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「金大中大統領の誕生を祝福します」そう言い残して死刑囚は刑場に消えた 死刑賛成の世論が7割の韓国で、死刑廃止は実現するのか【韓国の死刑・後編】

47NEWS / 2023年11月19日 10時0分

2023年3月、死刑廃止を求める記者会見を行うキリスト教の関係者ら=ソウル(聯合=共同)

 軍事独裁政権と民主化運動の経験などから、死刑は政治的に敏感な問題として位置付けられてきた。では、韓国社会の受け止めはどうなのだろうか。後半では、韓国の世論や関係者の声について考えたい。(共同通信=佐藤大介)

「事実上の死刑廃止国」韓国で起きている「死刑再開論」 制度は維持され確定死刑囚は59人に、世論に押され執行施設を点検?【韓国の死刑・前編】

 ▽増える死刑賛成

 韓国で、長年にわたって死刑廃止運動に取り組んできたのが宗教界だ。1989年に死刑廃止運動協議会が設立された際、中心となったのはカトリックやプロテスタント、仏教などの宗教関係者だった。
 カトリック人権委員会の張藝浄(チャン・イェジョン)常任活動家は「冤罪の人が死刑になる可能性があるのは、軍事独裁政権時代に証明されている。野蛮で非人道的な死刑制度は、すぐに廃止すべきだ」と話す。だが、そうした意見は決して多数派ではない。


 2018年に韓国の国家人権委員会が行った世論調査では、死刑制度について「必ず維持すべき」(19・9%)、「維持されるべきであるが、死刑判決や執行には慎重を期すべき」(59・8%)と、賛成意見が79・7%を占めている。一方、反対の意見は「すぐに廃止すべき」(4・4%)、「いつかは廃止しなくてはならない」(15・9%)で、合計が20・3%と大きな開きがある。
 ここで注目したいのが、同委員会が2003年に行った同様の調査結果との比較だ。2003年は死刑制度の賛成意見が65・9%で、反対意見は34・1%だった。15年間で、死刑に反対の意見は13・8ポイントも減少したことになる。特に顕著なのが、強固な賛成と反対意見の変化だ。死刑制度を「必ず維持すべき」との意見は、8・3%から19・9%に急増し、一方で「すぐに廃止すべき」との意見は13・2%から4・4%に減少している。

 ▽死刑賛成の弁護士「凶悪犯が更生する可能性はゼロ」

 こうした数字は、日本政府が死刑制度の是非を尋ねた2019年の世論調査で、約8割が「死刑もやむを得ない」と回答した結果と重なる。死刑執行が25年行われておらず、国際人権団体から「事実上の死刑廃止国」に認定されている韓国でも、死刑に対する世論は、死刑執行を続けている日本と大きく変わらない状況となっている。
 死刑制度を支持し、2022年6月には「死刑を執行せよ!」というタイトルの著書を出版している弁護士の金泰洙(キム・テス)さんは「凶悪犯罪を防ぐため、世論が死刑を必要としているのは明らかだ」と力説する。
 金さんは「泥棒を刑務所に入れても、出てきたらまた泥棒をする。強姦をした犯人も、出所したらまた同じことをする。犯罪の多くは繰り返しによって起きている。これが今の韓国だ」とし、死刑を廃止することによって、凶悪な罪を犯した人が再び社会に戻ることの危険性を指摘している。
 「凶悪犯は生まれつきのもので、更生する可能性はゼロに等しい。裁判の時間だけで、判事はどうやって本人が反省しているのかを見極めるのか。反省した犯人を、私はまだ一人も見たことがない。私の周りの弁護士も同じだ。人間は反省する存在ではなく、ただその場に合わせているだけなのだ」
 そう語る金さんの言葉は、かなり手厳しい。冤罪の可能性については「重要な課題」としつつも、「そうした可能性が完全に否定されないからといって、死刑の効果までをすべて否定してしまうのはおかしい」と話す。出版後、励ましや賛同の声が届くことはあるが、反対の意見はないという。

 ▽国会での死刑廃止法案、7回上程するもすべて廃案に

 死刑に賛成する世論が高ければ、政治家の行動にもおのずと影響を与える。韓国の国会ではこれまで7回、死刑廃止法案が上程されたが、いずれも審議未了で廃案となっている。死刑再開の世論が高まる中でも、国会での死刑に関する議論は低調だ。
 在職中に2回、死刑廃止法案を上程した元国会議員の柳寅泰(ユ・インテ)さんは「韓国で死刑廃止の世論が盛り上がったことはなく、廃止は国会の判断によるしかないが、議員は票で生きている存在。世論を意識せざるを得なくなる」と話す。法案を取りまとめた段階では、過半数の議員から賛同を得ていたが、実際の審議には消極的になる人が相次ぎ、採決に至ることもできなかったという。


国会に死刑廃止法案を2度上程したものの、廃案になった経緯について話す元韓国国会議員の柳寅泰さん=2023年9月

 朴正煕(パク・チョンヒ)政権下で民主化運動に参加し、死刑判決を受けた経験を持つ柳さんは「韓国が再び死刑を執行する国となるのは、現実的に難しい。それに合わせて制度も見直すべきだ」とし、国会での議論を呼びかけている。
 また、最大野党「共に民主党」の国会議員で、死刑廃止法案を提出した経験のある李サンミンさんは「野党内にも保守的な考えを持つ人が増えており、死刑廃止を推進する勢力が弱まっている」とし、韓国での死刑廃止は「とても難しい状況だ」と見る。
 死刑再開の可能性については「『事実上の死刑廃止国』という立場を覆す判断は容易ではないが、凶悪犯罪に対する社会的警鐘を鳴らすとして、執行に踏み切ることも否定できない」と憂慮を示した。

 ▽殺人事件は減少、死刑の抑制効果は不透明

 凶悪犯罪の続発を背景にした死刑再開の世論に、疑問を投げかける専門家もいる。
 韓国刑事法務政策研究院研究委員の金大根(キム・デグン)さんは「統計では、殺人などの凶悪犯罪は減少傾向にある。死刑によって犯罪が抑制されるという検証結果はどこにもない」と指摘する。韓国警察庁によると、韓国での殺人事件(未遂を除く)は2011年が427件発生していたが、2021年は270件だった。
 「国家が社会的制裁を考えるとき、最も簡単に直感へ訴えられるのが死刑。だが、そこにどこまでの効果があるのか、という問題は常に付きまとう」。そう話す金さんは、国際的に見ても死刑廃止が世論によって導き出されるケースは見当たらないとし、人権に関わる問題を世論に委ねるべきではないとも主張する。
 金さんは「例えば、女性の参政権を剥奪せよという世論が多数となれば、それを認めていいのか。人間の尊厳にかかわる問題を世論によって判断するのは間違いであり、死刑の問題も当然そこに含まれる」とし、国会が責任をもって議論すべきだと強調した。


死刑など、人権に関わる問題を世論に委ねるべきではないと話す韓国刑事法務政策研究院研究委員の金大根さん。手前の手紙は、面会を重ねる死刑囚からの手紙だ=2023年9月、ソウル

 ▽「死刑はもう一つの殺人」 死刑執行に立ち会った神父の思い

 死刑に関する議論がメディアで報じられる中、再開を求める世論に複雑な思いを抱いている人がいる。
 韓国西部・忠清南道(チュンチョンナムド)扶余(プヨ)郡の教会で神父を務める孟世永(メン・セヨン)さんだ。孟さんは韓国でこれまで最後に死刑が執行された1997年12月、大田刑務所で2人の執行に立ち会った。
 その年の1月から同刑務所のカトリックの教誨師となっていた孟さんは、2人の死刑囚を担当した。そのうちの1人は20歳代の青年で、目が悪かったが熱心に聖書を読み、自らが犯した殺人の罪を深く悔いていたという。


1997年の死刑執行に立ち会った経験を持つ神父の孟世永さん。死刑は「国家による殺人だ」と廃止を求めている=2023年9月、韓国西部・忠清南道扶余郡

 孟さんが死刑を執行する報せを受けたのは、前日の12月29日のこと。刑務所から「死刑執行があるので明日朝に来てほしい」とだけ言われ、パニック状態になったという。「死刑に立ち会った経験のあるソウルの教誨師に電話で相談をし、執行を準備する音を聞かせないように、死刑囚と大きな声で賛美歌を歌うように言われた」と話す。
 刑場で会った死刑囚の青年は、落ち着いた様子で「神と家族に感謝したい」と述べ、被害者への謝罪を口にした。さらに、最期の言葉を聞かれると「金大中氏の大統領当選を心から祝う。いい大統領になることを祈る」と答えたという。
 「握手をして抱きしめ、君はこれから神様のところに行くのだ、とてもよく準備をしたと話をした。刑務官は立ち会わず、2人だけで話をしたが、もう死の準備ができている様子だった。執行後に棺を開けて顔を見たが、穏やかな表情だった」
 そう話す孟さんだが、もう1人の執行時に起きたトラブルに話しが及ぶと、表情がより暗くなった。「この時は(同刑務所で)6人が執行されたが、彼が最初だった。落ち着いて絞首台に立ったが、トラブルで踏板が開かず、執行までに時間がかかった。どれほどの恐怖と苦しみだったかと思うと胸が痛む」
 執行に関わった刑務官の中には、気持ちを落ち着かせるために酒を飲んでいた者もおり、執行後はトラウマ(心的外傷)を抱えるケースもあったという。
 孟さんは言葉に力を込めて、こう話した。「死刑の実態を知らないまま、再開の声が上がっている。凶悪犯罪の恐怖を鎮めるために死刑を用いても、根本的には解決にならない。社会の重荷を安易に払拭するため、国家が命を奪うことは間違っている」

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