試合は無観客、空襲警報で中断…ウクライナはなぜ戦時下でプロサッカーを続けるのか 伝説のストライカーを輩出した名門クラブからもOB6人が戦場へ
47NEWS / 2023年11月15日 10時30分
ロシアの侵攻が続くウクライナでプロサッカーリーグが試合を続けている。戦時下でもサッカーを続ける意味は何だろうか。伝説的ストライカーのシェフチェンコ氏らを輩出し、第2次大戦も乗り越えた名門クラブ、ディナモ・キーウ(キエフ)を訪ねると、チームのオーナーは「戦争のさなかでも、日常の営みをやめてはならない。ロシアに膝を屈しないと示す必要がある」と語った。(共同通信=角田隆一、写真は
マリーナ・リソフスカ撮影)
公式戦で競り合うディナモ・キーウのブラジコ選手(右)=9月18日、キーウ(共同)
▽空襲警報で試合は中断
9月18日、静かな試合だった。首都キーウ中心部を流れる大河、ドニエプル川近くの本拠地でディナモの公式戦が開かれていた。観客席にファンの姿はない。ディナモと対戦相手の両チームの選手は、ウクライナ国旗をまとい入場。前線で戦う兵士らに感謝をささげるためだ。スタジアムにボールを蹴る音と選手の叫び声がこだまする。得点が入ると、スタジアムの裏山からのぞき見するファンから歓声が上がった。
昨年2月のロシアの侵攻後、ウクライナのサッカー1部リーグはシーズン途中で中止に追い込まれた。昨年8月に政府の許可を得て再開し、今年8月から戦時下の2シーズン目を迎えた。ただ無観客試合が義務付けられ、空襲警報があれば試合は中断される。
観客のいないスタジアムで、試合前にウクライナ国旗をまとうディナモ・キーウの選手ら=9月18日、キーウ(共同)
▽飛行機を使わずに移動
ディナモの広報担当者シャクホフ氏(30)は戦争中も試合を継続する意義について「前線から兵士が応援ビデオを送ってくれる。つらいことが多いが、兵士やファンの気分転換になる」と話す。
チーム運営に戦時下ならではの苦労は多い。国内遠征では飛行機が使えず、広大な国土をバスや列車で長時間移動しなければならない。ロシアが占領した東部ドネツクが本拠地のディナモのライバル、強豪シャフタル・ドネツクは2014年以降、ホームに帰れず、西部リビウに拠点を移して活動を続ける。ディナモ広報のシャクホフ氏は「戦争でクラブを去った外国人選手も多い。ディナモの場合は幸いチケットの売上高は数%に過ぎないから財務的な影響は大きくない」と語る。
キーウ郊外で取材に応じるディナモ・キーウの広報担当シャクホフ氏=9月15日(共同)
▽「深くサッカーと向き合う」
ディナモの選手は複雑な思いを抱えながらプレーを続ける。
「サッカーができることを大切に思うようになった。ウクライナ軍のおかげでプレーができる」。MFのカラバエフ選手(31)は友人の多くが前線にいると語る。兵士のことを考えると「変なミスはできない。以前より深くサッカーと向き合うようになった」と話す。
両親と兄の家族が住む出身地の南部ヘルソンは一時ロシアに占領された。ウクライナ軍が昨年11月に奪還したが、通信状況が悪く3日間連絡が取れなかった。「プロだから平静を保っていたが、(連絡が取れた時には)涙が抑えられなかった」。ただ、解放後も実家周辺は6月に起きたカホフカ水力発電所(ヘルソン州)の巨大ダム決壊で浸水するなど受難が続く。
練習するディナモ・キーウのカラバエフ選手=9月、ウクライナ・キーウ近郊(共同)
▽「サッカーは僕の命」
守備的MFのブラジコ選手(21)は今年トップチームに上がったばかり。世代別のウクライナ代表に連続して選ばれる逸材だ。ウクライナ軍が反転攻勢を続ける南部ザポロジエ州出身。実家はロシア占領地域ではないが、ロシアの攻撃が頻繁に続く。「両親と妹が実家に残っています。毎日電話しています」と安否確認を怠らない。
幼なじみの友人が前線で重傷を負い、リハビリを手伝う。「サッカーは僕の命です。ただ未来がどうなるか分からないのが不安だ」。戦争は長期化しており、先は見えない。ディナモの現役選手は徴兵を免れているが、6人のOBは戦場に向かった。
キーウ郊外で取材に応じるディナモ・キーウのブラジコ選手=9月15日(共同)
スタジアムの一角にある事務所に招かれた。ウクライナ財界屈指の実力者でクラブのオーナー、スルキス氏(64)は「たとえ(ロシアの)攻撃が強まっても、われわれはやるべきことをやる。われわれの力が(国民の)勇気になる」と語った。
当初、リーグ再開に消極的だった政府を説得、ゼレンスキー大統領などに掛け合った。「サッカーはウクライナの痛みを伝えるツールでもある。世界のサッカーファンに届けることができる」。クラブや選手がソーシャルメディアで積極的にロシアの侵攻やウクライナの窮状を示す情報も発信しているという。
キーウで取材に応じるディナモ・キーウのオーナー、スルキス氏=9月15日(共同)
▽強制収容所送りとなった「死の試合」
ディナモは1927年に設立された。もともとは旧ソ連の構成共和国だったウクライナ治安当局傘下のチームだ。旧ソ連時代は警察など治安当局出身の選手が多く、ソ連国内リーグではモスクワのチームに対抗できる「ウクライナのナショナルチームのような存在だった」(関係者)。
第2次大戦でウクライナは苛烈な独ソ戦の主戦場となった。ドイツ軍がキーウを占領した後、強制労働に従事していたディナモ・キーウの前身出身の選手らがドイツ軍側の代表と試合した逸話が残っている。試合ではウクライナ側が連戦連勝。試合後、ドイツ秘密警察が複数の選手を逮捕し、強制収容所に送った「死の試合」として語り継がれる。
▽チームを支える「金の卵」
昨年の首都防衛戦で激しい戦闘が間近で繰り広げられた育成施設「ディナモ・アカデミー」を訪ねた。この日はシャフタル・ドネツクの育成選手同士の練習試合があった。直前に空襲警報が鳴り、開始時間が遅れた。
17歳までのディナモの育成選手は約350人。「金の卵の学校です。移籍金がチーム経営を支えている」(シャクホフ氏)。戦争前はウクライナ全国から有望な子どもを集め、欧州の強豪チームに数々の選手を送り込んできた。
ライバルのシャフタル・ドネツクとの練習試合を見守るディナモ・キーウの育成選手ら=9月16日、キーウ(共同)
選手候補生には、戦場で手足を失った父を持つ子、戦死した父を持つ子も珍しくない。それでも練習に励んでいる。責任者イシチェンコ氏(70)は「一生懸命サッカーに打ち込むことで精神が安定することもある」と万全のサポートをしていると話す。「2度目の戦争も乗り越える。不屈であることがわれわれの支柱だ」。施設には「死の試合」の告知ポスターが展示されていた。
数々のトロフィーが飾られた部屋で、取材に応じるディナモ・アカデミーの責任者イシチェンコ氏=9月16日、キーウ(共同)
本土で戦争が続いているのにオーナーのスキルス氏は「戦争のさなかでも、国家は日常の営みをやめてはならない。ロシアに膝を屈しないと示す必要がある。私は私のやりかたでウクライナ軍を支援する」と強調する。「ウクライナの支援のために、Jリーグのチームとチャリティーマッチがやりたい。戦争に勝利したら、復興のためにウクライナにも招きたい」とにやりと笑った。
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