入籍していなくても「扶養手当」は出るのに、なぜ同性パートナーはダメ? 判決に専門家の批判が次々、他県ではOKのケースも
47NEWS / 2023年11月18日 10時30分
札幌市に住む佐々木カヲルさん(54)には、同性のパートナーがいる。一緒に暮らし、札幌市の「パートナーシップ宣誓」の受領証も持っている。普段の生活では多くの男女間の夫婦と変わるところがない。例えば国民健康保険証には世帯主として佐々木さんの名前が書かれ、クレジットカードの家族カードも作れた。携帯電話料金は家族割が適用されている。一方が病気を患った時、医師による治療方針の説明にもう一方が家族として同席することも申し合わせている。
ところが、勤務先の北海道庁に扶養手当などを申請したところ、断られた。手当は、男女であれば入籍していない「事実婚」状態でも認められるのに、なぜ同性同士では認められないのか。手だてを尽くして再考を求めたが、道庁が「検討すらしていなかった」ことが判明。20年以上勤めた職場だったが、失望して退職した。訴えを受けた裁判所は、どう判断したのか。(共同通信=日下宗大)
判決を前に取材に心境を語る=2023年8月
▽“普通”じゃない
佐々木さんは小学4~5年のころからスカートをはかなくなった。女性っぽい服装に違和感を覚えたからだった。小学5年の頃には同級生の女の子に好意を抱き、中学生になるとはっきりした恋愛感情を持った。家に遊びに行く仲だったが、思いを伝える勇気はなかった。「やはり“普通”じゃないと思ったから」
大学時代には男性と交際してみたが、女性と一緒にいる時間と比べ、気持ちは高まらない。初めて女性と付き合ったのは27歳の頃。戸籍上は女性だが、性自認は男女の区分がしっくりこない「ノンバイナリー」だ。
ただ、両親にはなかなか言い出せなかった。カミングアウトすることで、親子の縁を切られるかもしれない。それでも、年齢を重ねるにつれて、大切なことを隠したままではいられない気持ちが強くなった。手紙を書いて伝えたのは約7年前。47歳になっていた。親からは翌日、「今までと変わらないから、また遊びにおいで」と電話があった。「もっと早く言っておけば良かった」
▽夫婦同然
現在のパートナーと2018年に知り合うと、すぐに意気投合した。5月5日の夜に初めて顔を合わせ、26日には札幌市内の百貨店で結婚指輪を買ったほどだ。
6月6日、互いの家族や友人が見守る中、札幌市パートナーシップ宣誓の手続きをした。性的マイノリティーの人たちは現行法上、結婚することができない。代わりに、人生のパートナーとして協力し合うことを約束した関係だと、札幌市長に誓約する制度だ。受領証を受け取り、感動して泣いた。
7月16日、共同生活をする上での決まり事を定めた契約書を交わした。住民票上も一緒の世帯として登録され、携帯電話やクレジットカードなど多くの民間企業も2人を家族として扱っている。結婚の意思を持って一緒に生活し、周囲も受け入れる。「社会の一員として認められ、とても心地よかった」
北海道庁に提出した自作の「要望書」を眺める=2023年10月
▽扶養手当認められず
勤務先である北海道庁にはパートナーを配偶者として届け出て、7月19日に寒冷地手当の増額を、23日に扶養親族がいる場合に支払われる扶養手当を申請した。「ちゃんと説明すれば分かってくれるはず」と職場を信頼していた。20日には、地方職員共済組合にパートナーの保険証交付を求め、被扶養者として認定するよう申し込んだ。
ところが、申請はいずれも認められなかった。道庁人事局の担当者らは11月、会議室に佐々木さんを呼び、次の通り理由を説明した。
(1)国やほかの都府県で、自治体の同性パートナーシップ制度の利用を理由に手当を認定した事例が確認できない
(2)札幌市の制度は結婚制度とは性質が異なる
(3)手当の支給は公金の支出であり、職員間の公平性の確保と納税者の理解が必要
佐々木さんは諦めない。難航した場合に備えて手作りしていた「要望書」を担当者に手渡したのだ。家族らが署名した内縁関係の証明書のほか、道外の性的マイノリティーに関する施策などの資料を独自にまとめたもので、厚さ2センチのボリューム。大変な作業だったが「私は私であることを認めてほしい」との思いが支えとなっていた。
しかし、要望書を受け取った担当者の反応は薄い。待っても返答が来ない日々が続いた。気になった佐々木さん側は、検討状況について情報開示請求をしたが、2019年4月上旬に届いた通知は「不存在」。官公庁は意思決定過程を書類で記録に残すのが基本中の基本だ。それが存在しないということは「えっ、何も検討していないの」。ぼうぜんとした。
諦めきれず、4月18日に再度、道庁に扶養手当などの申請をした。共同名義で購入したマンションに2人で転居することなど、新たな理由を追加したが、再び退けられた。「職場から完全に無視された」。仕事への意欲も失い、6月に退職した。
判決後の報告集会で発言=2023年9月
▽提訴
社会福祉士として再スタートを切っても、胸のつかえは取れなかった。道庁は、異性カップルならば事実婚でも扶養手当を支給している。北海道がまとめた「人権施策推進基本方針」では「性的マイノリティーの人権」が明言されている。道庁の態度は、この方針と矛盾しているのではないか。2021年、精神的苦痛に対する損害賠償と、未払いとなっていた手当の支払いを求め、提訴に踏み切った。
判決を控え、札幌地裁に向かう=2023年9月
▽厳格解釈
ところで、北海道給与条例と地方公務員等共済組合法には、いずれも「配偶者」という言葉が出てくる。そして条例は「届出をしないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む」、共済組合法でも「婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む」と規定している。
裁判で争点となったのは、この部分。つまり「事実婚」の相手に同性パートナーが該当するかどうかだった。
札幌地裁は2023年9月11日の判決で「該当しない」と判断した。理由はこうだ。
「条例と共済組合法には『配偶者』や『婚姻関係』が何を指すかを定めた特別の規定がない。このため、一般法である民法の概念が前提となっていると考えられる。だから条例と共済組合法にいう『事実婚』は、法律上の結婚と同視できる関係を指す。同性間は婚姻の届出をすることができないのだから、事実婚には含まれない」
判決内容を知った佐々木さんは憤った。「形式的な判断で、結論ありきだ」
専門家はこの判決をどう見るか。家族法が専門の棚村政行・早稲田大教授は「少数者の人権を守る最後のとりでとしての司法の役割を放棄するに等しい」と批判している。
憲法が専門の建石真公子・法政大教授も「原告の人権を保護しようとしていない」と批判し、こう指摘した。「自治体は給与や手当支給についての裁量権があり、時代遅れの解釈に縛られる必要はない」
判決は実際、多様性尊重を求める国際社会や国民の機運に水を差すような内容と言えそうだ。日本は先進7カ国(G7)で唯一、性的指向や性自認に基づく差別を禁じる国レベルの法令を定めていない。6月には「LGBT理解増進法」が施行されたが、保守派の意見を入れて「全ての国民が安心して生活できるよう留意する」と多数派に配慮する条項が追加され、かえって差別を助長するとの反発を招いた経緯がある。
議論が停滞する国会を尻目に、一部の自治体では国に先駆けて、同性カップルを事実婚とみなして扶養手当を支給する動きが出始めている。共同通信社が9月に調査したところ、少なくとも1都9県が「同性パートナーのいる職員に扶養手当を支給できる」と回答した。つまり、北海道庁が佐々木さんの申請を拒否した3つの理由のうち、(1)は現時点では当てはまらないことになる。
東京都は昨年11月、パートナーシップ宣誓制度を開始したのに合わせ、職員の給与に関する条例を改正。同性パートナーがいる職員も支給対象とした。長野県も今年8月にパートナーシップ届出制度を始め、扶養手当も事実婚と同様の扱いにした。担当者は「同性カップルの人たちが暮らしやすい社会を目指す」と強調。岩手県の担当者も「事実婚と同じと解釈している。多様性を認める県の姿勢だ」と説明した。
判決後、涙を流した=2023年9月
▽控訴せず
判決には納得がいかなかったものの、佐々木さんは控訴しなかった。「自分ができることは全部やった。これからは自分やパートナー、家族を大切にして生きていきたい」。裁判では顔と実名を公表して臨んだ。理由は、当事者ではない人も一緒に考えてほしかったからだ。結果は負けだったが「私に課せられた役割は、世の中にはマジョリティーが気づかないマイノリティーへの差別があり、そのような差別が堂々とまかり通っていることを知ってもらうことだった」。そう言って胸を張った。
判決後、札幌地裁前で取材に応じる佐々木カヲルさん=2023年9月
▽当事者意識の欠如
北海道の鈴木直道知事は判決翌日の9月12日、定例記者会見で判決について問われると「国の取り扱いを踏まえて適切に対処している」と答えた。国家公務員の待遇に準じた対応だったとも強調し、引き続き同性パートナーのいる職員には扶養手当を支給しない考えを改めて表明。そしてこう続けた。
「国においてしっかり議論を進めてもらう必要がある」
鈴木知事の発言を聞いた佐々木さんは「また国のせいにしている」と、当事者意識のない姿勢にあきれていた。
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