「よさこいは人の温かさと街全体でつくり上げる」感動の連続で、取材のはずが踊り子に 土佐弁も分からない記者は「本当の高知県民」になれるか
47NEWS / 2023年11月5日 10時30分
関東地方で生まれ育った私(25)は今春、新人記者として高知県に赴任した。なじみの薄い土地、知り合いはほぼいない。土佐弁の聞き取りにも苦戦した。住民票では高知県民になったが、実感が持てない。
ただ、聞いていたとおり魚が美味しい。取材で出会うほとんどの人から「高知と言えば、食べ物かよさこい」と言われたことを思い返す。ある晩、居酒屋でひとり高知の魚に舌鼓を打っていると、隣に居合わせた夫妻との会話に花が咲いた。なんと、よさこい祭りのチームを運営しているという。「地方車も自分たちで手作りしてね」と、写真を見せてくれ、楽しそうに話す笑顔が素敵だった。高知と言えばやはりよさこい。そして私はちょうど祭りの取材の取材方法を考えていたところ。翌日、上司に「取材先を見つけました!」と嬉々として報告すると、予想外の反応が返ってきた。
「踊ってみたらどうだ」
確かに、取材を続ける上では土地への理解が不可欠。〝聖地〟でよさこいを踊るのは、記者として高知を知るまたとないチャンスだとは思ったが、果たして私に踊れるのか?そもそも私が踊っていいのだろうか?(共同通信高知支局=船田千紗)
9日の前夜祭では、昨年受賞チームの踊り子らが、チームの垣根を越えて「総踊り」を披露した=8月9日午後、高知市中央公園(撮影・鈴田卓)
▽「高知と言えば、食べ物とよさこい」
高知市内は、よさこい祭りのポスターが至る所に張られ、バスターミナルには踊り子の銅像も建てられている。街中を歩いているだけで、よさこいの熱をひしひしと感じる。そんな祭りに参加できると考えただけで、不安もあったものの、心が躍った。
参加したチームは「纏り家・尽」。居酒屋で出会った大将の久武静夫さん(63)と妻の啓子さん(58)は、私の参加希望を快く受け入れてくれた。
チームは結成19年目。「焦らず気取らずのんびりと」をモットーとするアットホームな雰囲気が特徴だ。3~68歳の老若男女が所属し、本番の2日間に出演する。 踊り子は鳥取や東京、福岡と各地から集う。数多くのチームを渡り歩いてきた人がいる一方で、初めて参加する人もいて少し安心した。
糸川心花さん(15)と野村美羽さん(15)は連れだって参加する高校1年生。部活に勉強にと忙しい毎日を送るが、「これから受験勉強も始まる。高校1年生はまだ余裕がある。今しかない」と学校に課外活動の申請を出したという。「今回だけじゃなく、いつかまた出たい。将来子どもが生まれたら踊らせたい」。地元のよさこいへの強い思いを感じた。
「地方車」の上で歌う大将・久武静夫さん(提供写真)
▽鍛錬の1カ月
7月1日、練習が始まった。放課後、子どもが帰って静まりかえった小学校の体育館を借りて練習する。蒸し暑いが、参加する踊り子たちは「久しぶり」とコロナ禍明けの4年ぶりの再会でうれしそう。なじめるだろうかと不安がこみ上げた。
最初はステップだけ、次に上半身の動きと、段階的に振り付けを教わる。「正調」という昔から伝わる振り付けがあるが、今では多くのチームがアレンジし、毎年異なる振り付けや音楽・衣装を披露する。だから毎年参加している踊り子も、初めての踊り子も、年が変わればスタートラインは同じ。
懸命に練習に励むが、想像以上に動きが多い。Tシャツの重さを感じるほどの汗がしたたり落ちた。
練習は、仕事を終えたあとで毎日のように通った。練習時間は2~3時間。遅刻や欠席が続いてしまう日もあったが、10日たってようやく4分弱の曲の振り付けを習い終えた。頭で復唱しながら踊ったが、考えていると足や手が置いてけぼりになってしまう。考えることをやめ、体に染みこませることを優先した。
初めてのため苦労が多かったが、笑顔の時間は日を追うごとに増えた。休み時間になると「1人で参加してるの?」と会話の輪に招いてもらった。そこからは祭りや休日の話で盛り上がり、少しずつチームに溶け込んでいくことがうれしかった。
指導役のメンバーから振り付けを教わる「纏り家・尽」のメンバーたち=7月11日午後
▽よさこいは高知が発祥
よさこい祭りは1954年に高知で誕生した。戦後の不景気の中で、市民を元気づけようと始まった祭りだ。
毎年8月9日の前夜祭で始まり、2日間の本番、続く後夜祭と、全4日の日程。本番では約200チームの踊り子約1万9千人が、カチカチと音の鳴る鳴子を持ち、個性ある踊りを披露する。北海道の「YOSAKOIソーラン」など全国に類似の祭りが広がった。
本番の2日間では、参加チームが市内に点在する演舞場と競演場をまわり、踊りを披露する。会場の多くは商店街で、商店街の端から端までチームごとに踊り抜ける。祭り開始の午後1時15分から9時半まで、時間の許す限り、会場を巡り踊り続ける。
出場チームは、早いチームで2月ごろから踊り子の募集を始める。有名チームは、定員になり次第募集を締め切る。高知県外のチームも出場している。
一糸乱れぬ演舞で会場を沸かせた強豪チーム「十人十彩」=8月10日
▽鳴子が鳴らない
「鳴子」を持って踊ることもルールの一つ。甘く見ていたが、そう簡単ではない。鳴子を持つ向きによっては、うまく音が出ない。「親指と人さし指でつまんで、残りの指は添えるように」と何度も指導された。難しいのは、音を鳴らさない振り付けだ。間違えて鳴らすと、体育館に自分の音だけ「カチン」と響き渡った。
鳴子以外にもルールがある。必ず前進すること。祭りでは商店街などの一本道を前へ前へと進みながら披露する。これもまた大きな課題となった。振り付けが身についても、なかなか踊りながら前に進めない。きれいに列になって踊ることがよさこいの魅力の一つだが、隣の人に後れを取ってしまう。「横とそろえて!」と何度も注意された。
啓子さんが「みんなが踊れるような振り付けにしてもらった」と言う他のチームよりも易しい振り付けも、一度もよさこいを踊ったことのない慣れない身にとっては、一つ一つが難しく思えた。
「纏り家・尽」の演舞=8月10日
▽緊張の本番
8月10日午前6時。吹き荒れる雨風の音に起こされ、本番当日を迎えた。空模様が気になる。それでも、 街は人がどっと増え、提灯などの飾り付けがされ、路面電車のダイヤもよさこい仕様。街全体がお祭りムードに包まれている。
先導する音響車両「地方車」の後ろに並ぶ。地方車の上には、大将ら「歌い手」が登り、曲を演奏する。地方車の照明から、舞台に立ったかのような光が降り注がれた。
沿道には多くの観客が詰めかけ、曲に合わせて体を揺らしながら拍手を送っていた。点在する会場を回って踊る。心配していた天気は、毎回出番の直前に雨が上がり、気持ちよく踊ることができた。 各チームの地方車から放たれる音楽が響き渡る。
1日目が終わり、チーム最年少の古泉桜ちゃん(3)はうれしそうに「メダルいっぱいもらった」と見せてまわった。その笑顔を見ただけで、疲れが一気に吹き飛ぶ。印象的な踊り子には、各競演場でメダルが贈られる。桜ちゃんは練習中も人一倍大きな声で歌い、元気に踊っていた。その活躍が本番でも伝わっていたのだろう。初日にひとつもメダルをもらえなかった私は桜ちゃんをうらやんだ。
観客にうちわであおがれる踊り子=8月12日、高知市帯屋町商店街
▽踊って笑ってあおがれて
2日目は雲一つない青空。出番前、1日目には雨をしのぐために見られなかった他のチームの踊りに魅了される。衣装も振り付けも、同じチームは一つとない。青空に映える踊り子の姿に、見ているだけで心が躍った。
日光の照り返しと人々の盛り上がりで、会場はより一層の熱を持つ。「よさこいの暑さをなめちゃいけない」という経験豊富な踊り子の言葉を思い出した。
長く伸びる会場の終点で、踊り子のためにと地元住民の用意した水やお茶で喉を潤す。人の温かさと街全体で作り上げる祭りだというよさこいの魅力を実感した。
すっかり日が落ち、疲れ切っている体に、いつも歩いている商店街は終わりのないトンネルのよう。お客さんが拍手をする代わりに、うちわであおいでくれる。「頑張って」という声と風がうれしかった。
「追手筋競演場」で踊りを披露する船田記者=8月10日
口の中が乾くが、必死に笑顔を作った。まっすぐな瞳でこちらを見ている子どもたちが目に入る。いつか踊り子になるかもしれない子どもたちの瞳に、少しでも楽しそうに映っていたかった。
最後の会場では、隊列を崩してお客さんに近づいて踊った。踊り子は鳴子を鳴らし、お客さんは鳴子のリズムに合わせて手をたたいた。笑顔が広がっていった。
一夜明けると、祭りの4日間が夢だったかのように、街は普段の落ち着きを取り戻していた。商店街の横断幕は跡形もなくなっている。私も朝から仕事に出て、高知県で生まれ育ったという取材先の人に祭りに出たことを報告した。すると「俺よりも高知県民やな」と声をかけられた。ぐっと心の距離が近づいた気がした。社会人初の夏が終わり、私の高知生活はようやく本当の始まりを迎えたようだ。
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