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「クスリを一度に40錠飲んだ。ふわふわして不安が消えた」オーバードーズの恐怖 若者がハマる背景に、孤独感や対人関係

47NEWS / 2024年1月15日 10時0分

市販薬のイメージ(記事の内容とは関係ありません)

 東京都出身の和氣さなえさん(35)は約10年前、夜になると寝られない日が続いた。交際相手の浮気を知ったためだ。彼からLINEの返信が来なくなり、不安に襲われた。病院で診察を受けると、睡眠導入剤や精神安定剤が処方された。当初はそれで眠れたが、耐性が付いたのかしばらくするとまた不眠になった。
 「少し多めに飲んでみようかな」
 服用する量を増やし始め、気付いたら一度に飲む量は40錠。飲むと「ふわふわした気分と、強い自分になった感覚」になり、手放せなくなった。彼とは数年後に別れたが、オーバードーズはその後も続いた。
 気分を高揚させるため、市販の薬や処方薬を過剰に摂取するオーバードーズ。近年、救急搬送される若い世代が増えている。東京消防庁管内での搬送人数は年間1000~1500人。その半数は15~29歳だ。深刻な依存症に陥り、副作用で体をむしばまれるため非常に危険。ただ、その背景を探ると不安や、寂しさ、葛藤といった「負の感情」が要因となっている。(共同通信=丹伊田杏花)

【この記事は記者が音声(共同通信Podcast)でも解説しています↓↓↓】


取材に答える和氣さなえさん=2023年8月、奈良県橿原市

 ▽次第にエスカレート
 オーバード-ズに陥った和氣さんは、病院をはしごするようになった。薬がないと不安。精神科や内科を毎月、約10カ所回った。手元には常に約200錠あった。大量に飲むとふわふわし、不安や寂しさを感じずに仕事に打ち込める。ところが、体から薬が抜けるとろれつが回らなくなり、仕事場で倒れることもあった。会社員や介護職を転々としたが、いずれも辞めざるを得なくなった。
 その後はアルバイト生活になったが、保険証を持てなくなった。そこで同居していた両親に頼み、扶養に入った。再び保険証を使えるようになったが、その使用履歴から「病院のはしご」がばれた。両親にとがめられたものの、やめられない。病院に通い続け、漫画喫茶で大量に服用することを繰り返した。はたから見れば依存症だが、和氣さん自身はこう思っていたという。
 「『交際相手との関係が良くなれば』『結婚さえできれば』と、今ある不安が解決すればすぐにやめられると信じていた」
 根底にはこんな思いもあった。「違法なドラッグではなく医師から処方された薬だから、罪悪感があまりなかった。自分は周りと薬の使い方が少し違うだけだと…」
 親に隠れて入手するため、保険証は使えない。薬代は全額自己負担。借金を重ねた結果、総額は約200万円に上った。


グループワークに取り組む「フラワーガーデン」の入所者ら=2023年8月、奈良県橿原市(プライバシーに配慮して撮影しています)

 ▽「自分は依存症ではない」
 数年後、20代後半になった和氣さんから、友人の多くは既に離れていた。気分が落ち込んだときにマンションから飛び降りたこともあった。
 見かねた両親が奈良県にある施設への入所を勧めた。依存症回復支援をはじめ、女性の生き直しに特化した専門機関「フラワーガーデン」だ。
 和氣さんも「そろそろやめないと大変なことになる」とは思ったものの、入所は断った。「私は依存症ではない。やめようと思えばいつでもやめられる」
 ただ、ちょうどその頃、新型コロナウイルスが東京で蔓延。自由に外出できなくなったせいで心境が変化した。「これでは施設に入所しているのと同じ。この期間だけ施設に行き、すぐに帰ってこよう」
 両親からの度重なる勧めもあり、入所を決めた。両親の運転で奈良県へ。施設に持って行く荷物には、200錠の薬も入れていた。


 ▽ろれつが回らない動画に「いいね」
 オーバードーズは、深刻な社会問題になっている。
 SNSで今年6月、若い女性が錠剤を次々に口に含み、水で飲み込む約50秒の動画が投稿された。女性はろれつが回っていない状態で、笑いながらカメラに向けて何か言葉を発している。撮影者の声も聞こえるが、同様にろれつが回っていない。2人ともオーバードーズ状態とみられる。現在はアカウントが凍結されたため閲覧できないが、似たような投稿は今も出回っている。
 東京消防庁が取り扱う救急搬送には「睡眠薬・鎮痛・鎮静剤の服用・吸入・中毒による自損行為」という分類がある。これにより搬送された15~29歳は2018年が420人で、19年530人、20年584件、21年656人、22年814人と増え続けている。男女比では80%以上が女性。22年は85%超に当たる695人が女性だった。
 滋賀県では2021年12月、京都市伏見区の女子高校生が薬物中毒で死亡した。大津地方裁判所は、向精神薬の「エチゾラム」を、正当な理由がないのに譲渡したとして40代の無職の男に有罪判決を言い渡している。判決などによると、男はオーバードーズを楽しむ仲間をSNSで募集していた20代女性=麻薬取締法違反罪で有罪確定=にエチゾラム100錠を譲渡。この女性を通じて知り合った女子高校生を自宅に呼び、50錠を渡していた。


新潟薬科大の城田起郎助教=2023年7月、新潟市

 ▽購入制限の「抜け道」
 オーバードーズはなぜこれほど若者の間で広がっているのか。全国の中学、高校を対象に、薬物乱用防止の出張講座を開いている新潟薬科大の城田起郎助教に尋ねた。城田助教は、医薬品の製造販売状況を監視・指導する「薬事監視員」として鹿児島県庁に勤めていた経験から、こう説明する。
 「違法薬物とは異なり、市販薬などはドラッグストアやインターネットで比較的安価に購入できる。若者にとって、最も手を出しやすい薬物乱用の手段になっている」。市販薬や処方薬は「生きづらさを乗り越えたい」や「死にたい」といった、複雑なメンタルヘルスの問題が動機になっている場合が多い、というのが城田助教の分析だ。
 厚生労働省も規制を強めている。2014年、医師の処方箋なしに購入できる一般用医薬品に使用される6成分について「乱用等のおそれのある医薬品」に指定し、2023年に範囲を拡大した。6成分を含む一般用医薬品には購入数に制限があるほか、販売する際は薬剤師らが氏名や年齢を確認する必要がある。
 さらに、厚生労働省の検討会は昨年12月、依存性がある成分を含む市販薬の20歳未満への販売を「小容量の製品1個のみ」とする案を大筋で了承した。
 それでも、城田助教によるとこれらの規制策には抜け道がある。
 「現時点では複数の店舗をはしごしたり、インターネットを経由したりすれば、実際は制限なく購入できてしまう。(年齢制限を設けても)20歳以上が大容量の市販薬を購入し、それを20歳未満に譲渡する可能性もある」
 実際、昨年11月には「トー横」と呼ばれる東京・歌舞伎町の若者に市販のせき止め薬を無許可で販売したとして、20代の男女4人が逮捕されている。
 「規制を強化しても、非正規ルートで市販薬を取引したり、他の薬物や行為に移行したりする。オーバードーズはある意味、SOSのサイン。『ダメ。ゼッタイ。』と頭ごなしに否定するのではなく、教育現場、行政、地域の方々が一体となって心の問題に切れ目のない支援をすることが根本的な解決につながる」。若い頃から学校で薬に対するリテラシーを高める必要性も提言している。


依存症などからの回復を支援する団体「ワンネス財団」のパンフレット

 ▽完治はしないと思うけれど
 オーバードーズを繰り返した和氣さんは、奈良県橿原市の「フラワーガーデン」に入所した。依存症を含む精神疾患などからの回復や成長、生き直しを支援する一般財団法人「ワンネス財団」の傘下組織だ。
 見ず知らずの女性たちと寝食を共にする共同生活。その上、スマートフォンも使えない。当初はすぐに帰ろうと思っていた和氣さんだったが、人と関わることが今までよりも楽しく思えてきたという。共同生活の中、入所者同士で衝突し、正直な意見を言い合っても離れることのない信頼し合える人間関係を体感したためだ。次第に、薬に頼らない生活に戻っていった。
 2021年10月からは、フラワーガーデンの職員として働き始めた。自分の経験を、誰かのために生かすことができたらと考えたからだ。「正直、完治はないと思う。ただ今は、人に相談することができ、誰かが絶対にそばにいてくれる。薬ではない他の手段で自分の生活を満たすことができている」


取材に答える木村勇也さん=2023年8月、奈良県橿原市

 ▽鍵を握るのは「人とのつながり」
 フラワーガーデンでディレクター(施設長)として働く木村勇也さん(36)は、和氣さんのケースをこう分析する。
 「家族との同居や正社員として働いているなど、社会との安定的な関わりが施設へのつながりやすさになる」
 ワンネス財団にはアルコールや薬物依存に関する相談が年間約5千件寄せられる。相談の7割は男性で、その多くは家族、友人、職場の人といった周囲から。課題もある。
「依存症患者のほとんどは対人関係に悩みを抱えている。性産業で働いている女性のように、社会から孤立しがちな人へのアプローチが課題だ」
 フラワーガーデンには現在、20~60代の約15人が入所。木村さんによると、どの依存症でも回復と克服のプロセスは同じだ。共同生活を通してまずは身体的・精神的に良好な状態を作り生活を立て直す。心理学を使った対人コミュニケーションのトレーニングを繰り返し、社会復帰を目指す。中でも大切にしていることは、孤独の解消と自己実現。
 「人とのつながりを取り戻し、自分の強みに気づくことで心身が良好になる。そして、今まで依存していた薬やギャンブルなどの対象に頼る優先順位を低くすることができる」

 ▽社会全体が「ゲートキーパ」ーに
 オーバードーズの蔓延を防ぐには、薬剤師による「気付き」も大切という。日本薬剤師会常務理事の岩月進さん(68)は、病院やドラッグストアで直接薬を渡す立場にある薬剤師を「ゲートキーパー(門番)」と捉えている。
 「薬物の過剰摂取での自殺を防ぐため、購入者にどこの具合が悪いのかを聞き、積極的に会話の時間を増やすことが大切だ」
 ゲートキーパーになれるのは、薬剤師だけではないという。一人一人が自分の周りにいる人の変化に気付き、声かけをすることで、社会全体がゲートキーパーになれると語った。

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