「区政を変えたい」わずか187票差の劇的な結果となった草の根選挙がドキュメンタリー映画に 東京・杉並区長選、地元在住のペヤンヌマキ監督に聞いた
47NEWS / 2023年12月27日 10時30分
長く欧州に住み国際政策研究NGOの職員だった岸本聡子さん(49)が、わずか187票差で現職を破る劇的な結果となった杉並区長選のドキュメンタリー映画が完成した。タイトルは「映画 〇月〇日、区長になる女。」だ。撮影・監督を務めたのは区内に住む劇作家・演出家のペヤンヌマキさん(47)。自宅が道路整備計画の立ち退き対象であることを知り、区政に関心を持つようになった。
杉並区長選では岸本さんを応援。映画では選挙戦の舞台裏に密着、岸本さんが「区政を変えたい」と願う住民たちと草の根選挙を戦い抜いた様子を描く。来年1月2日から上映が始まるのを前に、ペヤンヌさんに作品に込めた思いを聞いた。(共同通信=西村誠)
▽きっかけは地元の医院の張り紙
ペヤンヌさんは長年フリーランスの劇作家として活動してきた。20年ほど杉並区の阿佐ケ谷に住んでいる。演劇ユニット「ブス会*」を主宰し女性であるがゆえの悩みなど、自身の身近な問題を中心に取り上げてきた。
政治には関心がなかったが2019年、かかりつけの近所の医院にあった張り紙を読んだことが転機になった。医院のある一帯が道路整備の予定地になっていると書かれ、計画反対の署名を呼びかけていた。よく読むと、自宅マンションも立ち退き対象になっていた。
「高齢になった段階で住まいを奪われたら引っ越し先はあるのか。すごく身の危険、生活への不安を感じた」。ペヤンヌさんの暮らしと政治が結び付いた。
インタビューに応じるペヤンヌマキさん=11月22日、東京都杉並区
インターネットで調べ始めた。東京都などが整備を進める「都市計画道路」の一つに、自宅マンションのある地域を通る「補助133号線」という道路があること、都市計画道路は阿佐ケ谷だけでなく、高円寺や西荻窪でも整備が進んでいること…。反対の声を上げている住民グループがあることも分かった。
仕事が忙しくて実際の行動には移せないままだったが、昨年の初め、6月の区長選に向けて市民団体「住民思いの杉並区長をつくる会」が立ち上がったことを知った。
阿佐ケ谷の都市計画道路の予定地周辺=12月9日、東京都杉並区
▽映画は岸本区長誕生で終われない
現職は4選を目指すベテラン。立候補者の選定は難航し「住民思いの会」がやっと岸本さんを擁立したのが4月。ペヤンヌさんはキックオフ集会に顔を出した。「政治家になりたい人ではなくて、私たちと変わらない生活者だと思った」と好印象を抱いた。
それから、ボランティアでビラ配りに参加するようになった。岸本さんに「フリーランスで劇作家や演出家をしている」と話すと「杉並にはフリーランスで働いている人が多い。(政策で)『フリーランスが働きやすい街』というのはどうかな」とすぐに返答があり、同世代の2人は意気投合して喫茶店で語り合った。
岸本さんに「活動を撮影してユーチューブにアップしようか」と提案し、街宣やタウンミーティングなどに密着するようになった。岸本さんの自宅でも話を聞いた。撮影機材や編集用のパソコンは仕事仲間に借り、慣れない動画制作を開始。「〇月〇日、区長になる女。」と題した動画を10本程度アップした。
「映画 〇月〇日、区長になる女。」のメインビジュアル(「2024映画○月○日、区長になる女。製作委員会」提供)
前区長の区政に「住民不在だ」と疑問を抱いていた区民グループと、欧州に長く住み、公共政策を研究する国際的なNGOの職員として民主主義や地方自治の在り方を考えてきた岸本さん。「住民本位の区政を」との思いは同じだったが、政策の方向性や選挙活動の在り方などで考え方には溝もあった。
ペヤンヌさんはなかなか思うように進まない選挙活動に不満を漏らす岸本さんにもカメラを向けた。映画では「立候補をやめちゃうんじゃないか」と当時感じた不安も描いた。「ストレスになってほしくなかったから一時期距離を取ったこともある」
葛藤を越え、岸本さんは選挙戦を走り抜けた。ペヤンヌさんも本業をセーブして貯金でしのいだ。6月20日の開票日。187票という僅差での劇的勝利にペヤンヌさんは「人生の中でこんな興奮した日はない」と振り返った。
撮影を始めた頃から映画化の構想を温めていた。区長選が終わった後、「岸本区長が誕生したから『めでたし、めでたし』と終わる話ではない」と感じ、撮影を続行した。映画は今年4月の杉並区議選までを追っている。岸本さんと共に活動した女性らが次々と立候補し、女性が議席の過半数を占めるに至った。
岸本聡子さんが登場する映画のシーン(「2024映画○月○日、区長になる女。製作委員会」提供)
▽道路整備計画テーマの演劇を上演
岸本区長が誕生してから約1年半。道路整備計画などさまざまな課題の解決は途上で、変えていくことの難しさを感じる。「岸本さんが区長になっただけでは覆せない。区民が問われている。引き続き活動して行政に働きかけていくのが大事で粘り強くやっていくしかないのかな」。自身も地域住民が企画した勉強会や、岸本さんを招いて阿佐谷の道路整備予定地を一緒に歩く会に参加している。
昨年11月には「地域のことを知ってほしい」と、自ら企画、演出し、道路整備計画をテーマにした演劇「The VOICE」を上演した。JR西荻窪駅に近い劇場は整備が進む道路沿いにあり、立ち退きを余儀なくされてしまうという。
区長選後に上演を決め急ピッチで仕上げた。自身の体験と、劇場付近の商店街で商店主らに事前取材を重ねた内容を基に構成した。出演した俳優も取材に参加し、道路整備計画に反対の人だけでなく賛成の人からも話を聞き、愛着ある街が道路整備により変貌してしまうことへの住民たちの揺れる心を表現した。「地元に密着した劇を作るのは初めてだった。作品を見る前と見た後で、商店街の町並みへの感じ方が変わる体験をしてほしいと思った」と話す。
2022年に上演された演劇「The VOICE」の場面(宮川舞子さん提供)
▽「次はあなたかもしれない」
映画は来年1月2日から東京都中野区の映画館「ポレポレ東中野」で公開され、その後、各地でも順次上映される予定だ。タイトルは、区長選に際してアップした動画と同じにした。「『〇月〇日』はどの選挙にもあてはまる。岸本さんだけのことではなく、次に立候補するのはあなたかもしれない。自分のこととして選挙を捉えてほしいという意味を込めた」と話す。
主題歌は区長選の際、岸本さんを応援しようと区民が作った歌を上田ケンジさんと小泉今日子さんによる音楽ユニット「黒猫同盟」がカバーした。テーマは「ミュニシパリズム」。NGO職員時代から岸本さんが日本に紹介してきた言葉で、住民による主体的な政治参加や合意形成を重視する考え方を示している。欧州などで広がりをみせており、岸本さんが目指す区政の方向性でもある。
まだ続編を作るかどうか決めてはいないが、撮影は仕事の合間にできる範囲で続けている。道路整備計画への反対活動も続けていくつもりだ。「岸本さんだから何でも応援するということではない。私は私でできることをやっていく」。自分の体験を基にした映画が、地方自治や政治を「自分ごと」にするきっかけになってほしいと願っている。
報道関係者向けの試写会であいさつするペヤンヌマキさん=12月8日、東京都渋谷区
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