きっかけは1通のメール、英ロイヤルバレエ団の最高位ダンサーになる夢をかなえた金子扶生さん 「ライバルは過去の自分」練習が自信になる【働くって何?】
47NEWS / 2024年2月4日 10時0分
多くの日本人が国際舞台での活躍を目指して、日本から飛び立っている。その1人が大阪市出身のバレエダンサー金子扶生さん(32)だ。1通の電子メールをきっかけにイギリスに渡り、世界最高峰の英国ロイヤルバレエ団で最高位の「プリンシパル」の称号を手にした。「ライバルは過去の自分。昨日の自分よりうまく踊れるように」。己を信じ、強い意志と努力で2度にわたる大けがを乗り越えてきた。(共同通信ロンドン支局=宮毛篤史)
▽小学6年生で宣言「世界に認められるダンサーになる」
母に連れられ、3歳上の姉と同じバレエ学校に入ったのは3歳だった。小さな頃は教室に行くのが嫌な時もあり、「練習がちょうどお昼寝の時間と重なって、もう眠たくて眠たくて。車で教室に向かう時『行きたくない、行きたくないー』って泣いていた」。
最初の転機は小学6年生のときに「卒業の思い出に」と母にお願いして出場したコンクールだ。同世代のうまさに衝撃を受け「もっとうまくなりたい」と願った。卒業式では証書を受け取った際に「世界に認められるダンサーになりたい」と舞台の上で宣言した。
4歳の時の初舞台で姉と一緒に「くるみ割り人形」を踊る金子扶生さん(右)
▽練習の虫、寝るのは午前2時か3時
コンクールをきっかけに練習の虫になった。もともと踊ることは好きだったが、さらに「努力すること」を覚えた。バレエ学校では恩師の地主薫さんに付き添ってもらい、午後11時まで練習を繰り返した。日付が変わる前に家に帰り、ご飯を食べ、宿題を片付けて寝るのは午前2時か3時ごろ。「昼間は眠すぎて、高校では私が授業中に寝ることは有名でした」と笑う。
地主さんは「金子さんは子どもの頃からおしゃべりしているときはほんわかした感じですが、レッスンに入ると研ぎ澄まされた(雰囲気に)。大人になっても変わらなかった」と振り返る。
2008年に初めての国際コンクールとなる「ヴァルナ国際バレエコンクール」のジュニア部門に出場した金子扶生さん(左端)。金賞を受賞した
▽努力を自信の糧に、海外コンクールへ
母校の私立四天王寺高校は文武両道の名門で知られる。芸術やスポーツ分野に秀でた生徒を広く受け入れており、卓球の東京五輪銀メダリスト石川佳純さんも学年違いで通っていた。「バスケットボールが上手な子や卓球とか特技を持った子が集まり、とても楽しく刺激のあるクラスでした。みんな私がバレエで疲れていることも理解してくれた」。
努力が実を結び、コンクールで金賞を初めてもらった時は泣いた。「ここまで努力してやっと身になるんだと実感し、恵まれた気持ちになった」。自信につながり、海外のコンクールに出場するようになった。
遠征には地主さんが付き添い、1カ月近く同じ部屋に寝泊まりして指導することも。バレエで叱ることはなかったものの、金子さんは朝起きるのが苦手だったらしく「自分の娘のように小言ばかり言っていました。あの日々は宝物です」(地主さん)。
インタビューに応じる金子扶生さん=2023年12月、ロンドン(共同)
▽動画を送り、バレエ団から返事「すぐに来て」
分岐点が訪れたのは、2010年にアメリカで開かれた世界三大コンクールの一つジャクソン国際バレエコンクールに出場したときだった。金子さんの演技を見た「ロイヤルバレエ団の監督の友達」という不思議な人物から声をかけられた。「ここに動画を送りなさい」。名刺をもらい、言われた通りメールを送るとバレエ団から連絡が来た。「ロンドンにすぐ来てください」。
ロイヤルバレエ団は、アジア人ダンサーが海外で活躍する道を切り開いた吉田都さんがプリンシパルを務めたことで知られる。金子さんにとって、DVDでその演技を食い入るように繰り返し見た憧れの存在だった。
渡英し、1週間が過ぎたころ監督に用件を知らされないまま呼び出された。部屋に行くと「入団」を告げられた。海外で活躍する日本人ダンサーは現地のバレエ学校に留学するケースが多く、直接スカウトされるのは異例だ。「英語を全くしゃべれず、ほとんど意味が分からないまま」とんとん拍子で話が進んだ。
いったん帰国し、ビザを取得して入団したのは2011年。吉田都さんが前年に退団し、入れ替わりとなった。家探しや住民票の登録など「何から何まで」自分でやらなければならず苦労した。
「白鳥の湖」でオデット役を演じる金子扶生さん=2022年(英ロイヤルバレエ団提供)
▽晴れの舞台で大けが
慣れない海外生活に苦闘しながらも着実に成長し、2013年に主役級やソロを踊る「ソリスト」に昇格し「ドンキホーテ」に登場するヒロインの町娘キトリ役に抜てきされた。順風満帆に見えたキャリアだったが、晴れの舞台で突然暗転する。
練習で忙しく、体力的にも精神的にも疲れていたが「その日は本当に楽しく、こんなに幸せでいいのかと思うぐらい幸せに満ちた踊りをしていた」。しかし、第1幕が開けて間もない時にジャンプして着地する際に「左膝が完全にはずれた」。頭の中が真っ白になった。幕が閉まり、オーケストラの演奏が止まった。
バレエダンサーは体を酷使し、けがが付きものだが「これは普通ではない」と直感した。直後は不思議と痛みを感じず演技を続けようとしたものの歩くことしかできなかった。「演技できます」と訴えたが「膝がまたガクッてはずれた。断念せざるを得なかった」。それでも、ベッドで休むと第3幕で復帰できると期待した。その時に監督が来てこう告げられた。「大丈夫。もう(無理)しなくて大丈夫だよ」。
「眠りの森の美女」で オーロラ姫役を務める金子扶生さん=2023年(英ロイヤルバレエ団提供)
▽両膝の大けが、頭の中には「辛抱」の二文字
左膝の前十字靱帯が断裂していた。腫れが引いてから手術し、リハビリ生活が始まった。「初めてのことで怖さも特になく、最初のころはポジティブにいこうと思ってリハビリに励んでいたんですけど、歩くこともできない現実に直面して体よりも精神的なつらさの方が大きかった」。
1年かけて舞台に復帰したものの今度は反対側の右膝の靱帯が切れた。左膝の状態も芳しくなく、医師の助言もあり両膝を手術した。「もう一度つらい時期を送らなければいけない」。そんな思いがつらさを増大させた。
病院のベッドからトイレにすら行けず「痛みで頭がおかしくなっていしまいそうになるぐらい」の状態からリハビリ生活がまた始まった。頭は踊る自分を鮮明に覚えているが、体がついていかない。「焦っても何もいいことはない」。思い浮かべたのは「辛抱」の二文字だった。
リハビリの時間は笑顔でいこうと決め、帰宅後に大泣きした。「もう無理かも知れないとつらい思いもしたんですけど、またすっきりして次の日は新しい自分としてのぞんだ。その繰り返しでした」。
懸命なリハビリと周囲の助けを得て復帰し、2018年に「ファーストソリスト」に、2021年に「プリンシパル」に昇格した。逆境を乗り越えられた理由を尋ねると、こう答えた。「私は本当にバレエが好き。好きだからここまでこられたとしか思えない」。
金子扶生さん(英ロイヤルバレエ団提供)
▽「自分を信じて踊る。自信は練習で手にするもの」
大けがから10年たった2023年にも「ドンキホーテ」でキトリ役を演じた。「体が同じステップをすることをおびえているのが分かるんですけど、どう対処すればいいか分かっている」。「それに向き合い、新しくなった自分が超えないといけないという試練」と覚悟して跳んだ。
金子さんは「私は自分を信じて踊るんですけど練習しないと自分を信じられない。できること、できる限りのことを全てやり、自分を信じて舞台にのぞんでいます」と、プロとしての誇りを示した。ドンキホーテでは、最終盤に連続で回転する見せ場「32回フェッテ」を見事に踊りきり、大歓声が起きたカーテンコールに満面の笑みを浮かべて応えた。
「シンデレラ」でフェアリーゴッドマザー役を務める金子扶生さん=2023年(英ロイヤルバレエ団提供)
▽「つらいからこそ、その先に何かあると信じて」とエール
金子さんは多忙な毎日を送っており、この記事の取材日時が固まったのは前日の夕方だった。インタビューは練習の合間を縫って稽古場で行った。
取材の最後に「金子さんにとって働くとはどういうことですか」と質問すると、「私はバレエを仕事と考えたことが一度もなくて、幼い頃からの夢で過ごせて、本当にありがたいと思うんです。自分の愛することをできる環境に感謝して毎日を過ごしています」と語った。
若い人に次のメッセージを送ってくれた。
「好きなことがあっても楽しいことばかりではないし、つらいことの方が多いのが当たり前だと思う。だけど、つらいからこそ、その先に何かあるということを信じて頑張ってほしい」
インタビューに応じる金子扶生さん=2023年12月、ロンドン(共同)
× × ×
外務省によると、海外に住む日本人は130万人。幼い頃の夢をかなえた人、一獲千金を狙う人、日本社会に窮屈さを感じた人、何となく海外に行き着いた人など歩んできた人生は十人十色だ。【働くって何?】では、それぞれのユニークなストーリーを紹介し、「海外で働くこと」や「挑戦すること」の意味を読者と考えてみたい。
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