平安時代に死に別れた兄弟武士、900年後に末裔がまさかの〝再会〟 きっかけは新聞記事、記者もびっくり「ドラマのような偶然」
47NEWS / 2024年1月1日 10時30分
約900年ぶりの兄弟の“再会”―。耳を疑うようなことが、新聞記事をきっかけに起きた。平安時代の兄弟の末裔である、仙台市の101歳の男性と大阪府豊中市の88歳の男性は「全くの偶然」をきっかけに手紙のやりとりを始めた。(共同通信=中川玲奈)
地域の歴史家として99歳の小野寺宏さんを紹介した記事
▽偶然読んだ新聞記事
2022年2月上旬、大阪府豊中市の山内研治さんは新聞に目を通していた。普段じっくり読むわけではないが、その時はなんとなく隅々まで。すると、ある記事が目にとまった。
大阪府豊中市の山内研治さん。88歳=2023年7月撮影
仙台市に住む99歳の小野寺宏さんが、地域や祖先の歴史を調べ続けているという。小野寺さんは、父がまとめた祖先の膨大な記録を後世に残すため、史料の裏付けをして「中世の小野寺氏」(1200ページ)という大著にまとめていた。小野寺氏は中世の武士の家系だ。
「これはもしや…」
山内さんは直感した。この小野寺氏は自分の先祖である山内氏と関係あるのではないか。鳥取県出身の山内さんも、実は70歳の時から祖先の歴史を調べ始めていた。当時はちょうど平安時代にさしかかったあたりだ。
山内さんは新聞社に連絡を取り、記事を書いた記者を介して、小野寺さんにこんな手紙を出した。
「小野寺氏と山内氏はひょっとして昔の兄弟ですか」
2022年2月ごろに山内さんが小野寺さんから受け取った手紙。「小野寺氏と山内氏が同族であった」との回答がある
▽実の兄弟だったと確認
小野寺さんの答えは明快だった。
「小野寺氏の初代・小野寺義寛(おのでら・ぎかん)は、山内首藤(やまのうち・すどう)氏の流れをくんでいます。山内首藤俊通(としみち)の弟とされています」
山内さんは感動で体が打ち震えた。実は、山内家に伝わる系図には、兄弟との表記があったものの、中世に作られた系図集の権威「尊卑分脈(そんぴぶんみゃく)」にはその記載がなかったのだ。
山内さんによると、小野寺家に伝わる系図に兄弟との記載があり、義寛の推定生まれ年が1124年であることから、俊通と実の兄弟関係であることは間違いないと確信できた。
山内首藤氏とはどんな家系か。山内さん側の資料によると、美濃国(現在の岐阜県)を源流とする土豪だったとされ、藤原姓を名乗り、後に源氏の武士となった。その後、分家として近江(滋賀県)、伯耆(鳥取県)に分かれたという。
この兄弟は、中世の日本史に登場している。
「兄」である山内首藤俊通は源義朝の家臣だった。1159年の「平治の乱」で戦い、京都の四条河原で殺された。
「弟」の義寛も源氏の家来として活躍し、軍功を挙げて栃木県栃木市岩舟町小野寺に居を構えたという。義寛の息子道綱は鎌倉幕府を開いた源頼朝の御家人になったとされる。栃木市には「小野寺城跡」や道綱の墓所も残っている。
山内首藤氏の系図が載る「尊卑分脈」=国立公文書館デジタルアーカイブより引用
▽先祖の一人は源頼朝を矢で射て死罪寸前
ちなみに、2022年のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にも山内首藤氏は登場している。山内首藤経俊(つねとし)であり、義寛のおいに当たるという。経俊の生母は頼朝の乳母だった。鎌倉時代の歴史を幕府側から記述した歴史書「吾妻鏡(あづまかがみ)」にも、経俊の名前が登場する。
頼朝が打倒平氏を掲げ挙兵したのちの、1180年の石橋山の戦い。平家方として戦った経俊は自らの名を書いた矢で頼朝を射た。この時、頼朝は敗北するが、その後の戦いで勝利し、経俊は捕らえられた。死罪を言い渡されたが、母が助命を懇願。乳母から言われた頼朝は命までは取らなかった。記録には「忽(たちま)ち梟罪(きょうざい)を宥(なだ)めらる」(助命された)と残っている。
分厚い自著「中世の小野寺氏」を手元に話す小野寺宏さん=2022年3月12日撮影
▽定年後に通信制の史学科卒業
小野寺さんは戦後、仙台市役所や化学系の会社勤務を経て、定年を迎えた。もともと歴史好きだったが、退職前に大学の通信教育課程に入り直し、史学を専攻、6年かけて卒業した。そこから執筆を始め、先に挙げた祖先の本の他、かつて在籍した仙台陸軍幼年学校の資料集や、妻の祖父に当たる宮城県出身の元衆院副議長内ケ崎作三郎の生涯…など、約40年で15冊の本をまとめ上げた。現在も別の本を編集作業中という。
小野寺さんが調査、研究に情熱を傾けてきた系図。彼によると、時代や家によって記載が異なるものが多いことから歴史史料とは言えず、伝承なのだそうだ。「古い系図は正しいと証明することはできないが、間違いとも言えない。ただ、引用文献を整理し、新たな史料を探して示す必要がある。それが結構大変なんです。後世に残るものを作らなければならない。あとの時代に誰かの役に立ってくれれば、やったかいがあったというものです」
入居施設で祖先の歴史の編集作業をしている山内研治さん=2022年4月撮影
▽「90歳までに先祖の物語を」
一方、山内さんは意外にも全くの歴史嫌い。定年まで化学系の仕事を勤め上げた。しかし、ある時訪ねた図書館で、偶然手にした鳥取県の百科事典。「山内」を調べてみると意外にも祖先が活躍していたと知り、調べてみたいと思い立った。ただ、2008年ごろから手がけ始めた編集作業も、仕事や妻の介護でなかなか進まなかった。取り組み出すことになるのは22年から。「歴史音痴の私が歴史を調べていて、アホと違うかな?と思うこともありましたが、小野寺さんの作業を聞き、私も頑張らなくては思いましてね。小野寺さんのような方がいて家系図を証明する資料も手に入ったし」
ワープロを使って編集作業をする山内研治さん=豊中市、2023年7月
▽“弟”から励まされ…
山内さんは、長年愛用のワープロで表作成から執筆までこなす。しかし最近、執筆していた源平合戦の章が突然消えてしまった。「(ワープロが)もう古いですからね。機械も機嫌の良い時と悪い時がある」と苦笑する。たまたま校正のために該当の章を印刷していて助かった。今はコツコツとデータに入れ直す。このことは小野寺さんにも報告した。「気を落とさないで」と励まされたという。
山内さんは現在、90歳までに祖先の物語を完成させたいと目標を立てている。日本史の教科書に登場するような「平治の乱」「石橋山の戦い」に先祖が深く関わっていたという静かな感動。そして兄弟としてつながった感慨。歴史のドラマツルギーと命脈を感じずにいられない。自分のルーツを探る旅への好奇心はやむどころか、膨らむばかりだ。
山内さんが小野寺さんとの文通で受け取った手紙の数々
文通は今も続き、「調べるのは大変だよ。でも諦めずに頑張りなさい」と小野寺さんは励ましてくれる。同じ先祖の歴史を紡ぐ存在が心強い限りだ。「できあがったら小野寺さんにも読んでもらいたい」。起・承・転・結の4巻からなる本の初稿は完成した。あとは確認作業を残すのみとなった。
仙台市の小野寺宏さん。101歳=2023年8月撮影
【取材後記】私の記事が、900年前の兄弟を結びつけるとは…
私は大学時代に陸軍士官学校についての卒論を書いた縁で小野寺さんと出会い、記者になってから取材、2022年2月に「人モノ」の新聞記事を書いた。それを大阪日日新聞(2023年7月に休刊)で読んだ山内さんから「記事の小野寺さんと兄弟かもしれない」と弊社に問い合わせがあった時は、「まさか」と半信半疑だった。それが歴史資料に詳しい小野寺さんによって、先祖が兄弟だったと分かった時、ドラマのような偶然に驚いた。
2カ月後、今度は2人の巡り合いの経緯を新聞記事にして配信した。そしてこのたび「900年ぶりの再会」の経緯を詳しく記すことにした。
一連の経緯について小野寺さんは「面白いこともあるな」と冷静に受け止める。山内さんは「他人とは思えない。遠い昔の子孫がいるというのは、なんとなく心強い」と喜びを隠さない。
101歳の小野寺さんは「人生は宝物を作る過程です」との言葉を教えてくれた。これまで紡いだ本は、宝物になったという。山内さんは「2人の巡り合い」を書いた私の記事を大切に保管してくれている。きっと山内さんがまとめる本も、「宝物」になる。
高齢でも好奇心と探究心を持ち続ける、似通った2人の姿は兄弟を思わせほほ笑ましい。そして祖先のつながりを感じずにはいられない。
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