「朝起きると人が死んでいる」アメリカの“ゾンビタウン”でソン・ジェウンは「祖国に帰りたい」と語った ホームレスになった韓国人移民2世の壮絶人生【2023アメリカは今】
47NEWS / 2023年12月8日 10時0分
ゴールデン・ゲート・ブリッジなどで知られる米国の大都市サンフランシスコ。11月に開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の取材で中心部を訪れると、都市はすさみ、道ばたにはホームレスとなった多くの人々が横たわっていた。「ゾンビタウン」とも呼ばれる貧困地域で出会った韓国人移民2世ソン・ジェウンさん(45)は言葉を選びながら過酷な半生を振り返った。(共同通信ワシントン支局 金友久美子)
米サンフランシスコの街並み=11月17日(共同)
▽岸田首相が泊まった高級ホテルから2ブロック先の貧困地域
サンフランシスコの中心部に位置する貧困地域テンダーロイン地区は、APECに参加するため岸田文雄首相ら日本政府関係者が宿泊した高級ホテルに隣接する。ホテルからわずか2ブロック先からは多くの路上生活者が暮らし、違法薬物がそこかしこで売買されていた。薬物中毒になった人々がまるでゾンビのようにうなだれて歩き回ることから、ゾンビタウンとも呼ばれるようになった。
「ある朝、テントから出ると死んでいる人がいる。1人や2人じゃない」。こう語るソン・ジェウンさんは10年以上前から路上生活を続ける。日本人記者と知って「アジアから来たのか」と、取材に応じてくれた。
ソウル出身で2歳のときに両親に連れられ、米国に移住した。米国生まれで米国籍を持つ弟が頼りだったが、2012年にがんで亡くした。「死んでしまったことを今も受け入れられない」。ジェウンさんは米国籍を申請したが却下され、今は天涯孤独の身だ。
ソン・ジェウンさんらが暮らすテント。周囲にはテントがない人もいた=11月11日(共同)
▽親族がいるかも分からないが心焦がれる故郷
渡米後は両親らとフロリダ州やマサチューセッツ州、ロサンゼルスなど全米各地を渡り歩いた。サンフランシスコの教会に勤めていたが、仕事を失い路上に出た。新型コロナウイルス禍以降は、路上生活者が目に見えて増えたと言う。
「ネガティブな理由でこの街に来た人もいるし、支援が得られるからあえて来た人もいる。集まった理由は個人によってさまざまだ」。冬が近づき死者が増えることを懸念するソン・ジェウンさんが長年願うことはただ一つ「ソウルに帰りたい」。親族がいるかも分からず、連絡先も知らない。帰国すべくいろいろな方法を試したが、いずれもうまくいかなかったという。それでも、故郷に帰る日をテントの中で待ち焦がれる。
「名前のスペルを書いてもらえますか」と最後にペンとノートを差し出すと、英語とともにハングルでソン・ジェウンと記し「これが私の名前です」とはにかんだ。
ソン・ジェウンさんがノートにハングルで記した名前=11月11日(共同)
▽路上には薬物を吸引するためのストローや注射器が散乱
ソン・ジェウンさんの友人で、一緒に暮らすサンフランシスコ出身の黒人男性カンリー・ハロウェイさん(51)にも話を聞いた。APECで当地を訪れるバイデン大統領に対して「誰もがリッチになれるような能力を持っているわけではない。みなが日々のやりくりにあがいていることを知ってほしい」と語る。
薬物を常用しているといい、視線はおぼつかない。教会などからのわずかな寄付をためて「ドラッグを買うしかない」と悲しい表情を見せた。一帯を歩くと、路上には薬物を吸引するためのストローや注射器、あぶった後の銀紙が散乱していた。
空き店舗にスプレーで書かれた「パレスチナ解放」の落書き。記念撮影する人もいた=11月12日、サンフランシスコ(共同)
▽サンフランシスコは破滅のループ?
地元紙「サンフランシスコクロニクル」は今年、「サンフランシスコは経済的衰退のワナにはまり、死ぬ可能性がある」と警鐘を鳴らした。米大手ITの拠点であるサンフランシスコは、新型コロナウイルス禍を受けてリモートワークが定着し、都市の中心部から労働者がいなくなった。人の出入りが減ったことで小売店は苦戦。今年8月には高級百貨店「ノードストローム」が店舗を閉じ、10月にはスターバックスの複数店舗が閉店に追い込まれた。
人通りの減少や小売店の閉店、路上生活者の急増に加え、犯罪の増加も市を悩ませている。11月にはAPEC取材に訪れたチェコのテレビクルーが銃をつきつけられて、機材を奪われた。繁華街での外国プレスを標的とした強盗事件に衝撃が走った。
地元紙の取材に対して、被害にあったボフミル・ヴォスタル氏は「われわれのカメラマンの腹部に銃をあて、わたしの頭にももう一つの銃をあてていた」と当時の状況を語った。
米サンフランシスコ中心部にある閉店したスターバックス=11月11日(共同)
▽アパートの家賃は3倍以上に高騰
一方で、サンフランシスコの荒廃ぶりが強調されすぎているという感想も持った。ゴーストタウンとも言われるが、街には観光客も多く、名物のケーブルカー乗り場には行列ができていた。海辺のシーフード料理屋はにぎわいをみせ、祭りの最中だったチャイナタウンも人でごったがえしていた。
街で聞くと「テンダーロイン地区は人ぷんが垂れ流され、汚臭がひどい」と語るが、実際に同地区で目立ったのは、小さな形状からすると犬のふんだったように思う。
路上では家や家財を失っても犬を飼っている人が非常に多かった。日本では見ない風景だ。犬たちは飼い主と一緒に寝そべり、一緒に散歩していた。米国では一軒家でもアパートでも犬を飼う人が一般的に多い。路上生活の人たちが「ゴースト」や「ゾンビ」扱いされながらも、日々の営みに喜びを見いだしている光景に思えた。
また、サンフランシスコは失業率が低く、日本企業の進出意欲もいまだ強い。チャットGPT開発元のオープンAIなど世界的に注目を集めるIT企業が本拠地を構え、新たなビジネスが生まれている。
最大の障壁は、高すぎる家賃だ。サンフランシスコの男性ホテル従業員は「1999年にはベッドルームが2部屋あるアパートの家賃が中心部でも月730ドル(約11万円)だった。いまや月3000ドル(約45万円)払っても、部屋が借りられないような状態になっている」と天を仰いだ。
観光客が多く訪れる米サンフランシスコの海岸沿い=11月11日(共同)
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