「神頼みではなく備えを」地震国トルコで防災指南を続けるベテラン駐在員、気付けば講演500回 「できるのは俺しかいない」活動支える使命感とは
47NEWS / 2024年3月14日 10時0分
昨年2月に発生し、トルコだけで5万3千人以上が死亡した大地震から1年が過ぎた。トルコは日本と同じ地震国ながら、建物の耐震強度や住民の備えが十分とは言えない。
「トルコ人は神頼みばかり。日本人もお祈りするが、やることをやってからお祈りする。あなたたちは始めからお祈りする。それではだめだ」。トルコに住む1級建築士の森脇義則さん(68)は厳しい言葉と冗談も交えながら、
防災対策を呼びかける講演を続けている。備えれば被害は減らせると信じ、講演は500回を超えた。異国の地でなぜそこまで頑張り続けられるのか。本音に迫った。(年齢は取材当時、共同通信イスタンブール支局 橋本新治)
トルコ南部ヌルダーのコンテナ式の仮設住宅が並ぶ場所で遊ぶ子どもたち=2月3日(共同)
▽きっかけは東日本大震災
森脇さんは日本のゼネコン「安藤ハザマ」のトルコ代表で、1990年からトルコで勤務してきた。建築現場を渡り歩き、流ちょうなトルコ語も現場の作業員仕込みだ。トルコ建国の父、アタチュルクへの敬愛も深い。
トルコで講演を始めたきっかけは2011年の東日本大震災だった。「自分に何かできることはないか」と考え、思い立ったという。昨年2月のトルコ・シリア大地震では、1923年のトルコ共和国建国以来、最悪の被害が出た。建物の強度不足や欠陥工事が被害の拡大を招いたと指摘される。「トルコの建物も日本同様にちゃんと建てていれば、そこまで被害は出ないはずだ」と強調する。
大地震の爪痕が残るトルコ南部アンタキヤ中心部=2月5日(共同)
▽トルコ人よりも「トルコ人」
今年1月、トルコ北西部ヤロワで高校生向けの講演会を取材した。森脇さんは慣れた語り口で経歴を披露し「ある意味、私は皆さんよりトルコ人だ」と笑いを誘った。トルコ語で軽快に冗談を飛ばして聴衆を引き込み、地震が起きる仕組みから身を守る方法まで丁寧に説明する。
高校生向けに防災講演をする森脇義則さん=1月12日、トルコ・ヤロワ(共同)
「トルコの建物の50%は無許可建築と言われる。地震が起きたとき、日本のように机の下に隠れるより、トルコでは『命の三角形』が有効だ」と呼びかけた。
命の三角形とは、地震で壁や天井が崩れ落ちた際、ベッドや家具の脇にできる三角形の隙間のことだ。倒壊建物から身を守る空間になる。昨年の大地震でもここに逃れ、助かった人が多かった。がれきに埋もれたときに備え、ベッド横に、金属製のホイッスルや水、チューブ入りのチョコレートを常備しよう―。これも森脇さんが常に訴えるポイントだ。「家族の集合場所を決めておくべきだ」とも説明した。講演を聞いた高校2年のエブラル・コチュさん(14)は「なるほど!と思った。考えたこともなかった」と話す。
被災地のがれきに描かれたヒマワリ。「希望」を願い、地元出身のアーティストが描いたという=2月6日、トルコ南部アンタキヤ(共同)
▽被災地に広がる無機質な更地
大地震から1年に合わせて、記者は今年2月、甚大な被害が出たトルコ南部アンタキヤを訪ねた。市街地では倒壊建物の撤去が進み、無機質な更地が広がっていた。一見すると、耕された畑にも見えるが、よく見れば、がれきを撤去した後に地面をならしてあるだけだった。
視界に延々と続くのは、建材や家具の破片、壊れた生活用品、ゴミ。今なお行方不明の家族を探し続ける人、墓地で泣き崩れる人、使えるものがないか歩き回る人の姿もあった。
トルコ政府は復興住宅の建設と引き渡しを進め、成果を強調するが、トルコ全体では70万人がコンテナ式の仮設住宅で暮らし続けている。自力で生活できない貧しい人たちが、仮設に取り残されつつある現実があった。
地震で倒壊した建物が撤去され、更地になった元住宅街=2月5日、トルコ南部アンタキヤ(共同)
▽前世はきっと…
大地震の発生後、森脇さんはトルコのテレビ各局から引っ張りだこになり、今年1月の能登半島地震でもテレビで解説した。
森脇さんが小中高生や専門家、業界関係者向けに続けてきた講演は、これまでに500回を超えた。「考えてみると、トルコ語で地震や建物の話ができるのは私しかいない。日本から先生が来ても通訳が入り、しかも専門用語になる。トルコにも学者はいるが、適当なことばかり言う。自分の言葉なら伝わる。『これができるのは俺しかいない』という感じになっている」と話す。
高校生向けに防災講演する森脇義則さん=1月12日、トルコ西部ヤロワ(共同)
昨年、引退を予定していたが、安藤ハザマの本社に活動を評価され、続投することになった。これからも「国も自治体も学校も家庭も、みんなが地震に備えれば、被害の7割は防げる」と訴え続けるつもりだ。
どうしてこれほど頑張れるのか、自問したことがある。「私の前世はきっとトルコ人なんだ。正義感だけではない。使命感がある。死ぬまで続ける」。そう語る笑顔には、充実感があふれていた。
地震犠牲者が眠るトルコ南部アンタキヤの墓地。故人をしのぶ人々が絶えなかった=2月6日(共同)
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