トランスジェンダーの黒人女性は繁華街で突然殴られ、亡くなった アメリカで絶えぬ憎悪犯罪、残された父が語った無念【2023アメリカは今】
47NEWS / 2023年12月23日 18時0分
米首都ワシントンの繁華街で10月14日、一人のトランスジェンダー黒人女性が命を奪われた。30歳だったアネイ・ロバーソンさんを暴行し、殺害した犯人は事件から2カ月たってもまだ捕まっていない。明るい性格で、LGBTQ(性的少数者)の権利向上の運動などにも参加していたというアネイさん。残された父は「なぜわが子は死んでしまったのか。見知らぬ人を殴るなんて憎悪犯罪(ヘイトクライム)そのものだ」と無念さを語った。(共同通信ワシントン支局 金友久美子)
▽13歳の「息子」のタイトドレス姿を見て
生前のアネイ・ロバーソンさん(遺族提供)
アネイ・ロバーソンさんは1993年5月にワシントン近郊のメリーランド州に生まれた。両親が付けた名前はデヴィン。7人兄弟・姉妹の末っ子で、皆の人気者だった。
父親のゲイリー・ロバーソンさん(62)はアネイさんが生まれた日のことを今でも思い出す。「家族にも友達にも優しい子だったから、それぞれ独立した後も、皆が彼女に電話したり、相談事を持ちかけたりしていた」。ダンスや料理が好きだったという。
17年前。ゲイリーさんが仕事から家に帰ると、当時13歳だったアネイさんが寝室のドアをばたんと閉め、部屋にこもった。やっとのことで中に入ると、アネイさんはタイトで丈の短いドレスを着ていた。「ドレスを着たいなら、皆にドレス姿を見せればいいだろ」。力尽くで家の外に追い出してしまった。
子ども時代のアネイ・ロバーソンらの家族写真(遺族提供)
ゲイリーさんは「父親にありがちなことをしてしまったと思う。廊下に引きずり出して…。彼女はドアをたたくこともせず、外で黙りこくっていた」。それから、親子は冷静になり「ホモセクシュアルや、女性と男性の性差、安全なセックスなどについて対話を重ねた」という。
▽21歳で実家を出たアネイさんはワシントンに
ワシントン市内で厳格な母親に育てられたゲイリーさんは、かつては海兵隊員だった。子どもたちにも言葉づかいから振る舞いまで厳しいルールを課していた。中でもこだわったのが「21歳になったら実家を出て行く」というルールだ。
アネイさんはメリーランド州にある現在の実家に残りたがったが、ゲイリーさんはルールを曲げず、アネイさんは21歳の誕生日にワシントンに引っ越した。サロンや量販店の化粧品フロアのマネジャーなどとして働いたアネイさんはやがて、近隣のLGBTQ(性的少数者)や女性、ホームレスの人々の権利向上運動にも積極的に参加していった。「ワシントンに行ってからのアネイは軌道に乗って、仕事も順風だった。大人になったと思った」とゲイリーさんは話す。
ワシントンの友人も「明るく、打ち解けやすい人だった。家族には言いにくいことも彼女には話すことができた」と振り返る。そんな折の突然の事件だった。
自宅でアネイ・ロバーソンさんの思い出を語るゲイリーさん=11月、メリーランド州(共同)
▽殺人犯を追う父、よく似た男を見かけたが…
首都警察や地元メディアによると、ワシントンの繁華街Uストリートを早朝歩いていたアネイさんは何者かに複数回殴られた。車道に逃げたところ、通りかかった車にはねられ、搬送先の病院で死亡。現場にとどまった車の運転手は暴行には無関係だったといい、暴行した犯人は逃走。防犯カメラには事件があった時間に現場近くを歩く容疑者の姿が捉えられていた。
父親のゲイリーさんがアネイさんの死を知ったのは、職場にかかってきた妻からの電話だった。「妻はずっと泣いていた」。急いで帰ると、家には大勢の警察官が来ていた。カメラの画像があったことから、当初はすぐに犯人が捕まると思っていた。
逮捕の連絡がないままじりじりと過ごしていたある日、友人から手配中の男によく似た人物を見たと連絡があった。焦る気持ちで駆け付けると、車の窓から見える顔はたしかに警察が公開した画像の男によく似ている。正面からの顔が確認できず、ぐるぐると歩き回った。その場で警察にも通報したが「緊急事態でないなら急行することはできない」と断られた。そのうち、男は車で去った。
「自分がチェイスする(追いかける)べきか」。自問自答したゲイリーさんは「犯人を捕まえるのは警察の仕事だ。怒りにまかせて追いかけるのは自分の役目ではない。家で、静かに連絡を待とう。犯人は絶対に裁かれる」と考え直し、担当の刑事にその男が乗っていた車の写真を送った。
事件から約1カ月半がたった11月下旬、自宅で取材に応じてくれたゲイリーさんは幼い孫を膝に抱えながら、「あのとき見かけた男が犯人に違いない」と語った。
アネイ・ロバーソンさんの葬儀で嘆く家族ら=11月、ワシントン(共同)
▽ヘイトクライムの標的とされるトランスジェンダーの人々
「どうしてあなたがひつぎの中にいるの?なぜこんなことになったの?」。11月18日にワシントンの教会で営まれた葬儀では、アネイさんの姉が泣き叫んでいた。教会には性的少数者への支援を示すレインボー柄の旗も掲げられた。
アネイ・ロバーソンさんのひつぎを載せ、墓地に向かう車=11月、ワシントン(共同)
米国の性的少数者の権利を推進する団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン(HRC)」によると、2023年に銃撃や暴力によって命を奪われたトランスジェンダーや性的少数者の人々は全米で少なくとも30人に上る。アネイさんもその一人だ。9割近くが非白人で、トランスジェンダー黒人女性が実に全体の半数を占める。少数者を標的としたヘイトクライムは米国の深刻な社会問題で、近年はとりわけトランスジェンダーの人々の被害が目立っている。
アメリカ自由人権協会は2023年に全米で500超の反LGBTQ法案が州議会に提出され、その多くはトランスジェンダーの若者を対象としたものだと警鐘を鳴らす。差別は米国政治の大問題にもなっており、バイデン米大統領は11月20日、全米のトランスジェンダー追悼の日に出した声明で「あまりに早すぎたトランスジェンダーの人々の死を悼み、すべての米国人が差別されず暮らせるようになるまで闘いをやめないという決意を新たにする」と訴えた。
アネイ・ロバーソンさんが亡くなった現場近くで10月に開かれた追悼集会=ワシントン(共同)
▽差別にさらされた女性「薬物中毒と隣り合わせだった」
ワシントン出身で、近郊のボルティモアのLGBTQ支援団体「セーフ・ヘブン」の事務局長を務めるアヤ・ダモンズ(28)さんも、トランスジェンダー黒人女性だ。トランスジェンダーの人々は就職にも大きな壁があり、生計を立てられないことが珍しくない。ダモンズさんはワシントン中心部のKストリートでセックスワーカーとして働き、生きのびた。
「トランスジェンダーであることが理由で母親に追い出された時は、自分の道をどうやって見つけたらいいか分からない、弱い少女だった。文字通りのサバイバルだった」。やがてアネイさんら仲間と知り合い、少女たちの教育や住宅支援、性病への対策などの活動をするようになった。学校に行けず、教育を受けられなかったというダモンズさんは「薬物中毒とはいつも隣り合わせだった。知識と生活力がなければ誰でも依存症に陥るだろう」と話す。
「もっと理解を深めてほしいし、行政の支援も必要だ。家も、予算も、教育の場所も。トランスジェンダーが安全に暮らせる環境はまだまだ不足している」
追悼集会で話すアヤ・ダモンズさん=10月、ワシントン(共同)
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