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ひきこもりがちだった10代の夢「部屋にいながら世界を体験できたら…」 感覚を共有する「ボディーシェアリング」で実現へ、研究者の玉城絵美さん

47NEWS / 2023年11月8日 10時0分

「ボディーシェアリング」を提唱する玉城絵美さん=10月11日、東京都港区

 「部屋にいながら世界中の体験ができたら」―。「ドラえもん」にお願いしそうな夢の技術の開発に取り組んでいる気鋭の研究者、玉城絵美さん(39)。東大大学院博士課程を修了し、故郷の沖縄県にある琉球大で教授を務める。2012年設立のH2L(東京)の社長も兼務し、起業家の顔も持つ。

 玉城さんの「ひみつ道具」は「BodySharing(ボディーシェアリング)」という技術で、商標登録している。10代の頃にひきこもりがちだった玉城さん自身が夢見た製品とサービスだ。2029年までに人気アプリを生み出し、普及させるロードマップを描く。仕組みやビジョンを聞いた。(共同通信=吉無田修)

 ▽身体の動きや感覚をデジタル化して共有


 ボディーシェアリングとはどんな技術なのか。H2Lによると、視覚や聴覚、振動するコントローラーと比べて没入感や臨場感が30~50%程度向上する。インターネット上の仮想空間「メタバース」の体験は、もっとリアルに感じられると言う。

 「ボディーシェアリングは、デジタル技術を活用して体験を共有する技術や概念の一つです。人間同士、人間とロボット、人間と仮想空間上のアバターの間で体験を共有できるようになります。従来の体験共有は主に視覚や聴覚情報が中心でしたが、ボディーシェアリングは、身体の動きや感覚、例えば重さや力の加減といった身体情報までデジタル化して共有することが特徴です」


腕に装着した端末と遠隔操作するロボット=8月22日、東京都港区

 「メタバースは、空間上でさまざまなコンテンツが展開され、現実世界を超えた世界を構築する概念です。一方で、ボディーシェアリングは、メタバースから得られたコンテンツや体験を人間にどのように伝えるか、または人間の身体情報をメタバースにどう入力するかという点に焦点を当てています。コンピューターと人間をつなぐインターフェースのようなものと考えられます」

 「現状のメタバース体験は、スマートフォンやパソコン、ゴーグル型端末を用いて視覚や聴覚の情報などを入出力しています。しかし、メタバース内で物を持ったときの重さや押す感触といった情報は伝わってきません。ボディーシェアリングは、こういった身体的な入出力の体験を可能にする技術です」


腕に端末を装着し、映像を見ながらロボットを遠隔操作するH2Lの開発者=8月22日、東京都港区

 ▽研究のきっかけは10代の頃の経験
 ボディーシェアリングで共有するのは人間の「固有感覚」だ。体験できる端末は自ら開発した。

 「10代の頃、社交的ではなくひきこもりがちでしたが、社会に適応しようと努力していました。室内にいながらさまざまな体験をできるサービスや製品を切望していました。そして、病気で入院し、身をもってサービスや製品の必要性を感じました。しかし、当時はそのようなものは存在しませんでした。自分自身で研究を始め、ボディーシェアリングという概念を提唱しました」

 「外出困難者がより充実した生活を送れるメリットは大きい。外出困難者は労働の機会が少ないと言われていますが、ロボットや他者、メタバースのアバターを通じて労働の機会を持つことができます。生産性の向上という面では、短期間で新しい技術を獲得して働くことが可能になる点も大きなメリットとして挙げられます。最大の目標は、人類全体が体験を共有し、得られる知恵や経験を継承していくことです」


インタビューに答える玉城絵美さん=10月11日、東京都港区

 「(共有する)固有感覚は体の深部で感じる感覚です。体の動きや位置、姿勢、ジェスチャーなどの感覚、重さや力加減、抵抗感など、筋肉を使って感じる力の感覚をまとめて呼んでいます。この感覚は、物体や他者と物理的にコミュニケーションを取る際に非常に重要です」

 「固有感覚を入力する『筋変異センサー』を新しく開発し、製品化しました。筋肉の変化や膨らみを検出するセンサーです。電気刺激を使って筋肉を制御する『アクチュエーター』も開発し、コンピューターの指示で体を動かせるようになりました」

 「最もチャレンジングだったのはセンサーです。2011年に開発を始め、完成したのは2016年ごろでした。工学だけでなく、生理学や認知科学、基礎心理学の知識も必須でした。私はコンピューターのセンサーなどの知識は持っていましたが、それを人間と結びつけるための知識は十分ではありませんでした。認知科学の研究室に参加し、異なる研究領域を統合した開発が実現しました」


人間の固有感覚をコンピューターに入出力する研究開発用端末=8月22日、東京都港区

 ▽緊張、リラックス、心の状態をアバターに反映
 ボディーシェアリングの利用は既に始まっている。

 「メタバースのアバターとしての使用が増えていて、緊張やリラックスといった感情や体調をメタバースのアバターに反映させられます。また、観光農園では、遠隔地にあるイチゴなどを収穫するロボットから人間に情報をフィードバックするプロジェクトも進行中です。遠隔地のカヤックや(ゴルフなどの)スポーツ、楽器演奏など、多くの体験を共有する技術や、スキルのダウンロードの研究開発も進められています」

 ▽米大リーグの大谷翔平選手のプレーを疑似体験
 体験者は、初めは怖がったり驚いたりする人が多いが、利便性を徐々に感じると言う。将来はどのようなサービスが登場するのか。現在は、腕や足首に巻いて使用する端末は使い勝手を向上させる考えだ。

 「例えば、芸人らが高い場所からバンジージャンプをするような体験を自身が体験しているかのように感じることができます。このような体験を配信したり、販売したりするというのは一つの方向性です。プロのスポーツ選手や楽器演奏者などの専門家の体験やスキルを提供することも考えられます。多くの人は自分の腕を大谷選手のように速く振ることはできないと思います。彼のように速く振る感覚や、バットにボールが当たった感覚を視覚や聴覚の情報とともに共有することで、自分が本塁打を打ったような感覚を得られます」

 「(端末は)小型化を目指しています。外出時にも使用できるように、ウエアラブル端末を腕時計以下にすること、アクセサリーやイヤホン型にすることを検討しています。日常生活の動作を妨げず、普段から気づかれないような形状を目指しています」


腕に装着した端末に触れる玉城絵美さん=10月11日、東京都港区

 ▽グローバル展開も視野に
 経営するH2Lは、ボディーシェアリングのプラットフォームを担おうとしている。統一性や安全性を保証するには、一つの企業が担うのが最適と考えているためだと言う。

 「基礎研究の段階を終え、応用研究や事業への移行に力を入れています。スポーツ、農業、観光、仕事の体験共有は重要な分野と考えています。国際的な標準化やガイドラインの策定も重要です。海外の研究機関や事業開発グループに技術提供しています。製品やアプリ開発に関する協力です。メタバース関連の国内外のコンソーシアムにも参加しています」

 「ボディーシェアリングは非常に便利な技術ですが、危険性もあります。視覚・聴覚情報のマイク、スピーカー、カメラ、ディスプレーが便利である一方で、盗聴や軍事、犯罪にも利用されるリスクがあるのと同様です。私たちは、この技術が安全で、人類に有益な方法で運用されることを望んでいます」

 ▽若い世代には新しい経験を積極的に追求してほしい
 最後に日本で少ない女性の研究者と経営者として、若い世代へのメッセージを聞いた。

 「女性やLGBTQ(性的少数者)の人々の中で、経営者や研究者が少ないのは事実です。マイノリティーの立場として捉えることもできますが、私はむしろチャンスだと感じています。現在は、一般的な体験は書籍やYouTubeで簡単に得られます。しかし、マイノリティーとしての経営者や研究者の経験は貴重です。若い世代には一般的ではない、新しい経験を積極的に追求してほしいと思います。そして、男性の方々には、経営者や研究者以外の仕事へのチャレンジを考えることもおすすめします」


インタビューに答える玉城絵美さん=10月11日、東京都港区

          ×          ×      
 玉城絵美(たまき・えみ)さん 1984年沖縄県北谷町生まれ。琉球大卒。東京大大学院で博士号(学際情報学)。2011年、大学院時代に発表した人とコンピューターの相互関係を探る分野の技術が、米誌タイムの「世界の発明50」に選ばれた。12年にH2Lを起業。社名は“Happy Hacking Life”の略。21年から琉球大工学部教授。23年からは東京大大学院工学系研究科教授も兼任。内閣府などで研究関連の委員を務める傍ら、メディアに出演し、ボディーシェアリングの普及を目指し、一般向けにかみ砕いて解説している。趣味は文鳥を飼うこと。

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