しているチケットは発売開始とともに瞬間蒸発。マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクなど、米テック企業のレジェンドたちもこぞって行くという。
文字通り、常識ではかれないフェスだったからこそ、災害にもかかわらず、参加者はそれほど混乱もなく無事に切り抜けた。正直、日本から初参加の私はヒヤヒヤだったが。(共同通信=井手壮平)
参加者は思い思いのファッションで個性を競い合う(齋藤智之氏撮影)
【※この記事は、記者が音声でも解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」を各種ポッドキャストアプリで検索してください→一生に一度は行きたい奇跡のフェス「バーニングマン」(前編) 行った記者も驚愕】
▽高いハードル
バーニングマンの第1の特徴は、参加ハードルの高さだ。
チケットを手に入れるだけでもひと苦労で、これは運に頼るしかない。主催団体には広報担当もいるが、プレスもチケットは自力で手に入れなければならない。会場は何もない砂漠の真ん中で、日本から行こうとすると通常は、西海岸の主要都市まで行ってそこから自動車か、国内線に乗り継いで最寄りの都市であるネバダ州リノまで行き、さらに2時間程度のバスに乗る必要がある。さらに問題となるのが、荷物の多さだ。食べ物や飲み物を「贈り合う」文化があるというものの、実際にどの程度(そもそも本当に)もらえるものなのかは行ってみるまで分からない。念のため当面は飢えない程度の食料と水を、衣服やテントに加えて持って行かなければならない。前述のように昼と夜では全く気温が異なるため、真夏用の服装と冬用の服装も両方必要になる。
それでも、私は昔から気になって仕方なかった。1997年に開かれたフジロックフェスティバルの第1回から、世界の音楽フェスのボス格ともいうべき英国のグラストンベリーフェスティバルまで、国内外のさまざまなフェスに参加してきた私にとって、最後のフロンティアだったのだ。
バーニングマンのシンボル「ザ・マン」の背後に上る朝日
ただ、一緒に行ってくれる酔狂な人などなかなかいないし、1人で行くのは自殺行為のようにも思える。そんな中、道を開いてくれたのが、たまたま日本に帰国中だったロサンゼルス在住のトモ(齋藤智之)君との出会いだった。もう6回も参加している熟練バーナー(バーニングマンに行く人のことをこう呼ぶ)だという。しかもプロのフォトグラファーだ。そして私はたまさか音楽をテーマにした連載企画を担当している。惑星直列とはこういうことを言うのだろう。「連れて行ってください!」。ペリー提督に頼み込む吉田松陰のような気持ちで、迷わず頭を下げた。
その後、一般発売で申し込んだチケットがビギナーズラックで買えるという幸運も重なり、筆者は興奮と不安の混じった気持ちでサンフランシスコ行きの飛行機に乗り込んだのだった。
約10時間のフライト中、トモ君の言葉が思い出された。「最終的には奇跡が起きる場所だから、そんなに心配しなくても大丈夫」。まさかこの言葉が最後になって効いてくるとは、この時は知る由もなかった。
筆者が参加したキャンプでの夕食の風景
▽砂漠の中心で酒を出す
バーニングマン参加者の多くは、「キャンプ」あるいは「テーマキャンプ」と呼ばれるグループごとにまとまる。キャンプはそれぞれが、クラブだったりバーだったり、あるいはマッサージやヨガの教室など、なんらかのものを他の参加者への贈り物として提供する。通常のフェスにたとえるならば、出店と居住空間が一緒になっているイメージだが、これがすべて商売目的ではなく、純粋な贈与のシステムとして成り立っているところが、このイベントの最大の特徴と言っていい。提供するモノやサービスに対してお金を取ることが御法度なだけでなく、それぞれのキャンプで働く人たちに賃金を支払うことも固く禁じられている。
普通の音楽フェスでは、主催者が用意したステージでアーティストが演奏し、出演料を受け取る。だがここでは、何十とあるステージは参加者がほかの人たちへの「贈り物」として用意し、アーティストも自らのパフォーマンスを無料で捧げる。音楽はテクノが多いが、ジャズ、クラシックまで意外と幅広い。
新宿のゴールデン街に着想を得たというGolden Guy
主催団体でキャンプの審査や配置を担当するブライアント・タンさん(43)によると、今年は場内に約1200のキャンプがあった。一つのキャンプあたりの人数は3人から約400人と、ばらつきがある。東京・新宿のゴールデン街を再現したという”Golden Guy”というバーから、大勢の人を集めて一気に大量の水と石鹸の泡を浴びせるシャワー場まで、それぞれのキャンプが個性を競い合う。来場者の1割程度はキャンプに属さず、そうした人たちのために自由にテントを張れる区画もある。日本から訪れ、そうした場所でソロキャンプしている人たちにも何人か出会った。
船の形に改造した自動車
筆者がトモ君と一緒に入れてもらったのは、彼の友達のイタリア人たちを中心とする15人程度のキャンプだった。出し物は、イタリア式のアペリティーボ(食前酒)。これを会期中は午後6~8時に出すと主催者側に提案し、設置のための区画が割り当てられた。メンバーはキャンピングカーで来ている人たちとテント持参の人たちが半々くらいで、簡易式のシャワーやキッチンを共有できるのはありがたかった。初日からバーカウンターなどの設営を手伝い、「営業」を始めた2日目からは、通りを行く人たちに「冷えたプロセッコいかがですか~」などと声をかけ、招き入れるのが筆者の役割となった。
宇宙船をかたどったアート作品と、制作したアーティストたち
▽クレイジーなビジュアル
会場内を回ってみてまず驚いたのは、その巨大さだった。自転車で移動する人が多いのだが、さまざまなキャンプが立ち並ぶ「街」の端にはしばらく漕いでもたどり着かない。ようやく街の端まで出てきても、今度はバーニングマンのシンボルである「マン」と呼ばれる巨大な木の人形や、「テンプル」と呼ばれる寺院のような建物(これらは最後には燃やされ、イベントのクライマックスとなる)をはじめ、さまざまなアート作品が点在する砂漠が延々と続く。会場全体の面積は約16平方キロメートルと、東京都渋谷区や中野区よりも大きい。
「ザ・マン」と並ぶバーニングマンの名物「テンプル」。過去1年間で亡くなった親しい人の写真を持ち込み、最後に建物ごと燃やす儀式も行われる
次に驚いたのが、ビジュアル表現の豊かさだ。もっと単純に見た目のクレイジーさと言ってもいい。バーニングマンは「10の原理」があり、その一つに「Radical Self-expression」(とことん自己表現せよ)というものがある。これに則ってか、参加者の服装や行き交う乗り物は奇抜を極めている。女性は年齢も体型もあまり関係なく総じて露出度が高い。男性も全身銀のラメタイツだったり、裸の上に毛皮のコートだったり、街ではなかなか見かけない服装の人ばかりだ。トラックを改造した巨大な宇宙船や魚のような自動車があるかと思えば、自転車を改造した手漕ぎボートのような乗り物も走っている。
手こぎボート風の自転車に乗るカップル
その一方で、一糸もまとわずに歩いたり自転車に乗っていたりする人たちも何人も見た。街の中でそんな格好をしていたら即刻逮捕ものだろうが、そもそもここに警察はいない。恐らくはドラッグを摂取している参加者も一定数いたのだろうが、ケンカや言い争いといったトラブルは見かけなかった。
巨大なスピーカーセットとDJを乗せた改造トラックがゆっくりと砂漠を移動し、その後ろを思い思いの格好をした多くの男女が踊りながらついていく。その様は、現代の「ええじゃないか」とも、「愛と平和に満ちたマッドマックス」とも形容したくなる光景だった。現地に行くまでは20代、30代の若い世代中心のお祭りだと思っていたが、初期から来続けているという70代の夫婦もいたし、幅広い年齢層がいたことも意外だった。
ひとだまのようなオブジェ。夜間もさまざまなアート作品がLED照明で浮かび上がり、幻想的な光景が広がる
▽垣間見えた「違う未来」
何よりも衝撃的だったのが、お金を使う機会が、氷を買うとき以外は本当にないことだ。飲み物も食べ物もすべて無料。それぞれのキャンプが自らの貢献として提供する。参加者はごみの量を極力減らすため各自がコップや皿を持参する。
ドーム形の「郵便局」
「郵便局」ですら、絵はがきや切手は置いてあるが、窓口の女性は「売り物ではありません」という。何か用事でも手伝ったらいいのか、と聞くと、女性は少し考えて「そうね、それもさっき他の人にお願いしたばかりだし…。では、どうしてここに来たのか、話を聞かせてもらえませんか」。記者をしており、バーニングマンのことを日本の読者に伝えるつもりだと説明すると、「素晴らしい話をありがとう」と笑顔で葉書を出し、投函を約束してくれた。このほか、ここではステーキから衣服、耳栓、キーホルダーまで、とにかく見知らぬ人たちがいろいろなものをくれた。
「一度ここに来ると、物事の見方が変わる。実生活では人工知能(AI)に支配され、ロボットのように働いていても、ここには完全な自由がある。何をするにも誰の許可も求める必要がない。それに、普段こんなに他人を助けることはないけど、ここでは過酷な環境の中、皆が助け合って生きている。それこそが人間の本来の姿なのよ」。ロスのマーケティング会社で働くクリスティーナ・テリンさん(40)は、バーニングマンの魅力をこう語る。
クリスティーナ・テリンさん=齋藤智之氏撮影
普段、欲しいモノやサービスがあればお金を出して買うという行動様式、そして、そこで利益が発生し、利益がさらなる投資に回って経済が大きくなっていくという資本主義システムに染まっている身としては、この「贈り合い」が正直、最も衝撃的だった。ここは絶海の孤島や山奥の集落ではない。強欲資本主義の総本山であり、拝金主義のはびこる2023年のアメリカである。しかも、小規模なヒッピーや新興宗教のコミューンでもなく、7万人を超す大イベントだ。
これほどの人数で、期間も場所も限定されているとはいえ、贈与によって一種の社会が成り立つというのは、最初の1、2日はどうしても実感として理解できなかった。だが、3日たち4日たち、いろいろな場所で誰かの施しを受けながら毎晩自分もキャンプに戻ってはお酒を出すということを繰り返していると、これはこれでもう一つの、ほとんど誰も見たことがない経済社会システムの可能性を提示しているのではないかという実感がぼんやりと湧いてきた。
レーザー光線が闇夜を貫き、背後には都市の夜景のような光が広がる
ここに来るのに交通費以外でかかった費用は、入場チケットが約600ドル(約9万円)に、キャンプのバーで出すお酒や機材レンタルのためのカンパが1000ドル。決して安くはないが、1週間の滞在費や食費が含まれると考えれば、法外というわけでもない。カンパの部分はキャンプによって増減し、どのキャンプにも属さなければ全く払わないことも可能だ。
もちろん、全ての人がバーニングマンのファンなわけではない。IT長者たちが多く住むサンフランシスコの隣町オークランド在住の社会学者トリシア・ワンさんはその偽善性を糾弾する。
「億万長者たちはバーニングマンに来て与え合いの精神に浸るが、自分たちの地域で家賃や生活費を高騰させ、ホームレス問題を悪化させていることは都合良く見過ごしている。気前良く砂漠で過ごす1週間によって、その他の時期の無関心が許されることはない」
だが、普段は資本主義にどっぷり漬かっている人たちが一時的にでもここに来て、違う未来を垣間見るというのは、それほど悪くないことに思えた。
(後編に続く)
※後編はこちら
「本当に奇跡が起きるとは…」 奇跡のフェス「バーニングマン」で災害級の豪雨(後編) 砂漠で身動き取れず でも脱出できたのは「与え合い」のおかげ
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