「いまだに教義の影響から抜け出せない」山上被告の元に届く、宗教2世たちからの手紙 にじむ苦悩とトラウマ、共感も…読んだ被告も気にかける
47NEWS / 2024年3月7日 11時0分
大阪拘置所に勾留されている1人の被告の元に、見知らぬ人々からの手紙が寄せられている。「親の献金でお金がなくなった」「家族が壊れた」。そんな切実な思いをつづったものもある。
受取人は、安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人などの罪で起訴された山上徹也被告。差出人は、宗教の信者を親に持つ「宗教2世」の人たちだ。関係者によると、境遇が似た被告に自身の苦しみを伝える内容が目立ち、被告は返信していないものの、気にかけて読んでいるという。
宗教2世の中には、親が信じる教義に翻弄され人生を狂わされた人も多い。京都府立大准教授の横道誠さん(44)もその1人。銃撃事件の前から当事者同士の自助グループを主催し、それぞれの苦悩に向き合ってきた。
「いまだに教義の影響から抜け出せない」
当事者たちが語るトラウマに、自身の経験が重なる。事件を機に2世の存在は広く認識されたかもしれない。ただ、当事者への理解や相談の受け皿づくりはまだ不十分だと感じている。(共同通信=大河原璃子)
母親が入信する前の幼少時の横道誠さん(本人提供)
▽生い立ち
横道さんが小学校低学年の時、父が不倫して家を出たのをきっかけに、母が「エホバの証人」に入信。頻繁に集会へと連れ出されるようになった。当時はじっとしていられず動き回ることが多く、母は「しつけ」と称して、家でたびたびガスホースやベルトで殴って矯正しようとした。
教団ホームページには聖書の言葉としてこんな文章が掲載されている。
「むちを控える人は子供を憎んでいる。子供を愛する人は懲らしめを怠らない」
横道さんによると、このような言葉が影響し、「むち打ち」が習慣化していた信者もいたという。
母は殴った後に「愛しているからやっているんだ」と抱きしめる。横道さんは「認知がゆがみ、心が壊れた」
しばらくして離人症を発症し、殴られる自分を幽体離脱して眺める感覚に陥るように。小学校でのいじめにも苦しんだが、家で母と過ごすのも恐怖を感じ、教室を抜け出しては街をさまよった。
それでも母を喜ばせたい感情が勝り、教義の勉強に打ち込んだ時期もあった。しかし、学べば学ぶほど内容に不信感を抱くようになり、中学生の時、集会に行くことをやめた。自分が感じた「教義の矛盾」を母に語り続けたが、聞く耳を持ってもらえなかった。
そのうちに諦め、大学在学中に家を出た。それから母と連絡を絶っている。
取材に応じる横道誠さん=2023年11月
▽自助グループ
やがて大学で教壇に立つようになった横道さんは、「エホバの証人2世」だと知られることを恐れ、長年隠し通してきた。
だが4年ほど前、うつ病、発達障害と相次いで診断されたことが自分のパーソナリティーを見つめ直すきっかけとなり、宗教2世の立場をカミングアウトすることを決意。自らの体験や苦しみをインターネット上などで発信するようになった。
2020年には「宗教2世の会」を立ち上げた。月1回オンラインで10人ほどがつながり、解決の道を探っていく場となり、これまでに高校生から60代まで延べ400人近くが参加してきた。
花壇などが整備された銃撃事件現場=2024年1月、大和西大寺駅前
▽参加者の悩み
2世の会の参加者が抱える悩みは多岐にわたる。
「虐待がフラッシュバックする」
「行動を制限されてきたせいで社会になじめない」
経済的な問題もその一つだ。献金による家庭の困窮をはじめ、「親と絶縁したため保証人がおらず、住宅物件の賃貸契約が結べない」「宗教の影響で進学を制限されたため仕事に就けない」といった切実な声が多い。
こんな不安を抱える参加者もいる。
「離れたはずの宗教の価値観が、自分の人格の一部を形成しているのではないか」
ある女性は、人間関係をうまく構築できない時などに「いまだに宗教が自分に影響し続けている」と感じるという。別の男性は「大嫌いな宗教にずっとストーカーされている気分だ」
こうした不安の根底には、教義を教え込む親に価値観や思考を矯正された幼少期の境遇があると横道さんはみる。社会的なマナーや常識を教えるための一般的なしつけとは異なり、簡単には抜け出せないという。
平出明彦さん(本人提供)
▽自殺未遂
2世の会の参加者に、壮絶な過去を明かしてくれた人がいた。設立当初から参加し、介護支援専門員や社会福祉士として働く平出明彦さん(49)だ。
横道さんと同じく、幼い頃に母がエホバの証人に入信し、「お祝い事を禁止されてクリスマスを祝えなくなり、サンタさんからのプレゼントも来なくなった」。友達との交流も制限され、「集会に行きたくない」「遊びに行きたい」と反発すると、おしりを革のベルトでたたかれた。楽しみも自分の主張も否定されて「このまま生きていても楽しくない」と絶望。小学5年の時に自殺未遂を起こしたこともある。
テレビやゲームといった娯楽的なものは禁じられ、学校でも話が合わず孤立。中学3年の時に同級生から集団暴行に遭う。直後に足を運んだエホバの証人の集会で「よく来たね」と迎えられ、信仰に傾倒するようになった。しかし、元信者が内部の問題を指摘した本を読んで不信感を抱き、20歳で信仰をやめたという。
「だまされた」「人生を狂わされた」
怒りで気が狂いそうだった。アルコールやギャンブルに依存して気を紛らわせ、衝動的に素手でガラスを割ることもあった。
そんな自分に嫌気が差し、意を決して進んだのは、介護職の道。勤務先の施設で高齢者に感謝されたり、上司に仕事ぶりを評価されたりして「生きていていいんだ」と思えるようになった。
やっと光が差したかに見えた23歳の頃、6歳下の弟が自殺した。
弟の胸にどんな思いが去来していたのか、分からない。それでも四十九日が終わってすぐに家を出た。結婚して2人の子どもを授かり、28歳で介護支援専門職員の資格を取得した。宗教のトラウマからは立ち直ったと思っていたのに、自分の息子が弟の亡くなった17歳を迎えた頃、忘れていたはずの体罰や不遇な過去の記憶がフラッシュバックするようになった。
「もう逃げちゃだめだ」。そんな思いで横道さんが主催する会に加わり、現在は、SNS上で音声会話できる機能を使って2世同士が自由に語らう場をつくっている。
ネットが普及していない時代は悩みを打ち明ける相手もおらず、自暴自棄になっていたという。ようやく、かつての悔しさや悲しみ、怒りを他人と共有でき「孤独感から解放された」。
生まれたばかりの長男を抱く平出さん(本人提供)
▽苦しむ人たちに手を
こうした被害者の存在は、元首相銃撃事件の前は注目されることがなかった。横道さんは「見捨てられるのが当たり前だった」と振り返る。
「山上被告がしたことは許されることではない」と話す一方で、事件をきっかけに被害の実態が明るみに出たとも指摘する。「隔絶されてきた被害者らが自分の置かれた状況を把握することができるようになった」
誰かに話すことで自身の体験を直視して整理できると考え、2世の会を運営してきた。山上被告についてはこう思っている。「同じ悩みを抱える仲間とつながっていたら何かが変わっていたかも」
一方、ネット上では、2世として活動する横道さんに厳しい言葉も目立つ。「いつまでも悩んで情けない」「忘れて前を向けば良い」。そんな文章を目にすると、まだまだ社会の理解が進んでいないと改めて感じる。
理解を促すために、まずは支援法を整え、宗教被害に詳しい専門的なカウンセラーや支援センターを増やし、家庭を離れて身を寄せられるような環境も整えるべきだと考えている。旧統一教会の解散命令請求などの動きだけでなく、「今なお苦しむ人たちに、手を差し伸べてほしい」
事件から1年半が経過した。社会はどれだけ変わっただろうか。
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