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「まさに天国から地獄」投票用紙に「!」と書いてさえいなければ…わずか1票差で当選が無効 納得いかない市議会議員の法廷闘争

47NEWS / 2024年1月12日 10時0分

投票用紙のイメージ(記事内容と関係ありません)

 2023年4月、栃木県小山市で市議会議員選挙があった。28の議席が争われ、1049票を集めた現職の片山照美氏(67)が最下位の28番目で当選。次点との得票差はわずかに1票というぎりぎりの勝利だった。
 次点となった候補は納得がいかない。小山市の選挙管理委員会に、票の再点検を求めて異議を申し立てた。市の選管が調査したが、結論は変わらない。それでも次点候補者は諦めず、さらに栃木県選挙管理委員会に審査を申し立てた。すると、栃木県選管ではまさかの結論が。
 「片山氏が集めた票のうち、2票は無効票だ」
 この結果、選挙結果は覆って次点候補が1票差で上回った。片山氏の当選は無効となった。
 なぜこんなことが起きたのか。ポイントは「他事記載」だ。(共同通信=帯向琢磨)


小山市議選を巡り、栃木県選挙管理委員会が裁決した概要が書かれた栃木県公報

 ▽余計なことを書くと無効?
 「他事記載」は、「余計な記載」と言い換えることができる。公職選挙法68条は「公職の候補者の氏名のほか、他事を記載したもの」は無効と定めている。つまり、投票用紙にある候補者の名前が書かれていても、余計なことまで書かれているとその候補の得票にならず、無効とされてしまうのだ。
 なぜこんな規定があるのか。総務省の説明をかみ砕くと、こんな感じになる。
 「特定の意味を持つ記載があると、その票を誰が投票したのか分かってしまう可能性があり、選挙の基本原則である『秘密投票の原則』が破られて選挙の公正さが害される恐れがある」
 各地の選挙管理委員会も、他事記載をしないよう注意を呼びかけている。例えば三重県四日市市の選挙管理委員会はホームページで、★などの記号や、『がんばって』などのメッセージがあれば無効票と判断される可能性があると例示している。


「他事記載」への注意を呼びかけている三重県四日市市のホームページ

 ただ、候補者名以外に何か書かれていれば即座に無効、ということでもない。法律の条文にはこんな「ただし書き」がある。
 「ただし、職業、身分、住所または敬称の類を記入したものは、この限りでない」
 じゃあ、どこまでが有効でどこまでが無効なのかというと、これが難しい。ポイントは、このただし書きの部分をどう解釈するかだ。
 過去の裁判例を見ると、「誤記」や「書き損じ」、「余り字」あるいは「誤って不用意にあるいは習慣性のものとして無意識的に記載された句読点」などは他事記載には当たらないと判断されている。理由はいずれも「意識的なものとは認められないから」だ。
 一方で、この判断が全てとも言えなさそうだ。公職選挙法の67条にはこんな記述がある。「68条に反しない限り、『その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならない』」
 実際、過去に最高裁が出した判断では、投票者の意思を尊重するよう求めている。
 「記載された文字を全体的に考察することによって、どの候補者に投票する意思をもって投票したか判断できるときは、有効投票と認めるのが相当だ」
 つまり、誤解を恐れずにいえば「投票した人がどういう考えだったかを総合的に考える」ということが有効票か無効票かを決めるポイントになるようだ。


最高裁判所=東京都千代田区、2013年撮影

 ▽「!」が付けられただけで…
 では、栃木県選管が今回、無効とした2枚の投票用紙には一体、何が書かれたのか。
 片山氏が昨年12月、栃木県選管の裁決取り消しを求めて東京高裁に起こした訴訟の訴状をみてみる。
 それによると、1枚には「かたやまてるみ」の下に横書きで「ちゃん!!」と書かれた。一見すると、片山氏の名前であることに間違いない。小山市選管は問題にすらしなかったという。しかし、栃木県選管はこう判断した。
 「『ちゃん』は敬称の類だが、『!!』は符号に当たる。他事記載だ」
 片山氏側はこの点について、訴状で強く反論している。
 「感嘆符は強調の意味合いを付ける表現としてしばしば用いられ、句読点に準じるものとして利用される」と指摘した上で、アイドルグループの「Hey!Say!JUMP」や「アイドリング!!!」など感嘆符を含む芸名やグループ名が72もあることを挙げて強調した。「敬称の類に含まれるべきだ」


栃木県公報に掲載された票の一部。8番と9番は無効とされた

 ▽「払い」の方向で文字かどうか検討
 もう一つの無効票は、「てるみ」の下に線と点のように記載されているものだ。実際は縦書きだが、横書きにすると「てるみー」または「てるみり」と読めなくもない。
 この票については、小山市選管も栃木県選管も慎重に検討したようだ。
 まず、これが文字の「り」に当たるかどうか。「り」だとすれば右の部分は上から下に書かれ、最後は斜め左に払われる。しかし、この無効票ではやや右側に払われていた。他の字の形状と見比べ、最終的に「文字ではない」と認定された。
 次にこれが「他事記載に当たるかどうか」を検討。ここで小山市と栃木県の見解は真っ二つに割れた。栃木県選管は「文字の大きさや連続性から、書き損じや訂正、無意識的な記載とは認められない」と判断して他事記載に当たると結論付けた。
 片山氏はこの点についてどう反論しているか。訴状によると、こんな主張をしている。
 「(片山氏は)障害者福祉に力を入れており、支援者には障害者も少なくない。そのため、この投票用紙は、字を書くのがやっとという支援者が投票所に行き、『てるみ』と書いたものの、鉛筆が引っかかって線や点が残った可能性がある」
 一連の判断について、選挙管理委員会の担当者に詳しい解説を求めると、こんな答えが返ってきた。
 「裁判の当事者になっているので、裁決書に書かれたこと以上の説明はできない。しかし、難しい判断で、あとは裁判所がどう考えるかだ」。苦渋の選択だったことをにじませている。


投票のイメージ(記事内容と関係ありません)

 ▽貴重な1票、無駄にしないように
 東京高裁は、この問題をどう考えるのか。片山氏の代理人、山中真人弁護士は、こんな最高裁判例を挙げて説明した。
 争われたのは「タツミ。サブロウ」のように氏と名の間に句点があったり、「平野(善)」のように括弧が付けられたりしたものだったが、最高裁はいずれも「有効」と認定した。一見判読不能な文字でも、字の特徴から何とか判読を試みたケースもあったという。
 昨年12月、提訴後に東京都内で記者会見した山中弁護士は強調している。
 「裁判所は極力、他事記載の範囲を狭く解して、投票意思に沿った判断をしようというのが明らかだ」
 同席した片山氏も、市議会議員としての活動を継続することに意欲を示し、「市民の思いをつなげていきたい」と語った。
 記者の個人的な感覚では、投票者の意思は明らかなのに、符号や線が加えられているだけで無効になるのは納得しにくいところがある。ただ、ルールはルールだ。
 果たして東京高裁はどのような判断を下すのだろうか。考えようによってはなんとも細かい話だが、今回はそれによって当選と落選が入れ替わった。政治家にとってはまさに「天国と地獄」。これから始まる審理に注目が集まりそうだ。

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