A級戦犯はなぜ太平洋に散骨されたのか 75年前の極秘文書発見 アメリカ軍は「超国家主義」の復活を恐れていた
47NEWS / 2023年11月28日 10時0分
「極秘」のスタンプが押された75年前の米軍公文書が見つかった。そこには、極東国際軍事裁判(東京裁判)で死刑となった東条英機元首相らA級戦犯の遺骨を太平洋に散骨した理由や経緯が記されていた。「英雄や受難者として崇拝される可能性を永久に排除すべきだ」。第2次大戦後の日本で軍国主義の再来を防ごうとした米軍。日本の戦時体制を指す「超国家主義」の復活を恐れ、散骨を決めた過程が鮮明に浮かび上がった。(共同通信=野見山剛)
東条英機元首相
▽今も昔も変わらない米軍の論理
米軍の公文書の記述を遺族はどう受け止めるのか。東条元首相のひ孫の英利さんに連絡を取り、概要を伝えると冷静なコメントが返ってきた。
「ビンラディン容疑者も水葬でした。米軍が遺骨を海に散骨した理由は特に驚きません」
ビンラディンは国際テロ組織アルカイダの指導者で、2001年9月11日の米中枢同時テロの首謀者だ。米軍は2011年5月、パキスタンで殺害後、アラビア海上の空母から遺体を水葬にした。当時の米メディアの報道によると、埋葬すれば遺体を奪還するための攻撃が起きる可能性を米政府は懸念したという。
東条元首相らは、米国など連合国が1946年5月に開廷した東京裁判で「平和に対する罪」などに問われた。1948年11月に東条氏ら7人に死刑判決が言い渡され、12月23日に東京の巣鴨プリズンで処刑。その日に横浜市に運んで火葬後、米第8軍のルーサー・フライアーソン少佐が軍用機から太平洋に散骨した。
戦犯の海洋散骨とビンラディンの水葬は、半世紀以上の隔たりがあるものの、敵対した指導者が崇拝対象にならないよう海に葬る点が共通している。1948年に作成された公文書から、21世紀になっても変わらない米軍の一貫した論理がにじんだ。
連合国軍総司令部(GHQ)のあった第一生命ビル=1946年
▽公文書発見の端緒はネット検索の情報
入手した公文書は、米メリーランド州の米国立公文書館新館が所蔵していた。戦後の日本占領期に、旧日本軍の戦争犯罪に関する業務を担った連合国軍総司令部(GHQ)法務局の文書の中に埋もれていた。
取材の端緒はインターネットでの検索だった。かつて戦犯裁判に関する取材で米軍の記録に目を通した経験を踏まえ、「戦犯」「処刑」「最終処分」などの英単語を組み合わせて入力。目に留まった外国人研究者の論文の脚注などを手がかりに、東京・永田町の国立国会図書館で、関連しそうな米国立公文書館所蔵の複写文書を閲覧した。
ただ、複写文書はフィルムに焼き付けたマイクロ資料と呼ばれる形態で、ページによってはアルファベットの小さな文字がほぼつぶれていた。その中に戦犯の散骨に触れた文書が紛れ込んでいることに気付いたが、全文を読み取れない。そこで文書に記された資料番号に基づき、つてを頼り米国立公文書館から複写を入手すると、ほぼ鮮明に読むことができた。
A級戦犯が太平洋に散骨された事実は、かつて日本大生産工学部の高澤弘明准教授(法学)が米国立公文書館で資料を入手し、判明した経緯がある。今年1月、高澤准教授に連絡を取り、他の資料とも突き合わせ、半年ほどかけて公文書の記述を精査した。
米国のデーリー・ニューズ社から入手した写真。ナチス・ドイツの戦犯を裁くため、ドイツで開かれたニュルンベルク裁判=1945年11月(AP)
▽米軍の「参謀研究」に記された検討プロセス
入手した公文書は1948年6~8月、GHQ最高司令官のマッカーサー元帥が率いる米極東軍が作成した。東京裁判が48年4月に結審した直後に当たる。判決の期日は決まっていなかったが、後は判決を待つだけの状況となっていた。
一連の公文書で目を引いたのが、48年7月21日の「参謀研究」だ。処刑後の戦犯の遺体をどうするかについて7ページにわたり詳述。東京・丸の内に拠点を置いた米極東軍補給部のマイケル・リビスト少佐が参謀長宛てに提出し、結論部分で次のように記されていた。
「戦犯の遺体の最終処分では、英雄や受難者として崇拝される可能性を永久に排除すべきだ。米軍の監督下で火葬し、秘密裏に散骨すれば、この目的を達成できる」
東京裁判に先立つ1945年11月~46年10月、ナチス・ドイツの戦犯を裁いたニュルンベルク裁判にも触れていた。ナチス死刑囚が川に散骨された措置を踏まえ「戦犯の遺骨を秘密裏に処分する先例が確立された」と明記した。
これまで散骨の理由を巡っては、A級戦犯の処刑に立ち会ったGHQのシーボルト外交局長が著書「日本占領外交の回想」で「指導者たちの墓が将来、神聖視されることのないように、遺灰はまき散らすことになっていた」と記述していたが、公式な文書は見つかっていない。「参謀研究」により、散骨の理由に関する米軍の見解が公文書で初めて裏付けられた。
GHQが軍国主義の象徴とみなした靖国神社を見物する進駐軍兵士の一団=1945年9月12日、東京都千代田区
▽米軍が懸念した日本の超国家主義の復活
米軍の「参謀研究」には、戦犯の遺体を巡る懸念が示されている。
「戦犯の遺体処分に関し、いかなる形であれ、日本で超国家主義的精神の復活に利用されることを永久に防ぐ」
米国は戦後間もない1945年9月に「初期対日方針」を公表。占領政策の目的について日本が再び脅威にならないようにするとし、具体策として超国家主義や軍国主義の除去などを掲げた。
超国家主義は当時、日本の戦時体制を分析する上でのキーワードだった。政治学者の丸山真男が1946年に発表した著名な論文「超国家主義の論理と心理」は、次のような書き出しで始まる。
「日本国民を永きにわたって隷従的境涯に押しつけ、また世界に対して今次の戦争に駆りたてたところのイデオロギー的要因は連合国によって超国家主義とか極端国家主義とかいう名で漠然と呼ばれている」
米軍は日本での軍国主義の再来も警戒していた。「参謀研究」には「日本の潜在的な戦争能力を破壊する使命がある」などと強い表現が並ぶ。
超国家主義や軍国主義の除去という占領方針に照らし、米軍が戦犯の遺体の扱いを検討した側面も見えてきた。
▽海洋散骨を主導したキーパーソン
一連の公文書で起草者として頻繁に登場するのがマイケル・リビスト少佐だ。所属する米極東軍の補給部は、物資の後方支援などを担当。リビスト氏は戦没者部門で、日本で戦死した米兵の遺体回収や送還などを主な業務としていた。
リビスト氏は1948年7月21日の参謀長宛ての文書で、超国家主義の復活を防ぎ、戦犯を崇拝対象にしないため、火葬して遺骨を秘密裏に処分するよう求めた。8月6日の文書では「日本人は天皇に命をささげた人々を階級にかかわらず祭る傾向がある」と指摘。指導者のA級戦犯と、捕虜虐待などのBC級戦犯を一律に扱い「処刑された全ての戦犯を火葬し、秘密裏に処分することが望ましい」と提案した。
これを受け、マッカーサー元帥は8月13日、処刑された戦犯を一律に海へ散骨する方針を決定。リビスト氏の提案が米軍の意思決定に直結した経過が明らかになった。リビスト氏が戦犯の散骨方針の青写真を描き、主導的な役割を果たしたのは間違いない。
巣鴨プリズンのA級戦犯とBC級戦犯の処刑跡地に建てられた記念碑=2021年12月6日、東京都豊島区
▽横浜に一時埋葬されたBC級戦犯の遺体
捕虜虐待などの戦争犯罪で裁かれ、処刑されたBC級戦犯の遺体の行方も「参謀研究」に記録されている。
「横浜市の米軍墓地の敵兵区域に、処刑された戦犯14人の遺体を埋葬している」
1945年12月~49年10月、米軍は日本国内で唯一のBC級戦犯裁判を横浜市で開き、51人が処刑された。「参謀研究」の埋葬数は、文書作成の48年7月21日時点の数字とみられる。
占領期、米軍は横浜市中区山手に仮設墓地を設け、日本への空襲などの際に戦死した米兵を埋葬していた。その一角に横浜裁判で処刑された戦犯が埋葬されていた事実が初めて判明した。
米軍は1948年8月13日に決定した戦犯の海洋散骨方針で「既に埋葬している遺体はできるだけ速やかに掘り起こし、火葬して散骨することが望ましい」と命じている。
埋葬の遺体を含め、処刑された51人は横浜市で火葬された。だがその後、実際に海に散骨されたかどうかは米軍の記録が現時点で見つかっていない。日本側は火葬場に骨や遺灰の一部が混ざった状態で残っていたとして、個人の特定はできないまま、1953年に遺族に分けて返還した。
降伏のため山を下り、米軍陣地に向かう山下奉文司令官=1945年9月、フィリピンのルソン島(米陸軍機関誌より、ゲッティ=共同)
▽フィリピンの墓地から消えた遺体の行方
BC級戦犯を巡っては、米軍の「参謀研究」に「フィリピンのカンルーバン墓地に戦犯65人の遺体を埋葬している」との記述もある。
米軍は横浜のほか、フィリピン・マニラでもBC級戦犯裁判を開廷。「マレーの虎」の異名を持つ山下奉文陸軍大将や、「バターン死の行進」の責任を問われた本間雅晴中将ら69人が処刑された。その大半がカンルーバン墓地に一時埋葬されたが、遺体は行方知れずとなっている。
広島市立大広島平和研究所の永井均教授(日本近現代史)によると、カンルーバン墓地には旧日本軍の捕虜も埋葬されており、1948年12月下旬~49年1月初旬、約5千体の遺体が長崎県佐世保市に送還された。米軍は同墓地を撤去する計画だったため、永井教授は同じ時期に戦犯の遺骨が散骨された可能性があると指摘し、次のように語った。
「米軍は記録を細部まで残し、上官に報告していた。今後、BC級戦犯の遺骨を散骨した記録が見つかる可能性はある」
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