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後継ぎがいない!大黒柱の社長が倒れた工場、事業承継を託した相手は… 30代の元銀行員が目指す「脱家業」「脱下請け」

47NEWS / 2023年12月17日 10時0分

工場で従業員に声をかける近藤祐介社長=10月23日、滋賀県近江八幡市

 滋賀県近江八幡市のサンキコーは家業として半世紀近く、希土類(レアアース)を原料とする磁石などの精密研削加工を手がけ、多くの大手化学メーカーからその技術力を認められてきた工場だ。順調だったサンキコーは2020年、岐路に立たされた。当時社長だった西村幸恭さんが病に倒れたのだ。西村さんはこのとき働き盛りの50代。経営と技術の全てを取り仕切り、まさに大黒柱だった。

 元気なうちに経営を承継する必要性を感じた西村さんだが、自身の子どもはまだ小さく、家族には事実上、後継ぎがいなかった。西村さんが会社と従業員を託したのは、地方銀行の元行員で、ベンチャー企業の事業責任者を務めた経験を持つ近藤祐介さん(37)だった。2022年12月に社長に就任した近藤さんは、その直後に他界した西村さんの思いを胸に「脱家業」「脱下請け」を目指して奮闘している。(共同通信=松尾聡志)

 ▽不動産のように扱われ「もう売らん」
 西村さんの実姉で取締役室長を務める爪伴子さんによると、西村さんが倒れたのは1人で試作加工をしていたときだった。サンキコーは硬くてもろい材料の加工が専門。陶器を思い浮かべると分かりやすいが、中央で真っ二つにしても欠けたり割れたりしてしまう。そんな高度な技術を体系的に理解しているのは、50人近い従業員の中で西村さんだけだったという。

 寡黙で責任感が強かったという西村さんは病床でも工場の様子が見られるようにカメラを設置し、作業日報のデータ確認も欠かさなかった。闘病の傍ら事業承継を模索したが、持ちかけられるのは「今なら高く買ってもらえる」などと、自分の会社をまるで不動産のように扱う話ばかりだった。会社を引き継ぐかどうかの返事をせかされるケースもあり、西村さんは「もう売らん」と態度を一時硬化させたという。


西村幸恭前社長の実姉の爪伴子取締役室長(左)と近藤祐介社長=10月23日、滋賀県近江八幡市

 ▽「売却しない」事業承継会社
 西村さんの警戒心を解きほぐしたのは、後継者不足に悩む中小企業の事業承継を支援しているSoFun(ソーファン、滋賀県近江八幡市)だ。SoFunは、地銀出身の3人が企業の合併・買収(M&A)や地方創生などの業務に従事した経験を基に設立した。中小企業のオーナーらから株を取得して事業を引き継ぐが、「(株を売却して投資した資金の回収や利益を確保する)イグジットはしない」とうたう。

 SoFun取締役の手操圭介さんは「中小企業のホールディングス(持ち株会社)のようなイメージで、各社の事業を継続的に成長させて利益を得ることを目指している」と話す。同業者に売却したくない、良い経営者が来ればもっと業績が伸びると考える中小企業からの相談が多いという。

 SoFunが論理的な思考力や事業推進力を見込んで、後継者候補に選んだ一人が近藤さんだ。近藤さんは地域金融の担い手として10年ほど勤務した後、経営に直接携わる立場に転じたが、サンキコーの前に後継者含みで2年ほど務めた建設会社では苦い経験をした。オーナー企業が抱える課題を身をもって知ったことも白羽の矢が立った理由だ。

 その建設会社は家族経営で、従業員が30人ほど。就業規則もない状態だった。「会社らしくしてほしい」という社長の求めに応じて労務管理の改善を提案したが、社長は結局「この業界は四角四面にやっていたら無理」と言い出す始末だった。社長は近藤さんを親密な取引先に紹介するそぶりも見せず、経営を引き継ぐという話が信じられなくなった近藤さんは見切りを付けた。


サンキコーの本社=滋賀県近江八幡市

 ▽パスワードが分からず、パソコンの中身が見られない
 サンキコーの社長になった近藤さんが、前社長の西村さんと直接会ったのは5回ほど。西村さんが目をかけていたベトナムやタイからの技能実習生たちのために、一緒に家電製品を買いそろえに行ったのが最後だったという。西村さんが並走しながら、経営や技術を引き継ぐことは事実上かなわなかった。

 姉の爪さんが「特殊な機械が3台あって、それをどうするつもりだったのか聞けないままになった」というように、あらゆる判断を下していた西村さんを失ったサンキコーの日々の運営は戸惑いの連続だった。そもそも西村さんが使っていたパソコンはログインのためのパスワードが分からず、重要なデータが残っていたとしても中身が見られない状態だ。


サンキコーの工場内

 代替できない技術や知見を持っている熟練工も多い。近藤さんは「従業員それぞれが持つ情報を可視化し、いわば前社長の頭の中を再現するのが最大の課題だ」と指摘する。


希土類磁石の研削加工技術について説明する近藤祐介社長=10月23日、滋賀県近江八幡市

 近藤さんは翻弄されるばかりではなく、しっかりと事業の将来も見据えている。希土類磁石は電気自動車(EV)の普及で需要拡大が見込まれるが、現在のように下請けとして研削加工を受注するだけでは成長性が限られる。近藤さんは「表面処理や磁気を付ける着磁といった工程にも事業を広げ、ワンストップで担えるようにしたい」と意気込んでいる。業務手順やシステムの整備も進める方針だ。

 ▽一人一人が主人公、後継者は社内から現れるのか
 後継者を巡る問題は深刻化している。帝国データバンクによると、後継者難を理由とする倒産は2023年度上半期(4~9月)に287件と前年同期と比べ23・7%増加し、半期として過去最多を更新した。経営者の病気・死亡が全体の約4割を占め、後継者を選定できずに代表者が活動できなくなり、倒産するケースが目立つ。

 SoFun取締役の手操さんは、中小企業の事業承継について「オーナー家が株を持ったまま外部から後継者を招き入れてもうまくいかない」と分析する。高齢化したオーナーの下では、新しいことに挑戦する意欲が乏しくなりがちだ。若手従業員が先行きへの不安から、結婚や住宅購入に慎重になる傾向もあるという。

 サンキコー社長の近藤さんは、経営のプロとして限られた期間でサンキコーが自力で走れるようにすることを求められている。「一人一人が主人公」を掲げ、工場内を見て回り、作業に当たる技能実習生らに声をかけるのが日課だ。従業員が主体的に働く組織へと変わり、経営のバトンを渡せる人物が現れるのか、近藤さんの挑戦は続く。

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