トランプ氏が共和党内で「敵なし」になったきっかけは、自身への「刑事訴追」だった 被告人の立場を最大限に有効活用 一方で「ボディーブロー」になるかも…【混沌の超大国 2024年アメリカ大統領選(4)】
47NEWS / 2024年2月22日 11時0分
トランプ前米大統領が11月の大統領選での共和党候補指名争いで独走している。四つの刑事事件で起訴されながら、なぜこれほどの人気を保てるのか―。その力の源泉は皮肉にも「被告人」の立場を巧みに利用した戦略にある。自身を迫害しようとの政治的思惑が背景にあると批判して「魔女狩りだ!」と支持者をあおり、民事裁判では判事と衝突。メディアの注目を、広告代も支払わずにさらってみせた。さらに、トランプ氏が大統領に再選された場合の「奥の手」も取り沙汰される。ただ、この手法には落とし穴もあるという。後になって「ボディーブロー」のように響いてくるかもしれない。(共同通信ニューヨーク支局 稲葉俊之)
2023年4月、ニューヨーク市マンハッタンにある裁判所前に集まったトランプ前米大統領の支持者と反対派(ゲッティ=共同)
▽支持が急回復
2023年4月4日、ニューヨーク・マンハッタンにある裁判所前の一角に数百人の報道陣がひしめき合っていた。欧米メディアだけでなく、中国やロシアの記者の顔も。日本国内の事件事故ではこれほど数多く、多様な記者やカメラマンが集まる現場を見たことはなかった。
頭上ではけたたましいプロペラ音が聞こえる。数日前に米大統領経験者として初めて起訴され、罪状認否で出廷するトランプ氏の車列を報道機関のヘリコプターが追っていた。本人が地裁前に姿を現すと無数のシャッター音が響いた。
政権を去ってから2年余りが経過し、岩盤支持層以外の有権者にとっては「過去の人」となりつつあった前大統領。テレビ広告に資金を投入する必要もなく、当日は生中継で一挙手一投足が詳報され、表舞台への復帰に刑事訴追が大きな役割を果たした。
2023年4月、ニューヨーク市マンハッタンの裁判所の外で旗を振るトランプ前米大統領の支持者(ゲッティ=共同)
「抗議しろ。国家を取り戻せ」。トランプ氏は起訴前の3月中旬に交流サイト(SNS)で「逮捕される」と予告し、東部ニューヨーク州検察による不当な捜査だと反発。容疑が不明な段階から一貫して犯罪への関与を否定していた。
政治サイトのファイブサーティーエイトによると、起訴直前からトランプ氏の共和党内の支持率は急速に上昇。2位のデサンティス・フロリダ州知事との差は10ポイント前後から30ポイント以上に広がった。党支持者がトランプ氏の主張を受け入れたのは明らかだった。
共和党の主な大統領候補の支持率の推移。紫色がトランプ氏。4件の起訴(3/30、6/8、8/1、8/14)の前後で他候補との差が拡大している。(政治サイトのファイブサーティーエイトによる)
▽検事は民主党
確かに四つの刑事事件には公平性に疑念を抱かせる点がある。
トランプ氏は(1)3月30日に不倫もみ消し問題でのニューヨーク州法違反(2)6月8日に私邸への機密文書持ち出しでの連邦法違反(3)8月1日に議会襲撃事件に関連する連邦法違反(4)8月14日に大統領選介入での南部ジョージア州法違反―の罪で起訴された。
ニューヨーク州とジョージア州の事件で捜査を率いたのは直接選挙で選ばれる地方検事で、どちらも民主党候補として当選した。最終的に市民で構成する大陪審が起訴の可否を判断して客観性を担保する仕組みだが、捜査が党派対立と無関係とは断言しづらい。
2023年6月、米南部フロリダ州マイアミの裁判所周辺で「魔女狩りをやめろ」と訴えるトランプ前大統領の支持者(共同)
トランプ氏の議会襲撃への関与と私邸への機密文書持ち出しの捜査では、司法省はバイデン政権から独立させるためにスミス特別検察官を任命した。ただトランプ氏は「トランプ嫌いの検察官」「精神錯乱状態にある」などとスミス氏を個人攻撃し、訴追の正当性を否定している。
トランプ氏が起訴に先立ち、2022年11月にいち早く大統領選への出馬を表明したのも巧妙だった。その後の訴追や民事訴訟が、民主党による共和党候補への「選挙活動の妨害」だとの構図を支持者に訴えることを可能にした。
一部の世論調査では、最後に起訴されたジョージア州の選挙介入事件には「政治的な動機があると思う」との回答が49%で、「そう思わない」の32%を上回った。
トランプ氏が共和党候補となる可能性が高まる中で「奥の手」として注目されるのが、大統領に返り咲いた後に自身を恩赦するシナリオだ。前例はなく、各州の事件に恩赦の権限はないとされるが、現職大統領を州法違反に問えるのかどうかなど、専門家は「未知の領域」だと漏らしている。
2023年8月、米ワシントンの連邦裁判所に到着するトランプ前大統領(ロイター=共同)
▽ボディーブロー
一方で、トランプ氏の戦略に影を落とすのは民事訴訟だ。政治的迫害の「被害者」だとの主張に変わりはなく、自ら頻繁に出廷して注目を集める。証言台に立つと「この法廷で起きていることが詐欺だ」と持論を展開した。
判事は「政治集会の場ではない」と証言を制止し、代理人弁護士に「被告を制御できないのか」といら立つ場面も。ルールを守っていないのはトランプ氏だったが、共和党支持者には自由な発言を許さない強権的な判事に映ったかもしれない。
しかし、政治的なアピールや支持固めには成功しても、判事らの心証を損なった結果、民事では敗訴が続いている。
今年1月に女性作家への性的暴行に関わる名誉毀損が認定され、懲罰的賠償を含めた総額8330万ドル(約124億円)の支払いを命じられた。2月には、一族企業「トランプ・オーガニゼーション」の資産価値を偽り不正な利益を得たとして得たとして、3億5480万ドルの支払いを命じられた。
2024年1月26日、米ニューヨークの連邦地裁に出廷したトランプ前大統領を描いた法廷スケッチ(ロイター=共同)
ブルームバーグ通信はトランプ氏の総資産が約31億ドルに上ると推定している。他の米メディアもトランプ氏に賠償金などを支払う能力があり、敗訴しても「破産する可能性は低い」(ワシントン・ポスト紙)とみる。
また上訴審で争い続ければ、原告への支払いは先延ばしにできる。だがその間、裁判所にほぼ同額の現金を預けるか、保証会社を利用して保険料を支払い、担保を提供する必要がある。一時的にでも資金繰りに影響を与え、民事での敗訴がボディーブローのように響いてくるかもしれない。
打撃の大きさが垣間見えたのは女性作家への名誉毀損で賠償命令が下された直後。トランプ氏は声明で「バイデン(大統領)が指示した私と共和党への魔女狩り」と批判しながらも、それまで審理でも「うそつき」呼ばわりをしていた女性作家への言及は避けた。
巨額の賠償額を意識し、さらに名誉を傷つけたと受け取られないように慎重にならざるを得なかった事情をうかがわせ、米主要メディアはそろって「攻撃を控えた」と驚きを持って伝えた。
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