障害のある子どもに廊下でも授業、特別支援学校の生徒急増で教室不足 態勢強化が必要…でも「隔離」に国連や専門家は懸念
47NEWS / 2024年3月10日 10時0分
少子化で小中高生の数が減る中、障害がある子どもが通う特別支援学校の児童生徒数は増加している。これまで自治体や学校は、足りない教室を確保するため、一つの教室を複数に区切ったり、廊下で授業を行ったりする苦肉の策で学びの場を維持してきた。しかし、障害に応じたきめ細かな対応が欠かせないため、教員の負担は増え、設備や人員といった態勢を増やす必要に直面している。
ただ、国際的には、障害の有無などにかかわらず一緒に学ぶ「インクルーシブ教育」が主流だ。特別支援教育が「障害のある子どもを隔離している」という指摘も根強く、日本の在り方は国連から批判も受けている。専門家は「特別支援教育が当たり前になってしまうと、あるべき姿から遠ざかるのではないか」と懸念する。学校現場や当事者への取材を通して、教育環境の「あるべき姿」について考えた。(共同通信=重冨文紀)
群馬県立伊勢崎特別支援学校=2023年11月
▽音楽や体育の授業は廊下で…全国で3740の教室が不足
2023年10月、群馬県伊勢崎市の県立伊勢崎特別支援学校を訪ねた。音楽の授業で、「やった、その歌好き!」と子どもの歓声が上がった場所は1階廊下だ。小学5年の児童計10人が教室から椅子を持ち出して童謡に耳を傾け、思い思いに感想を述べ合っていた。開放感がある一方、音楽が学校中に響き、教室内で別の授業を受ける子どもが集中を乱すこともあるという。
伊勢崎特別支援学校には、2023年10月時点で小1~中3の計167人が在籍。その数は過去10年で約1・5倍に増加し、教室不足に陥っている。音楽や体育などの授業を廊下で実施するほか、教室を区切るなどして使う。校舎も老朽化し、施錠部分が破損して開けられなくなった窓もある。県は校舎の一部を改築して高等部を新設する方針だが、実現は2027年度と遠い。
文部科学省によると、全国の小中高生数が減少する一方、特別支援学校の児童生徒数は年々増え、2023年5月時点で計15万人余りとなった。2021年10月時点で全国の公立特別支援学校では計3740の教室が足りず、整備が追いついていない。
児童生徒増に伴い、教員の負担も増している。伊勢崎特別支援学校では、授業中に教室内を歩き回りながら話し続ける児童や、ヘッドホンをしてうつぶせたまま動かない生徒もいた。酸素吸入が常時必要な医療的ケア児もおり、教員はそれぞれの指導や安全確保に奔走しているのが現状だ。
田中健一校長は人員確保の重要性を訴える。「移動時間や休み時間も目を離せない。個別の児童生徒に合わせた教育をするには、それに見合った数の教員が必要だ」。しかし、群馬県教育委員会は「教員が病気や出産などで長期休職する際の補充が難しい」と苦しい実情を打ち明けた。
▽児童生徒3~4人に教員が1人、個別に指導計画作成し細かなサポート
文部科学省は、特別支援教育では「一人一人の教育的ニーズを把握し、生活や学習上の困難を改善または克服するため、適切な指導および必要な支援を行う」としている。公立校の小中学部では1クラスの基準人数を6人、複数の障害があれば3人に設定。子どもごとに教育支援計画や指導計画を作成し、普通学校と比べて学習面や生活面でよりきめ細やかなサポートが受けられる。
伊勢崎特別支援学校では授業中は、常に児童生徒3~4人に教員1人が付き添い、発達や理解度に応じて教える。中学生が紙工作品を作る作業学習では、教員がはさみの使い方を「丁寧に」「力抜いて」など声をかけながら、技術や安全の面から一人一人に指導。生徒同士で自然と声をかけ合う場面もあった。
文部科学省は児童生徒増の背景を、こうしたきめ細やかな支援が実施されていることへの理解が広まったからではないかと分析している。
▽「十分な支援を受けられると思わないで」と言われ、普通学校入学を断念
障害のある子どもの保護者は、就学先を巡って心が揺れる。普通学校と特別支援学校。「どういった環境がわが子に合うのか」と思い悩むからだ。
普通学校への入学を望む保護者も少なくないが、就学先は最終的に市町村の教育委員会が決定する。障害者やその保護者が参加する当事者団体には「地元の小学校に入りたいが、教育委員会が認めない」との相談が絶えない。増加した児童生徒数には「積極的に選んだ」とは言えないケースも含まれそうだ。
群馬県内に住む女性(51)は、知的障害がある長男を普通学校に入学させたかったが、学校側から「十分な支援を受けられると思わないでください」とくぎをさされて断念、伊勢崎特別支援学校に進学させたという。
別の母親(47)も、ダウン症がある次女の進学先として地元の普通学校を希望していたが、子どもへのサポート体制に不安を覚え、伊勢崎特別支援学校に変更した。ただ、次女は入学後、教員の指導で着替えや食事など身の回りのことが自分でできるようになった。「地域の子供と関係が断たれるのは不安だが、現状の支援体制では普通学校は考えられない」と話す。
普通学校では教員数が確保できないとして、障害のある子どもの保護者が学校行事のたびに同行を求められることも多い。共働きなどでこうした点に不安を覚える保護者にも、特別支援学校の手厚さは頼もしく映るようだ。
日本政府を審査する障害者権利委員会の委員ら=2022年8月、スイス・ジュネーブ
▽特別支援教育…国連は「障害がある子が分離された状態」と中止を勧告
ただ、特別支援教育ありきで拡充するという方向性には議論が残る。国連の障害者権利委員会は2022年9月、「障害がある子どもが分離された状態が続いている」として、特別支援教育の中止を日本に勧告した。文部科学省は「可能な限り共に教育を受けられるように整備する」としているが、永岡桂子文部科学相(当時)は勧告後の記者会見で「中止は考えていない」と述べ、現状維持を前提とした。
教育現場では「共に教育を受ける」ための独自の取り組みも広がっている。
兵庫県伊丹市では、いずれも県立の阪神昆陽高と阪神昆陽特別支援学校が同じ敷地内に設置されている。両校の生徒同士が行き来し、授業や休み時間を通して交流できる仕組みだ。金沢市の石川県立いしかわ特別支援学校では、生徒増を受け学校を再編し、2025年に高等部の一部を市内の普通高校の敷地内へ移転する。
東京都では、特別支援学校の児童生徒が地元の校区の普通学校にも籍を置く「副籍制度」を原則とし、学校行事や一部の授業を共に実施する。
講演する東京大の小国喜弘教授=2023年12月、群馬県高崎市
▽「分けない」インクルーシブ教育、大阪府豊中市は実践
特別支援学校ありきの施策を懸念するのは、東京大の小国喜弘教授(教育史)だ。「学校教育段階で居場所を分けることは、障害がある人を隔離し差別する社会の入り口となる恐れがある」
小国教授は日本の特別支援教育の課題をこう解説する。「インクルーシブ教育の肝は、クラスなど常に一緒にいる集団を障害の有無で分けないことだ。学習効果があるかどうかではなく、障害に基づいて隔離することが人権を制限しているという感覚が重要だ」。分離を原則とすればインクルーシブ教育は実現しないとして、共に学べる環境整備や人材育成へ転換するよう促した。
実際に「分けない教育」を実践している自治体もある。大阪府豊中市では、障害のある子供も地域の学校に通い、同じクラスで学ぶことを原則としている。担当教員が普通学級に入って支援し、身体障害のある児童には介助員が付きそう。障害に応じて学習環境も整備。例えば、全盲の児童が就学する場合は点字の教科書や点字ブロックなどを整備する。
自らの経験を語る川端舞さん=2023年12月、群馬県高崎市
▽「いろんな同級生と関わることで社会問題を自分ごととして考えられる」
当事者の1人として、先天性の脳性まひで手足や発話に障害がある川端舞さん(31)は、群馬県内の普通学校に通った経験からこう訴える。「障害者の私が普通学校に通うのは権利で、安心して過ごせるようにするのは学校の責任ではないか」。小中学校ではいじめを受けた経験があるが、高校時代は教員が積極的に話を聞いてくれたことで周囲の生徒と交流が深まり、友人ができた。
中にはトランスジェンダー男性として生きる友人もおり、LGBTQ(性的少数者)の問題にも関心が生まれたという。「どんな違いがあっても、いろんな同級生と関わることで社会問題を自分ごととして考えられる。インクルーシブ教育にはそんな力があるはずだ」と話す。
小国教授は川端さんの思いをこう後押しする。「日本では『障害者教育』に矮小化されているが、インクルーシブ教育とは本来『全ての差異の包摂』を目指すものだ。普通教育の中で、障害の有無だけでなく、人種や性的マイノリティーなどの多様性を保ち、ひとりひとりが尊重することが重要だ」
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