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先生が心を揺さぶられた、 不登校の子どもたちによる「お互いへの思いやり」 新形態の公教育「メタバース学校」は、優しさであふれていた

47NEWS / 2023年12月13日 10時30分

さいたま市教育委員会のオンライン授業のイメージ(教育委員会提供)

 10月4日午前10時、ある学校で朝のホームルームが始まった。先生役の指導主事がオンライン画面上で、笑顔で呼びかける。「おはようございまーす。寒暖の差があるので、体調管理に気をつけてね」
 すると、画面のチャット欄に児童生徒から「おはようございます!」などと、次々に書き込まれていく。子どもたちも顔や声を出せるが、顔出しする子は毎回、ほぼいない。コミュニケーションの手段はチャットがメインになる。さいたま市教育委員会が昨年4月に開設した不登校等児童生徒支援センター「Growth(グロウス)」。いわゆる、メタバース学校だ。
 文部科学省の2022年度の調査で、不登校の小中学生数が30万人に迫っている。うち約4割は、専門家の相談や支援を受けておらず、社会から孤立しかねない状況に陥っている。そんな中、さいたま市はインターネットの仮想空間「メタバース」に学校を開設。学びの機会と、安心できる居場所につながることが期待されている。現場を取材すると、相手を思いやって成長していく子どもの姿や、不登校に対する先生の視線の変化が見えてきた。(共同通信=小島孝之)


さいたま市教育委員会が開設したメタバース学校のイメージ(教育委員会提供)

 ▽子どもの顔が見えない学校
 グロウスの利用者は、30日以上学校を休んでいる児童生徒。10月末時点で小1から中3の265人が登録している。前年の同じ時期より1・5倍増えた。グロウスに登校すれば、元々通っていた学校に出席した扱いになる。1日当たりの登校者数は現在、100人程度だ。
 子どもたちは、メタバース上の教室で、自分の分身「アバター」を動かし、授業を受けたり、自習室で学習したりできる。授業は30~40分で1日3こまが週3回。参加は自由で、気乗りしなければ自習でもかまわない。
 中学生が学び直しのために小学生の授業を受けることも、その逆も可能だ。友達や先生のアバターとビデオ通話やチャットができ、おしゃべり専用の部屋や悩みを先生に個別に相談できる部屋も用意されている。


さいたま市教育委員会が開設した仮想空間「メタバース」上の学校=10月4日、さいたま市

 ▽支援につながらない子どもをゼロに
 なぜ、メタバースの学校をつくったのか。さいたま市教育委員会の篠谷瞳さんは語る。「心に傷を負った子どもたちに安心できる居場所と学びの機会も与えたい」。子どもたちの状況はさまざまで、別室なら登校できる子もいれば、家から全く出られない子もいる。一人一人の背景に合わせた学びの在り方が必要という。直接顔を合わせないメタバースであれば、参加への心理的負担を軽減できる。
 2022年度のさいたま市の不登校児童生徒は2103人で、うち757人が支援につながっていなかった。学びからも人間関係からも疎外されれば、未来の可能性が失われかねない。だからこそ「何にもつながっていない子どもをゼロにしたい」。


数学の授業を説明する大高恭介さん=10月4日、さいたま市

 ▽仲間の「いいね」が頑張るエネルギーに
 2時間目の算数の授業。「正方形の面積を求める公式は?」と先生が質問すると、子どもたちが「誰か教えて」「たて×よこ?」とチャットで反応する。先生は、書き込みまれた子どもたちの反応を手がかりに合いの手を入れたり、チャットにヒントを書いたりして授業を進めていった。
 この授業スタイルは、最初からうまくいったわけではない。グロウス開設時から中学生の数学を担当する指導主事の大高恭介さんは、悩んだ過去の経験を明かす。
 「去年の1学期はチャットの反応もほぼなかったし、やっていることに価値があるのか分からなかった」
 だが、夏休みに入ると保護者から思いがけず多くの感想が寄せられた。
 「毎日の目標ができて子どもの表情が明るくなった」
 「家庭の雰囲気が変わった」
 先生たちは、その感想から子どもたちの変化を感じ、力を得てきた。現在はチャットへの書き込みが活発になっている。
 大高さんは語る。「普通の教室では発言できない子もチャットなら書き込むことができる。自分の言葉で表現するのは成長にとって大切なこと」
 チャットでは、子どもたちが他の児童生徒を傷つけるような発言はほぼないという。むしろ、他者の発言を肯定し、「いいね」ボタンを押すのがほとんどだ。そのやりとりが「子どもが頑張るエネルギーになっている」(大高さん)と見ている。
 趣味や作品を共有できるチャンネルを開設してみると、子どもたちは自分で描いた絵や、楽器を演奏する動画など思い思いの表現を投稿した。投稿には、すぐに「上手だね」というコメントや「いいね」が付いた。篠谷さんは、やりとりを見ていて心が揺さぶられたという。
 「『自分の作品を見てもらいたい』という思いをずっと胸に秘めていたんだなと、気付かされました」


オンラインを使って授業をするさいたま市教育委員会の職員=10月4日、さいたま市

 ▽自尊心高め、家の外へ
 実際、メタバース学校に参加する子どもたちは自尊心を取り戻し、積極的になっているようだ。
 グロウスでは「オフ会」と称して月に1度、リアルに交流できる場を設けている。11月30日の会合で、参加者に話を聞いてみた。
 中学2年の女子生徒は、人が多い場所が怖くて外出が苦手だったという。でも、失敗しても温かい声をかけてくれる先生や仲間とオンライン画面上で触れ合う中で、心境に変化があった。「人への信頼感が高くなったし、こういう場所にも参加できるようになった。自分の積極性もちょっとずつ上がってきています」
 別の中学2年の女子生徒は、みんなの前でチャイコフスキーの曲をピアノで演奏。「楽しかった」とうれしそうな表情を見せ、こう語った。「グロウスに入る前は1日にあまり変化がなかったけど、いまは先生やみんなとコミュニケーションができて刺激がある」
 小学6年の女子児童は、いろいろな素材を切り貼りして、漫画のキャラクターの絵を制作した。「趣味を見せる人が家族しかいないので、みんなに見てほしかった」
 子どもたちに共通していたのが、自分の発表に満足するだけでなく、仲間の発表の感想や感謝を語っていたことだ。
 「すごく上手だった」「ダンスの振り付けは全部自分で考えたんだって」「緊張したけど、みんなが手拍子をしてくれた」
 「誰かから認められている」という感覚が、家の外に一歩踏み出すことを後押ししていた。


「メタバース」上の学校を説明するさいたま市教育委員会の職員=10月4日、さいたま市

 ▽一人一人を見られていなかったという反省
 先生たちにとって、担当する全員が不登校というのは初めての経験。試行錯誤の連続だ。例えば、子どもが前日にリアルな学校に登校してグロウスに戻ってきた時、どんな声かけをすれば安心できるのだろうか、不安を訴えられたり、傷ついている様子がうかがえたりする場合、どのように対処すればいいのか―と思いを巡らせている。
 グロウスには、授業を担当する指導主事の他に福祉や心理の専門家3人が常勤している。先生たちにとっては、サポート方法を相談できる相手がすぐ近くにいてとても心強いという。
 以前は中学校の教諭だった指導主事の大高さんは、過去の自分を振り返った。
 「子どもたちがそれぞれに課題や心のモヤモヤを持っているのに、自分はちゃんと見ていなかったという反省があります」
 学校現場にいたときは、教室で目の前にいる生徒への対応に必死で、不登校の子どもの背景事情までは思いが至らない面があった。でも、今は一人一人の興味や課題に目を向けることの大切さを考えるようになった。「普段、私たちに見えていないところに子どもたちの可能性が秘められている」。この感覚は、気付こうとする教師側の意識がないと得られないものだという。だからこそ、多くの教師にグロウスの取り組みを知ってほしいと願う。

 ▽通いやすい学校づくりの重要性
 文部科学省は不登校のプラスの面について「休養や自分を見つめ直す積極的な意味を持つことがある」と言及しつつも、支援がない児童生徒が11万人を超える現状には危機感を抱いている。
 今後は、グロウスのようなオンライン授業の環境整備や、学習指導要領に縛られないカリキュラムが組める「学びの多様化学校(不登校特例校)」の設置促進、空き教室を活用して学校内で不登校の児童生徒をサポートする「校内教育支援センター」の拡充などに予算を重点配分する。
 ただ、問題はそもそも不登校急増の原因は明確ではない点だ。2022年度に文部科学省が実施した「問題行動・不登校調査」では、学校が判断した不登校理由は、本人に起因する「無気力、不安」が51・8%と過半数を占めた。
 この結果に対し、文部科学省幹部は「実際は現場が原因を把握できないケースも多い」とみており、より詳細な分析が必要だとする。
 近畿地方の公立小のベテラン教諭は、子ども側の要因だけでなく「学校が通いやすい場所になっているか考える必要がある」と語る。「過度な決まり事や指導で、子どもが安心できない学校になっていないか」との問題意識があるからだ。
 教員の多忙化と不登校増加の関係も指摘する。子どもたちの困難の背景にある事情を聞き出し、対処する時間が持てなくなっているという。その上で、こう訴える。「現場の業務や授業を増やす方向で進めた文部科学省の施策が学校を窮屈にした面がある。子どもにも教員にも余裕が必要だ」

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