「車を運転していたら、道が急に分からなくなった」61歳で軽度認知障害、でも希望はある 新薬レカネマブの適用対象、鍵となるのは早期の受診・診断
47NEWS / 2023年12月9日 10時0分
神奈川県の男性(61)は昨年11月、仕事で車を運転中、道が分からなくなった。おかしいと思って脳神経外科を受診し、検査を受けた。すると「数値が異常」と言われ、別の病院で改めて検査を受けたところ、軽度認知障害(MCI)と診断された。
61歳で認知症…今後の生活に不安はあるが、希望もある。新薬の開発が相次いでいるからだ。
認知症の一種、アルツハイマー病の新薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」は、販売開始に向けた準備が進んでいる。ただ、この薬が投与できるのは「早期の人」だけ。理由は病の進行を完全に止めるわけではなく、一時的に抑制する効果が確認されているためだ。物忘れなどの症状が出なかった状態に戻す、いわゆる〝完治〟も期待できない。それでも進行を遅らせることができれば、より長く自我を保てる可能性が高まる。鍵は「早期診断」。どういう症状があれば、受診すべきなのか。(共同通信=村川実由紀)
アルツハイマー病新薬「レカネマブ(商品名レケンビ)」(エーザイ提供)
▽薬の開発が希望になっている
61歳で軽度認知障害(MCI)と診断された男性が受診しようと思ったのは、少し前から「忘れやすくなっている」という自覚があったから。
システムエンジニアの仕事をしていたが、新型コロナウイルス感染症の流行でリモートワークが増加。その結果、他の人と直接やり取りをする機会が減った。以前は、少し気になることがあれば職場で周囲に確認することができた。しかし、自宅ではそういうわけにはいかない。そのことにストレスを感じていた。家族からも「こないだも言っていたでしょ」と言われることが増えていた。
そこへ道が分からなくなったことが重なり、ひょっとしたら、と受診を決めた。診断された現在はこう思っている。「このままの状態で悪くならなければ良いと思っている。だから、薬の開発が希望にはなっている」
日本認知症学会、レカネマブの実用化を前に専門家らが対応を議論した=11月24日、奈良市
▽軽度認知障害と軽度のアルツハイマー病
記憶力や判断能力に影響が出る認知症のうち、6~7割を占めるのがアルツハイマー病だ。アルツハイマー病の人の脳内には「アミロイドベータ」や「タウ」と呼ばれるタンパク質が蓄積している様子がみられ、次第に神経細胞が減っていく。多くの場合、最初は物忘れなどの症状が出て、徐々に日常生活に支障が出るようになる。診断の際は問診や脳画像、脳脊髄液の検査などを行う。
新薬のレカネマブは人の体の免疫の働きを応用した「抗体薬」で、神経細胞を傷つけている可能性があるアミロイドベータにくっついて除去する働きが期待されている。2週間に1回、約1時間かけて点滴で投与する。
臨床試験(治験)では症状が進むのを約27%抑制する効果が確認された。その一方で脳の浮腫や出血といった副作用が一定の割合で出たことも報告されている。このため、使用の条件として、リスクについて十分に説明ができるような医師の下で同意を得ることが前提となっている。
ネックの一つは値段だ。既に承認されたアメリカでは、標準的な価格が年2万6500ドル(約390万円)。日本でも高額になる見通しで、個人の負担や医療財政への影響を心配する声が上がっている。
この薬は日本の製薬会社のエーザイと米国のバイオジェンが共同開発し、9月に日本政府が製造販売を認めた。現在は、保険適用するかどうかや薬の価格などについて、検討が行われている。進捗状況によっては、早ければ年内にも販売が開始される可能性がある。
東京都健康長寿医療センターの井原涼子・脳神経内科医長=11月24日
▽受診すべき症状とは?
投与の対象は、アミロイドベータが脳内に蓄積した軽度のアルツハイマー病の人と、その前段階の軽度認知障害(MCI)の人だ。症状が進行してしまった場合には使えない。このため、どうしても早期の受診・診断が重要になる。
では、どんな症状があれば受診すべきか。
診断に詳しい東京都健康長寿医療センターの井原涼子・脳神経内科医長はこう説明する。「物忘れが繰り返しみられる場合は受診してほしい」
高齢になれば物忘れは当たり前と思い込み、医療機関に行かない人は多い。それでも、一度受診することで、たとえレカネマブの投与対象にならなくても利点は多い。
従来から使われる薬の投与につながったり、症状に適した生活環境を整えるきっかけにもなったりするためだ。
神奈川県の61歳の男性にとっても、心の支えはレカネマブだけではないという。家族の勧めで地域の相談会に行き、認知機能に不安がある人をサポートしている人と知り合うことができた。その結果、イベントに参加したり、ゴルフに行こうと誘われたりするようになった。「声をかけてくれる存在は貴重でありがたい。きっかけをくれた家族、出会いに感謝しています」
首相官邸で開かれた「認知症と向き合う『幸齢社会』実現会議」=11月13日
▽進む認知症との「共生」
高齢化に伴い、認知症を抱える人は増えている。2040年には、65歳以上の4人に1人、約950万人に達すると推計されている。こうした状況を背景に、認知症との共生に向けた動きが進んでいる。
日本認知症本人ワーキンググループの藤田和子代表理事によると、求められるのは、これから認知症とともに暮らしていく本人や家族にとって希望となる情報の伝達だ。「支援団体や企業でも、共生社会の実現に向けた取り組みが始まっている。そうした情報は本人やその家族にとって希望となるので、受診などの際に、うまく伝わるようにしてほしい。医療者も、認知症とともにどう暮らしていきたいかを本人にきいて、いろんなところにつなげてほしい」
今回の新薬の承認は、認知症治療の分野で大きなインパクトをもたらしたが、恩恵を得られる人は限られる。症状が進行した人にも効果が出るかもしれない神経再生の研究も始まっているが、実用化までには時間がかかるとみられる。
2024年には、認知症の人が尊厳や希望を持って暮らせるようにする認知症基本法が施行される見通しだ。
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