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「ゲノム編集」食品は果たして普及するのか 浸透の鍵は「悩みの解消」、まずは抵抗少ない分野から

47NEWS / 2023年12月29日 11時0分

ゲノム編集技術を使い、アレルギーの原因物質を除去した鶏卵。奥は通常の鶏卵

 ゲノム編集技術を応用した食品が人々の関心を集めている。ゲノムはDNAの全ての遺伝情報を指し、特定の場所を人為的に切り取ると遺伝子を改変できる。今年に入り、ゲノム編集でアレルギー物質を低減した卵に関する研究成果に好意的な反応が多数寄せられた。
 この技術は気候変動による食料不足といった社会課題を克服する手段になり得る。味や栄養を追求するよりも、人々の悩みを解消する目的で使われる方が消費者は抵抗を感じにくく、こうした分野から始めることが浸透の鍵になりそうだ。ゲノム編集に携わる研究者は、科学的根拠に基づく個々人の冷静な判断を期待している。(共同通信=浜田珠実)

 ▽社会課題の解決

 厚生労働省は2019年10月、ゲノム編集食品に関する取り扱いルールを定めた。まだ食卓に普及したとは言えないが、潮目は変わりつつある。今年4月、キユーピーと広島大のグループが共同研究の結果を発表した。


 「ゲノム編集技術で卵アレルギーの主な原因となるタンパク質を取り除いた鶏卵の安全性を確認した」
 鶏卵には複数のアレルギー原因物質が含まれている。そのうち加熱しても除去できないタンパク質「オボムコイド」に関連する遺伝子の働きを止めた鶏をつくる。その鶏が産んだ卵がアレルギー低減卵になるという。
 共同通信が4月26日に配信した記事はヤフーニュースに掲載され、今月12日時点で387件のコメントが付いている。同意を示す「共感した」ボタンが千件以上押されたコメントを見ると、「卵アレルギーの方にはうれしいニュース。社会的な意義がある」「選択肢が広がるのがうれしい。毎日何個も食べる物ではないので忌避感はない」などとつづられていた。
 ゲノム編集食品に対し、これまではリスクを懸念する消費者の声が目立っていたが、このニュースは比較的好意的に受け止められているようだ。


取材に応じる奥原啓輔氏=2023年10月16日、広島県東広島市

 研究に使ったゲノム編集技術「プラチナタレン」を開発したのは、広島県東広島市のスタートアップ企業、プラチナバイオ。最高経営責任者(CEO)の奥原啓輔氏は、このように消費者の反応が変わったのは、「社会課題の解決」という視点で開発を進めたことがポイントだったと考えている。
 「食品に対する消費者の感覚はとても敏感。ゲノム編集に対して感じるリスクと、アレルギーがある人でも食べられるという利点をてんびんにかけ、それぞれが判断した結果だと思う。食の選択肢を増やしたい、社会課題を解決したいという思いに期待してくれる人がいると分かった」


 ▽スーパーは様子見が続く

 今月までに厚生労働省に届け出た食品は6種類で、うち市場に出された食品は3種類。将来の食料危機や気候変動を見据え、安定的に生産するという目的の食品が多い。筑波大発のベンチャー企業サナテックシードが開発した、血圧を下げる作用があるとされる成分「GABA(ギャバ)」を多く含むトマトは届け出から約2年後の今年3月、スーパーでの販売が少しずつ始まった。


 値段は150グラム(7~10個)で500円前後。東京の「三浦屋」「ワイズマート」や、大手スーパーの一部などで店頭に並ぶ。
 ただ、厚労省が2019年10月に取り扱いルールを定めた際に報道されたような「明日から食卓に並ぶかもしれない」という状況にはほど遠い。
 ゲノム編集食品に対する消費者心理の研究を進める名古屋大の立川雅司教授は、今後の鍵を握るのは大手スーパーマーケットや食品メーカーの動きだとみる。
 「消費者と直接向き合う大手スーパーがどう判断するかが鍵になる。今は様子見の段階だろう。厚労省へすでに届け出ているのも、ブランドイメージを気にする必要がない大学発ベンチャーや外資系企業に限られている」
 示唆的な過去もある。遺伝子組み換え食品の表示ルールについて議論されていた1999年、大手飲料メーカーがビール副原料のトウモロコシを「遺伝子組み換えでないものに切り替える」と表明し、同業他社が後を追った。立川教授は「あれをきっかけに議論の方向性が固まった。ゲノム編集食品についても、大企業がどういう対応を示すのかが重要になってくる」と指摘する。


三浦屋に並ぶゲノム編集のトマト=2023年6月

 ▽ゲノム編集の技術を相対的に捉える

 プラチナバイオは、回転ずし「スシロー」を運営するフード&ライフカンパニーズと魚の養殖事業にも取り組んでいる。魚の遺伝子を解析し、今後の海水温上昇に備え「高温でも育つ遺伝子を持った魚」など、養殖に適した個体を選抜する。遺伝子は「解析」するだけで、「改変」はしない。
 プラチナバイオの奥原氏は、ゲノム編集というアプローチを相対的に捉えている。
 「ゲノム編集はあくまでも一つの手段で、それを使った食品を世に出したいわけではない。社会の理解を得やすい手段を選ぶ方が、早く生産現場の役に立てる」


取材に応じるプラチナバイオの奥原啓輔氏=2023年10月16日、広島県東広島市

 名大の立川教授は、そもそもゲノム編集は市場に大きな革命をもたらすものではないと考察している。
 現在、厚労省への届け出制度の対象となるのは、狙った遺伝子を切断するだけの「欠失型」と呼ばれる手法だ。混同されがちな遺伝子組み換え食品は他の生物の遺伝子を組み込むため、自然界では起こらない変化をもたらす可能性があった。
 だが、欠失型では文字通り遺伝子を失わせるのみ。交配や放射線照射といった、通常の品種改良でも起こり得る変化に限られる。
 これまでの品種改良には時間がかかったが、欠失型のゲノム編集はその時間を短縮させられるという利点があるという。立川教授は「自然の変化をまねしているだけ。将来的にはいくつもある品種改良技術のうちの一つとして組み込まれていくだろう」と推測する。


インタビューに応じる名古屋大の立川雅司教授=2023年11月6日、名古屋市

 ▽安全を確保するとは何か

 科学者たちは、「欠失型」というゲノム編集の特性を説明し、ゲノム編集が本当に求められる市場を見極めることで、技術を実社会に応用するための素地を整えている。それでも、2019年に「ゲノム編集食品は安全か」という問いが投げかけられてから、消費者の感覚は大きく変わっていない。
 立川教授は、「安全性は特定の技術によってでなく、複合的に確保するものだ」と、問いそのものの妥当性を疑う。
 狙った以外の遺伝子が改変されてしまう『オフターゲット』の確率を減らす技術を開発したり、ゲノム編集した生物を交配して世代を重ねたりすることで安全性を確認できると主張している。

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