散逸が懸念される女性史関係資料、保存・公開の動き相次ぐ 高良留美子と加納実紀代の資料室オープン
47NEWS / 2023年12月12日 10時0分
日本は欧米に比べてアーカイブ施設の設立が遅れている。とくに女性史関係の資料を保存する施設がとぼしい。1980年代から始まった〝女性史ブーム〟を牽引した研究者や活動家たちが相次いで亡くなる昨今、貴重な資料が散逸することも多く、アーカイブの設立が望まれる。その例として、地域の女性史研究会の資料を未来に向けて保存・継承するための私たちのグループの実践と、女性史研究者・表現者の資料室二つを紹介したい。(敬称略、ノンフィクション作家、女性史研究者=江刺昭子)
▽ようやく寄贈にこぎ着けた休眠資料
1988年から私が代表を務めている神奈川県の女性史研究グループ「史(ふみ)の会」は、これまでに研究誌6冊と、県にゆかりの女性356人のミニ評伝集『時代を拓いた女たちⅠ、Ⅱ、Ⅲ集』を刊行した。評伝集は地域で多様な活動をした女性たちの遺族や関係者に取材し、資料を集めて執筆した。著名な人ばかりではないので資料収集は困難をきわめた。
『時代を拓いた女たちⅠ集』
それらの資料と電子データ目録を2014年に、かながわ女性センター(現・かながわ男女共同参画センター)付属の図書館に寄贈した。ところが翌年、女性センターの規模が8分の1に縮小されて移転。付属図書館は県立図書館に吸収された。書籍や冊子だけでなく、雑誌や新聞記事のコピー、取材テープ、取材メモ、写真、書簡など雑多な形態の資料の集積である「史の会資料」は、ほとんど人目に触れることなく書棚に眠ることになった。
これらを何とか、興味がある人や研究者につなげたいと思い、私が資料選定委員をしている国立女性教育会館(NWEC、埼玉県嵐山町)の女性アーカイブセンターに3年越しでお願いして、地域女性史の資料としては初めて寄贈を了承してもらった。予算も人手もないということで、センターの方法に従って史の会会員が半年がかりで3157点の資料を整理、デジタル目録データを入力し、22年10月に寄贈を終えた。現在、Ⅰ集とⅡ集の目録は、女性アーカイブセンターの「資料群46」に「史の会資料」として公開されており、追ってⅢ集も公開される予定だ。NWECのホームページから閲覧できる。
▽ワクワクするような宝の山
詩を中心に、評論、社会批評、小説、女性史研究など多分野にわたる仕事をした高良留美子(こうら・るみこ)が88歳で亡くなったのは2021年12月12日。翌22年9月、高良が17年間暮らした東京・目黒区の居宅に「高良留美子資料室」がオープンした。
高良留美子資料室
開設者は長女で版画家の竹内美穂子さん。のこされた資料の中には神奈川近代文学館への寄贈が決まっているものもあるが、公開までには時間がかかるので、24年末までに限定して、ここで公開することにした。
「この資料室は、生前の留美子をしのんでくださる場所として、高良留美子について知りたい方、未来の研究者のための場所として、あるいは何かご縁のあることで集まる場所として、学生の方々を含めた皆さまに、お使いいただければ」というのが竹内さんの思いだ。
高良は20歳で総合文化誌『希望(エスポワール)』に参加して以降、2021年に縄文と月の文化を論じた大著『見出された縄文の母系制と月の文化』を出版するまでの膨大な作品群がある。寄贈予定の第一次資料は段ボール箱五つ分あり、詩や小説の生原稿、推敲(すいこう)ノート、未発表の詩の草稿、高良自身が朗読した詩の音源、写真、詩人・茨木のり子や石垣りんの手紙もある。高良に興味がある人にとっては、ワクワクするような宝の山だ。
1950年代から始まる78冊のスクラップブックには、主著以外の詩や文章、それらに対する批評や周辺記事が貼り付けてある。1冊を手にとってめくれば、独自の女性論や文明論を展開した高良の思想世界に誘いこまれる。
高良留美子さん=2021年7月、自宅(望月孝さん撮影)
本人の著書はもちろん、フェミニズム文芸批評家として関わった書籍、個人で創設し1996年から20回続けた「女性文化賞」受賞者の著書、森田療法の精神科医だった父・高良武久、作家で文芸評論家の夫・竹内泰宏の著書もある。高良が編さんした曽祖母・田島民の『宮中養蚕日記』、母・とみの『高良とみの生と著作』全8巻、画家で平和運動家の姉・高良真木の『戦争期少女日記―自由学園・自由画教育・中島飛行機』、拒食症のため自死した妹・美世子の遺稿『誕生を待つ生命―母と娘の愛と相克』の資料も見ることができる。
1952年頃、東京芸術大学生時代の高良留美子さん。下宿にて
資料室では月に1度、オープンデーを設け、高良作品を「読む会」が開かれる。担当スタッフは小園弥生さん。並木道に面した明るいリビングルームでお茶を飲みながら高良の詩や評論を声に出して読み、感想を言う人もあれば、聴いているだけの人もいる。資料の閲覧も「読む会」への参加も、ホームページから予約が必要。
▽訪れる人が交差し広がっていく場に
女性史、ジェンダー史研究者の加納実紀代(1940~2019)は、5歳のとき広島で原爆に遭った。屋内での被爆だったため命拾いしたが、直前まで一緒に遊んでいた男の子は大やけどをして死んだ。その被爆地点である広島市東区二葉の里に近い山の中腹に今年3月、「加納実紀代資料室 サゴリ」が開室した。
「サゴリ」は、韓国語で「交差点」を意味する。訪れた人が加納の思考・研究に触れることで交差し、それぞれに広がっていく場として開設したと言うのは、主宰者の高雄きくえさん。1985年に広島に「家族社」を設立し、その後「ひろしま女性学研究所」と改称。講座を開いたり、ミニコミ紙を発行してきた。資料室の資金は家族社の代表だった中村隆子基金を充てている。
加納実紀代さん=1993年、深田卓さん提供
森の中の資料室に足を踏み入れてまず目に入るのは、加納の仕事として誰もが挙げる『銃後史ノート』18冊。「女たちの現在(いま)を問う会」で聞き書きと資料調査を積みあげて、もっぱら戦争の被害者として語られてきた銃後の女たちが、国防婦人会などの活動を通じて侵略戦争に加担してきたことを立証。女の戦争責任を問い、女性史研究に一石を投じた。
その後も、日本の植民地だったソウルの陸軍官舎で生まれた生い立ちと、被爆者であるというアンビバレンスから、加害と被害の二重性を引き受けつつヒロシマを問い続けた。
「加納実紀代の仕事」コーナーには、全仕事が一望できる本や雑誌が並んでいる。『まだ「フェミニズム」がなかったころ―1970年代、女を生きる』、『越えられなかった海峡―女性飛行士・朴敬元の生涯』、『天皇制とジェンダー』、『ヒロシマとフクシマのあいだ』、『<銃後史>をあるく』などの単著のほか、共著や編著も多い。
奥の本棚には、本と雑誌が約8000冊、A4ファイル資料約1000点が整理されている。雑誌で珍しいのは、戦時中のプロパガンダ雑誌『写真週報』183冊。ファイルにはテーマ別の資料がぎっしり。随所に付箋が挟んであり、書き込みがあり、ファイルのポケットのメモもそのままで、急ぎ足の彼女の息づかいが聞こえてきそうだ。
ひろしま女性学研究所文庫の部屋もあり、1970年前後の広島の女性運動、市民運動を記録するチラシ、ビラ、機関紙、新聞コピーなどを見ることができる。
加納が執筆した雑誌類と高雄きくえさん
資料室という堅苦しいイメージではなく、ゆったりと時間が流れる空間が心地よい。フリースペースでは40人までの会議も可能、今後は書評会なども開いて、訪ねて来る人とともに「場所」を作っていきたいそうだ。
資料室の開室は、金・土・日・月曜日の13時から19時、ホームページから予約制。
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