「相手も性交に同意していたと思う」は、もう通じない。歴史的な「刑法の性犯罪規定」改正(前編) きっかけは被害者の声、どうやって国に届けたのか
47NEWS / 2023年12月23日 11時0分
性暴力は身体的な苦痛だけでなく、人間の尊厳を傷つけ、長年にわたり心をむしばむため、こう呼ばれる。
「魂の殺人」
ただ、日本では刑罰が軽く、加えて立件すら難しい状況が長年続いたため、「加害者が野放しになっているケースが多い」と指摘されてきた。
その状況が、2023年、大きく変わった。23年7月に施行された改正刑法では、性犯罪に対する規定を大幅に見直し、強制性交罪は「不同意性交罪」となった。この改正は「歴史的」と言える。条文の中にこんなメッセージが盛り込まれているためだ。
「同意のない性行為は処罰されるべきだ」
歴史的とも言える法改正が実現したのはなぜか。原動力となったのは被害当事者たちの声。過去に性暴力を受けて苦しんで来た人々が4年前、日本各地で声を上げ、それぞれが味わった痛みを街頭で語り始めた。「私が受けた被害は…」。カミングアウトは連鎖するように続き、やがて大きなうねりに。ついに国を動かした。(共同通信社会部記者)
※この記事は性暴力についての記述があります。サバイバーの読者はフラッシュバックなどに気を付け、無理をされないでください。
▽積み残された処罰要件
この問題の「起点」は6年前にさかのぼる。2017年、刑法の性犯罪規定が改正され、「強姦罪」の名称が「強制性交罪」になった。さらに法定刑も引き上げられ、厳罰化が進んだ。
ただ、被害当時者たちが最も強く求めた部分は改正されなかった。それが「処罰要件」だ。暴行・脅迫要件と言われる。
この要件の何が問題なのか。
「被害者の抵抗が著しく困難な程度」でなければ、加害者を罪に問えないと定めた点だ。つまり、被害を受けて警察が捜査しても、この要件を満たせなければ裁判になる以前に立件できない。要件を満たすためには、「必死に抵抗したけど防げなかった」などと、被害者自身が事実上の立証をできなければならない。恐怖で体が硬直していたり、「やめて」と少し言ったりした程度では、立件できないことが多いとされてきた。
被害に遭った側から見ると、性暴力を受けたのに「死ぬ気で逆らっていないから犯罪にならない」と言われているに等しい。絶望的な状況が続いてきた。
改正法成立後の集会でスピーチする北原みのりさん
▽無罪批判のうねり、全国に
そんな中、風向きが大きく変わる出来事が起きる。
2019年、性犯罪事件で無罪判決が4件相次いだ。特に、名古屋地裁岡崎支部の事件では、19歳の娘に対する準強制性交罪に問われた実の父親が無罪となった。この判決の問題点は、娘が14歳から性的虐待を受けていたと認めた一方で、「娘が抵抗不能だったとは言えない」と判断していることだ。
この判決が報道で明るみに出ると、各地で抗議行動が起きた。まずこの年の4月11日に、東京・大阪の街頭で女性たちが中心となり、デモが起きた。
このデモでは、参加した過去の被害者たちもマイクを手にし、これまで誰にも打ち明けてこなかった実体験を次々と明かしている。
参加者は、被害者に寄り添う意味を込め、花を手にした。このため、「フラワーデモ」と呼ばれるようになった。デモは1回では終わらず、翌月の11日にも開催。すると次第にほかの地域でも同じ日にフラワーデモが起き、こんな声であふれた。
「顔見知りの男性から被害に遭ったが誰にも相談できなかった。この場所に来て、自分だけではないと知ってほっとした」
「性暴力が無罪になる時代はもう嫌だ。皆さんの声を広げ、安心して暮らせる社会をつくりましょう」
約1年後には47都道府県で開かれるまで広がった。新型コロナウイルス禍でもSNSなどでデモは引き継がれ、現在も続いている。
法務省で開かれた法制審議会の部会=2022年10月
▽法改正議論、当事者が参加
ところで、2017年に刑法を改正した際、こんな付則がついた。「3年後に再び見直しを検討する」
これを受け、法務省は2020年3月、有識者による検討会を設置。翌21年には法制審議会(法相の諮問機関)に移る。具体的な議論を進める法制審部会の委員に、被害当事者らの団体「Spring」のメンバー、山本潤さんも名を連ねた。
山本さんは13歳から7年間、父親から性虐待を受け続けた。身近な人や世界を信じられなくなる経験だった。看護師になり、自らの体験を語り始めたのは36歳の頃。性暴力は「人間を破壊する」と語り、講演で被害者への支援などを訴えてきた。
山本さんも「暴行・脅迫要件」について、被害実態に即していないと強く感じていた。しかし、2017年の刑法改正ではこの要件が撤廃されず、山本さんらはその直後、Springを設立。「同意のない性行為」の処罰実現に向け、闘いを始めた。
そして、被害実態の調査、署名活動、国会議員への要望といった活動を進めていたさなか、法務省が設置した検討会の委員に選ばれた。
改正刑法について話す「Spring」の山本潤さん=6月、東京都内
▽一歩前進も、課された「拒絶困難」
法制審での議論は紛糾した。最大の焦点はやはり暴行・脅迫要件。被害者側の意見と、刑事事件に詳しい弁護士らの懸念が「衝突」した。
被害者側はこう訴えた。
「捜査機関による適用のばらつきをなくし、被害実態を適切に捉え、同意のない性行為を処罰できる処罰要件にしてほしい」
刑事弁護士側は反論する。
「(同意していたかどうかという)内心だけを問う不明確な要件だと、処罰範囲が過度に広がる」
議論を重ねた法制審は2022年10月、「試案」を示す。その中身は、簡単に言えばそれまで漠然としていた暴行・脅迫要件の中身、つまり「抵抗が著しく困難な状態」を、具体的に列挙することだ。試案では次の8項目を例示(暴行・脅迫、心身に障害を生じさせる、アルコール・薬物の摂取、睡眠など意識が明瞭でない状態にする、拒絶するいとまを与えない、予想と異なる事態で恐怖・畏怖させる、虐待による心理的反応、社会的関係による影響力)。
そして、これらによって被害者を「拒絶困難」な状態にした場合に罪が成立する、とした。
法務省=東京都千代田区霞が関、2017年撮影
▽被害者に拒絶義務?「不同意」実現へ
この試案に対し、被害者側は「受け入れられない」と反発。問題視したのは「拒絶困難」という表現だ。
「被害者に拒絶義務が課されるように受け止められるのではないか」
「拒絶できたかどうかが問われ、同意のない性行為を処罰することにはつながらないのでは」
法務省はこうした意見を受けて試案を改訂。「拒絶困難」という言葉を撤廃した上で、こう改めた。
「同意しない意思の形成、表明、全うのいずれかを困難にした場合」
この表現は少し難しいが、実は海外の動きに沿っている。特に欧米では、一方が性行為に「嫌だ」と表明している場合は加害者を処罰する、いわゆる「ノー・ミーンズ・ノー」型の法規定になってきている。日本には昔から「嫌よ嫌よも好きのうち」という誤った理解があるが、それは許されないことであるという国際的な基準に限りなく近づいた瞬間だった。
ある被害者はこの改訂案の中身を聞いた瞬間の気持ちをこう振り返った。「被害に遭ってから過ごしてきた真っ暗闇の世界に、一筋の光が差した気がして涙が出た」
罪名も変更され、それまでの「強制性交罪」「強制わいせつ罪」から「不同意性交罪」「不同意わいせつ罪」になった。公訴時効を「不同意性交罪」の場合は5年延長し、性的行為に同意できるとみなす「性交同意年齢」も13歳から16歳に引き上げ。被害者の声を一定程度反映した改正法が今年6月、ついに成立した。
▽当事者が届け続けた声
山本潤さんはこの間、議論の中で自身の被害経験を語り、他の被害者らの思いを代弁してきた。「被害実態の『伝わらなさ』を感じることも多かった」。それでも言い続けた。「当事者の置かれた理不尽な状況を変えたい一心だった」
被害者にとって、経験を語るのは簡単ではない。語るたびに、被害当時のいまわしい記憶がよみがえるからだ。山本さんは法制審部会が開かれるたび、カウンセリングに通った。「本当に本当に、大変だった」
それだけに、今回の改正実現は「被害者の声を受け止めてくれた」と喜ぶ。
全国各地のフラワーデモなどで声を上げ続けた被害当事者らの影響を実感している。
「一人一人の声、行動が積み重なった改正。そのどれが欠けても実現しなかった」
フラワーデモの参加者も喜びはひとしおだ。呼びかけ人で作家の北原みのりさんは、改正法成立後の集会で声を詰まらせながら語った。
「4年間欠かさず、全国どこかで声を上げてきた。『こんな日が来るんだ』と本当にうれしい。今でも、数十年たって被害を訴え始める人がいる。性暴力被害を話せる場所の大切さを感じている」
ただ、法律が変わっても性暴力が根絶されるわけではない。山本さんはこう指摘し、性教育や啓発の重要性を訴え続けている。
「車に乗ったから、部屋についてきたから、『だから相手は同意していた』と誤解している人は、まだまだ多い。その実態を変え、『性的同意』の意味を社会全体でアップデートすることが必要だ」
【後編はこちら】「暗闇の世界に一筋の光」性暴力に遭った女性が感激 歴史的な「刑法の性犯罪規定」改正(後編) 「同意しない意思」の価値
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