伊藤美誠は泣きながら母に伝えた「卓球が嫌になった状態でやめたくない」 五輪選考レースが終わった今だから明かせる当時の思い、そして世界ランク1位へ新たな挑戦
47NEWS / 2024年3月16日 11時0分
2021年の東京五輪の卓球で金銀銅メダルを獲得した伊藤美誠選手(スターツ所属)は1月まで約2年間続いた代表争いの末、パリ五輪出場を逃した。3月3日に共同通信のインタビューに応じ、引退がよぎる中で臨んだ五輪選考レースや、新たな目標に掲げた世界ランキング1位への思いを語った。(共同通信=大島優迪)
▽「あれだけやっても銅メダル」五輪シングルスに挫折感
新型コロナウイルス禍により1年延期で開催された東京五輪。水谷隼選手と組んだ混合ダブルスで日本卓球界初の金メダル、女子団体は銀、シングルスでは日本女子初のメダルとなる銅を獲得した。華々しい功績だが、本人の胸中は違った。
東京五輪で金銀銅のメダルを獲得し、記者会見でポーズをとる卓球女子の伊藤美誠選手=2021年8月7日、東京都内(代表撮影)
「(東京五輪前は周囲が)『この子、もうすぐ死ぬんじゃないか』というくらいまで練習していた。若干、狂っているというか。そこまでできたのも五輪で金メダルを本当に取りたい思いがあったから」
「だからこそ金銀銅を取れたけど、あそこまでやってシングルスで銅だった。悔しさしかなかった。あれだけやって銅だったら、どれだけやっても金を取れないと思ってしまった。銅を取って良かったこともありながら、悔しい気持ちの方があった。銅を取ったのに挫折したみたいな」
「ミックスで金を取った時はすごくうれしかったけど、(大会前の時点での感触は)シングルスは銅が当たり前で、いって金。(結果としてシングルスは銅メダルとなり)当たり前のことをやり遂げた感じ」
「自分に少し厳しかった部分もある。それぐらい厳しかったから東京五輪までの道のりをやり遂げられた。でも逆に言えば、その後がつらかった。そこまでしても銅となったから『それ以上にやらなきゃいけない』とか『環境を変えないといけない』と思った」
東京五輪の混合ダブルスで金メダルを獲得し、抱き合って喜ぶ水谷隼選手(右)と伊藤美誠選手=2021年7月26日、東京体育館
▽「練習しても魂がない」五輪に向けた準備ができていなかった
満足に休めないまま、2021年11月の世界選手権個人戦(米ヒューストン)に向けた練習を始めた。しかし「それ以上にやらなきゃ」という思いとは裏腹に身が入らなかった。
「やってもやっても上達しない。魂がないというか。体が勝手に動いているけど、魂がないから練習をやっているのにボロボロ。世界選手権の時に『やっても無駄かな』と感じてしまった。そこから、いろいろ考えることがあり『今、楽しくないな』と思った」
2022年1月の全日本選手権では3大会ぶり3度目の優勝。2022年3月の国内選考会から始まったパリ五輪のシングルス代表2枠を争う選考レースへ、視界良好に見えたが、心身とも疲弊していた。
「東京が終わって普通であれば、パリに向けて一息置いてから自分のタイミングで再出発しないといけないけど、準備が全くできなかった。今(選考が)終わったから言える。途中であれば言い訳になると思い(気持ちを)吐けない部分があった。無理やり出発させてしまい、最初は自分の体に謝りたいと思った」
「自分は海外の試合に出て中国人選手と戦って勝つというのを夢見ていた。東京が終わってすぐに選考会があった時に、もう体がついていかないというか。パリを目指している訳でもないのに、何で出なきゃいけないんだろうと感じて。無理やり試合に出させられた感じがあった」
東京五輪の女子団体で銀メダルを獲得し、表彰台で笑顔を見せる(左から)平野美宇選手、石川佳純選手、伊藤美誠選手=2021年8月5日、東京体育館
▽母からの言葉「やめるか、パリを目指すのか」
最初の選考会の直後、2022年3月に行われた世界ツアーのシンガポール・スマッシュへ転戦した。「気持ちも体も全てボロボロになった」というタイミングだった。この遠征中、伊藤の様子を案じた母美乃りさんに諭された。「だらだら続けても面白くないし、楽しくないんだから、やめるか、パリを目指すかどっちかにしなよ」
伊藤は泣きながら母に伝えた。「こんな卓球が嫌になった状態でやめたくないという思いがあった。もう無理やりだけど、オリンピックを目指す」。肩の荷が少し下りてスッキリしたと同時に、選考レースを戦い抜く覚悟を決めた。
国際競争力を重視して世界ランクで代表を決めた東京五輪と違い、パリ五輪は国内外の大会成績に応じたポイントで決める方式だった。重視されたのは、6度の選考会や2度の全日本選手権など国内の成績だった。「世界ランキングであれば絶対にいけるという確信はあったけど、何度も選考会をやるのは自分にとって不利だ」と感じた。
伊藤は海外勢では少ない「表ソフト」と呼ばれる粒々のラバーをバックハンドに貼って戦う前陣速攻型だ。ミスを恐れず台に近い位置から速球を打つことで回転が不規則なナックルボールが出やすい一方、何度も対戦すると慣れられてしまう。また、自身と同様に異質ラバーを使った相手との対戦では苦慮したという。
世界卓球団体戦のルーマニア戦第1試合でプレーする伊藤美誠選手=2月22日、釜山(共同)
「異質ラバーの選手に対し、自分は試合を重ねることで相手のボールに慣れて勝っていきやすいタイプ。でも海外の試合を頻繁にやれるわけではなく、成長がほとんどできなかった。どちらかというと日本人に合わせた卓球になって、面白さが欠けてしまった。それが上に行けなかった理由でもあった」
「小学4年ぐらいから海外の試合にいっぱい出させてもらった。海外で成長したと思っている。すごくアグレッシブな卓球だからこそ、日本人もびっくりした。自分の卓球だからこそ海外に合う。海外の感覚や面白さを受けてプレーしていた。そういうのが必要だと感じた」
国内戦と世界ツアーを並行して戦う過密日程でコンディション調整に苦しんだ。選考レース中、体調不良や腰の痛みなどで満足にプレーできないことも多かった。
「海外にいても日本に合わせちゃう変な嫌な感じがあった。海外で成長したい気持ちがあったから海外も行くと選択したけど、海外と日本で毎回(使う)球も違うし、移動も相当疲れてタフな状態だった。それも刺激と思えば良かったけど、体が自然と悲鳴を上げた」
世界卓球団体戦のイラン戦でプレーする伊藤美誠選手=2月17日、釜山(共同)
▽向き合い方を変え、楽しむ気持ちを取り戻せた
2024年1月の全日本選手権まで同い年の平野美宇選手(木下グループ所属)と争ったシングルス代表の2枠目は僅差で逃した。パリ五輪の団体要員にも選ばれず、3大会連続の五輪出場はならなかった。しかし、選考レースの後半、試合でベンチにコーチを置かないことや、参戦するTリーグの日本生命の選手と練習するなど競技との向き合い方を変え、楽しむ気持ちを取り戻せた。
「本当にやり切った。(2022年3月の)シンガポールの時から楽しい卓球が全然できなかったけど、やり方や環境を変えたことで楽しいと思えるようになった。取り戻せて良かった。シングルス(の枠)を取れなかった時は超悔しい。でも最後にみんなから『残念だったね』じゃなくて『お疲れさま』と言ってくれた言葉がすごく染みた」
「(ことし1月の)全日本が終わった後、やめたいけど、もうちょっとやりたい気持ちもあった。だからこそ全日本が終わった日に本当にやりたいことを考えた。世界の大会に出て感覚や実力をもっと上げたいし、世界ランク1位を目標に頑張ろうと思った」
「世界選手権や五輪は一発の大会だから金メダルを取る確率が(世界ランク1位より)ある。でも世界ランク1位は積み重ねで、本当の実力。そこが新たな目標になった」
全日本選手権の試合後、記者会見する伊藤美誠選手=1月26日、東京体育館
世界ランキングは過去最高が2位。直近では東京五輪開幕直後の2021年7月27日付でマークした。今年の3月5日付は12位。7日に始まったシンガポール・スマッシュや3月下旬のチャンピオンズ仁川など格が高い大会が続くが、大きな目標にどのように挑むのか。
「当時は1位との差がすごくあった。中国選手は大きな大会に1回出たら大体決勝までいくので、自分たちの3大会分くらいのポイントを取る。1大会で、どれだけ上に行けるかが大事になる」
「海外の選手とたくさん試合をして成長したい。練習でも海外に行けたらいいなと思う。アグレッシブで楽しい(スタイルの)方と練習して、いろいろと磨いて成長して、世界ツアーに出る感じにしたい。中国人選手の球も受けて慣れたい」
▽五輪の期間は「ラケットを持たずに旅行したい」
世界ツアーに出場するのはパリ五輪開幕前の7月の大会までという。その理由を聞いた。
「結局、五輪に出た選手はめちゃめちゃ(ランキング)ポイントをもらえる。7月に私が1位になったとしても、五輪に出た選手に上回られる。パリ五輪の先は全く考えてない。7月までやり切りたい」
「みんなが五輪をやっている時に、自分はやりたいことをやりたい。海外旅行に行ったり、ラケットを持たずに旅行したり。いつも卓球用具を持っていっているので、持たずに海外に行ってみたくて。それが一番の楽しみ。だから、それまでやり切りたい」
「五輪でみんなが頑張っている時期ではあるけど、自分はそこまでやり切るのがベストで、自分にご褒美をあげたい」
2歳でラケットを握ってから約21年、卓球にひたすら打ち込んできた。今夏の節目まで、全力を注ぎ続ける。
インタビューに応じる卓球の伊藤美誠選手=3月3日
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