160キロで農道を疾走!轟音響かせるラリーカーの迫力に度肝を抜かれた 最高峰の大会に53万人、愛知・岐阜で開かれた世界選手権をリポート
47NEWS / 2023年12月18日 10時30分
公道を舞台とする自動車競技の最高峰、世界ラリー選手権(WRC)の今季最終戦「ラリー・ジャパン」が11月16~19日に愛知、岐阜の両県で開かれた。12年ぶりの日本開催となった昨年に続く開催で、今年からは「ラリーの聖地にしたい」と愛知県豊田市がメインの主催者になった。
のどかな田園や山あいの道路が競技場となり、カラフルなマシンが疾走。5市1町に設けられたステージや沿道には、応援のため53万人が集まった。観光資源としても期待されるラリーの魅力を報告する。(共同通信=内堀康一)
▽リアルミニ四駆
11月16日夜、普段はサッカーJリーグの試合が開かれている豊田スタジアム(豊田市)にラリーカーのけたたましいエンジン音が響いた。場内放送が完全にかき消されるほどの轟音と迫力に、思わず息をのむ。
天然芝の代わりにアスファルトを敷いた特設コースを2台のマシンが同時に疾走する。後輪を滑らせる「ドリフト走行」をしながら急コーナーを曲がり、山なりの立体交差では大きくジャンプ。1台ずつ走ってタイムを競う通常のラリーとは異なる光景は「リアルミニ四駆」とSNSで話題になった。
豊田スタジアムの特設コースを走行するラリーカー=11月16日
世界ラリー選手権は「ル・マン24時間」に代表される世界耐久選手権(WEC)やF1(フォーミュラ1)と同じく、国際自動車連盟(FIA)が開く最高峰の自動車競技だ。欧州や南米での人気はF1にも劣らず、中継映像を世界で年に8億人が視聴するとも言われている。
その中でも最上位のカテゴリーが「ラリー1」だ。直列4気筒のレースエンジンとハイブリッドシステムを組み合わせたパワーユニットの最高出力は約500馬力。水素と二酸化炭素(CO2)からつくる合成燃料とバイオ燃料をブレンドした燃料を使う。
ラリー・ジャパンは1月の「ラリー・モンテカルロ」(モナコ・フランス)から開幕した年間13戦を締めくくる最終戦。トヨタ、韓国のヒョンデ、米国のフォードの3チームが参戦し、トヨタから4台、ヒョンデから3台、フォードから2台の計9台が出走した。
「ラリー・ジャパン」で、走行するラリーカー=11月16日、豊田スタジアム
▽八丁みそ×ラリーカー
ラリーは路面の状態によってターマック(舗装路)、グラベル(未舗装路)、スノー(雪道)に分類され、ラリー・ジャパンはターマックに当たる。一般車の侵入を禁止した公道など11カ所に22ステージを設け、タイムアタックを繰り返して合計タイムを競う。
道幅が狭く曲がりくねった日本の道に、各チームのドライバーは「攻略が難しい」と口をそろえた。明治30年(1897年)に造られた旧伊勢神トンネル(国の登録文化財)は道幅が車1台分ほどしかない。山間部の峠道や、田園と神社の合間をラリーカーは縫うように走った。
旧伊勢神トンネルを抜けるマシン=11月17日、愛知県豊田市
トヨタ自動車のモータースポーツ推進室で主任を務める中野雄介さんは「ラリーはその場所の風景と一緒に記憶されるものだ」と話す。
岡崎中央総合公園(愛知県岡崎市)では、この地域の名産品「八丁みそ」を熟成させる高さ約2メートルのたるを配置。ラリーカーが円を描くようにドリフト走行するようにコースをつくり、印象に残るように工夫した。
「八丁みそ」のたるの周りでドリフト走行するマシン=11月18日、愛知県岡崎市
豊田市の三河湖付近は最もスピードを出せるステージの一つ。農道を160キロほどの猛スピードで駆け抜けたマシンは、熊野神社前の直角カーブ、通称「ジンジャンクション」を信じられない速さで曲がり、一瞬で消えていった。田んぼのあぜ道に陣取った観客は望遠レンズを向け、神社とラリーカーのベストショットを写真に収めていた。
家族4人で訪れた地元の男性は「モータースポーツはあまり見ないが、近くで開かれるということで見に来てみた。音が普通の車と全然違うし、ラリーカーの色もかっこよかった」と興奮気味に話した。
集落の神社前を駆け抜けるラリーカー=11月18日、愛知県豊田市
▽ラリーカーと街並みの非日常感
ステージ間の移動区間に当たる「リエゾン」も注目を集める。リエゾンはフランス語で「つなぐ」という意味。タイムアタックを走りきってもリエゾンを通って整備基地に戻ることができなければ、リタイアとなる。一般の車やバイクと同じく交通ルールを守りながらの走行となり、スピードを出し過ぎるとペナルティーが与えられる。ラリーカーを間近で見られ、赤信号では止まるため、ファンとの交流の場にもなる。
車両の整備基地=11月17日、愛知県豊田市
ラリー・ジャパンの全工程は1000キロ弱。このうち約700キロがリエゾンだ。主催者が発表した53万6900人の来場者のうち、37万4千人がリエゾンでの沿道応援だった。
最終日の19日の会場となった岐阜県恵那市の「岩村町本通り」は、最も絵になるリエゾンの一つだった。江戸時代に岩村藩の城下町として栄えた町で、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。古い町並みとカラフルなラリーカーのコントラストが非日常感を演出した。
恵那市の小坂喬峰市長は「ラリーはサーキットのない街で開催できる唯一の世界選手権。風物詩じゃないが、毎年この時期になると多くの人に来てもらえるようになるのが理想だ」と期待を込めた。
岐阜県恵那市の伝統的建造物群保存地区を移動するラリーカー=11月19日
▽チームスポーツ
大会は、ラリー王国のフィンランドを拠点に活動しているトヨタ自動車のチームが1~3位の表彰台を独占する形で幕を閉じた。表彰台を逃しながらも存在感を示したのが、最上位のラリー1唯一の日本人ドライバーで5位となった勝田貴元選手(トヨタ)だ。
勝田貴元選手
勝田選手は悪天候の中で行われた競技序盤でクラッシュし、車体の前方を大きく損傷した。大きなつまずきにもかかわらず、その後は鬼気迫る走りを見せて全22の区間中10区間でトップタイムを記録した。
トヨタチームのヤリマッティ・ラトバラ代表は「着実に成長している。気持ちの持ち方次第では、表彰台の常連になることも可能だ」と評価した。
損傷した車体を制限時間の40分以内で完璧に修復したメカニックたちにも称賛が集まった。その一人のヤンノ・オウンプーさんが開幕前にこう話していたのを思い出した。
「壊れた車が戻ってきたときは、正直言って高揚する。よっしゃ、仕事だぞと。われわれに与えられている時間は短く、若い頃は手が震えたが、いまはそう思えるようになった」
ラリーカーの調整に当たるメカニックたち=11月17日、愛知県豊田市
ドライバーが注目されるが、ラリーはチームスポーツだ。ドライバーの隣に座る「コ・ドライバー」はコースの情報がびっしり書かれたノートを見ながら指示を送る。走りの戦略を練るエンジニアもいれば、実際に整備に当たるメカニック、シェフや気象予報士もいて、サーカスの一座さながらに世界を転戦する。
チームオーナーであるトヨタの豊田章男会長は「ラリーにはドライバーだけでなく、多くのヒーローがいる。(ラリー・ジャパンは)そんな人たちをこんなに間近でみられるチャンスだ」と語った。
ラリー・ジャパンで表彰台を独占したトヨタ勢。前列右から3人目はトヨタ自動車の豊田章男会長=11月19日、豊田スタジアム
▽経済振興に期待
今回は豊田市が主催したが、世界ラリー選手権の大会を自治体が主催するのは珍しいという。太田稔彦市長は手を上げた理由について「ラリーカーが走ることで改めて日本の原風景を国内外の人に知ってもらい、その価値に気づいてもらう機会にできると考えた」と話した。交通安全教育や産業振興にもつながる部分があり「公益性も高いと考えた」と強調した。
Jリーグ開催期間中に豊田スタジアム使うことに反対の声もあったが、スタジアムを所有する市が決断した。昨年の大会では観戦場所が限られることが課題となったが、今回はスタジアムの観客席から多くの人が迫力ある走りを目の当たりにできた。太田市長は「日本にラリー文化が定着しているとは言えない中で、裾野をどうやって広げるかということが大きなテーマだった」と語った。
豊田スタジアムに設けられた特設コース=11月16日、愛知県豊田市
豊田市では、ラリー・ジャパンの翌週の25~26日に入門者向けの大会「ラリーチャレンジ」も開かれた。世界選手権で使われたスタジアムの特設コースを走れるとあって、過去最多の115台が参加。1週間前に激走を見せた勝田選手らがデモ走行を披露した。
他の車とは明らかに違う、トップカテゴリーのエンジン音や挙動を間近で目撃し、私は「トップドライバーが操るマシンの挙動は他とは明らかに違い、まるでジョッキーが競走馬を操るかのようだった。お金を払って見たいプロの運転とはこういうことか」と度肝を抜かれた。
ラリーチャレンジはトヨタが2001年から全国各地で開いている。23年は全11戦を開催し、合計で807台が出場した。計10万2千人が来場し、35億~40億円の消費活性化効果があったとトヨタは試算している。来年は13戦に増やす見込みで、3月には初めて沖縄県で開催する。
豊田市で開かれたラリーチャレンジにはトヨタの豊田章男会長も、自身のドライバー名「モリゾウ」として参加した。集まった報道陣に世界選手権の感想を問われ「約150カ国で放送され、SNSでは何億もの投稿があった。美しい秋の日本の風景を全世界に伝えられ、大成功だった」と評価。「今後はより多くの笑顔が見られる大会になっていくことを期待している」と語った。
トヨタ自動車が主催する入門者向けラリーの参加者ら=11月25日、愛知県豊田市
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