1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

超希少疾患と診断されたわが子 孤独と不安を乗り越えるため自ら患者会を作った母親の思い

47NEWS / 2024年3月23日 10時0分

自宅で過ごす鈴木希ちゃんと母・歌織さん=2023年11月15日午後、大阪府豊中市

 わが子の病名が判明した。「バイン症候群」。聞いたことのない名前だった。
 日本に患者はいる?どんな症状が出る?何に気をつければ良い?治療法はある?
 圧倒的に不足する情報、似た境遇の人が近くにいない不安…。悩む母親がたどり着いたのは米国で精力的に活動する患者会だった。「日本でもきちんとした情報を得て交流できる場を作ろう」。母親はそう決心し、自ら患者会を立ち上げた。少しずつ仲間を増やし、情報を伝え、交流する。超希少疾患の患者や家族が支え合う活動を始めた。(共同通信=岩村賢人)

 ▽「HNRNP関連遺伝子」に変異

 2023年11月、大阪府豊中市の認定こども園「北丘聖愛園」。鈴木希ちゃん(当時3歳、現在4歳)が、ホールの舞台に座り、ピアノの伴走に合わせて頭を揺らしながら、手で床をたたいていた。発表会の練習だ。時折、隣の子を見て笑顔を見せる。


 「舞台の下に下ろすから、のんちゃん、そこからは自分で動いてね」。練習が終わると、先生が呼びかけた。下ろしてもらった希ちゃんはその場で座ったままニコニコしている。先生は「おいでー」と声をかけ続けていていたが、やがて希ちゃんに近づいて抱き上げた。舌をぺろっと出して笑う希ちゃん。「今日はのんちゃんの勝ちだねー」と先生も笑った。
 希ちゃんは「HNRNP関連遺伝子」に変異が生じて起きる病気の一つ、バイン症候群だ。大阪母子医療センターの岡本伸彦研究所長によると、HNRNP関連遺伝子は、DNAからメッセンジャーRNA(mRNA)を経て、タンパク質が合成される過程で働く。変異があると、知的障害や精神、言葉、運動能力などの発達の遅れ、てんかん、心血管系の異常などさまざまな症状が出る。症状の種類や程度は患者によって異なる。
 関連する遺伝子のどれに原因があるかで主に6タイプに分かれ、それぞれ世界に数十~数百人の患者がいると推定されている。バイン症候群はHNRNPH2というタイプを指す。
 希ちゃんの場合、座ったり、「ずりばい」で移動したりでき、「喃語(なんご)」という赤ちゃん言葉をよく発する。手で何かをつかむ動作はうまくできる時もあれば、できない時もある。理学療法や言語聴覚療法には定期的に通っているが、医療的なケアはしていない。


認定こども園で発表会の練習に参加する鈴木希ちゃん=2023年11月15日午前、大阪府豊中市の北丘聖愛園

 ▽疑いから検査へ

 北丘聖愛園の新山妙子園長は「入園当初は座れなかったが、いまはイスなしでも座れるし、膝立ちもできる。手洗いも支えてもらいながらできる。言葉は話せないが、好きな子や自分のことを分かってくれる子、『あれどう?』『これどう?』と聞いてくれる子には頼っている」と園での様子を語る。
 希ちゃんは、2020年1月に生まれた。母親の歌織さん(42)によると、妊娠中や出産時、医師から指摘されるような問題はなかったという。気になる点が見つかったのは生後4カ月健診。首が据わらず、姿勢を安定させるための筋肉の緊張が弱く、股関節を脱臼している疑いがあった。
 豊中市内の総合病院を紹介され、血液検査や脳のMRIといったさまざまな検査をした。筋力低下を引き起こす難病「脊髄性筋萎縮症(SMA)」に関わる遺伝子も調べたが、いずれも異常は見つからず、経過観察とリハビリを始めることになった。
 体重は少しずつ増えていったが、リハビリを続けても症状が改善しない。歌織さんがインターネットで「発達の遅れ」などの言葉で調べてみると発達障害や脳性まひの情報やコミュニティはあったが、希ちゃんはどれにも当てはまらなかった。
 別の総合病院では眼科医に斜視を診てもらった。「だいぶ小さい頃からこうだった?」と医師。歌織さんは「発達の遅れと関係ありますか?」と聞くと、医師からは「一度、小児の専門病院を紹介してもらってはどうか」という答えが返ってきた。
 その後、歌織さんは、通っていた児童発達支援センターの医師にそれまで怖くて聞けていなかった質問をした。「発達がゆっくりなのは良いのですが、他の子どもにはいつ追いつきますか。通常の学校に通えますか」。返答は「それは難しいでしょう」だった。


認定こども園で食事をする鈴木希ちゃん=2023年11月15日午前、大阪府豊中市の北丘聖愛園

 ▽診断はついた。だが情報は少なく

 専門の医療機関に行かないと先には進めない。紹介を頼んでたどり着いたのが大阪母子医療センターだった。このセンターは、原因不明の病気に悩む子どもの遺伝子を網羅的に調べて原因を探る「IRUD」という国のプロジェクトの拠点の一つだった。希ちゃんも、このプロジェクトに参加し、遺伝子を解析した。
 22年10月、解析の結果、バイン症候群だと告げられた。担当の岡本医師から、16年に初めてこの病気を報告した英語の論文と、日本語で解説した資料を手渡され、認定遺伝カウンセラーの西村夕美子さんが時間をかけて説明してくれたが、情報は限られていた。日本に何人の患者がいるかも分からない。
 製薬企業に勤める歌織さんは医学論文に触れる機会が多く、もらった論文を読み、さらに他の論文も探した。そこで「8割ぐらいの患者は言葉を話せていない」という記述を見つけた。診断が付いたのは救いだったが、ショックは大きかった。
 診断から1週間ほどたち、論文の中に「Yellow Brick Road Project(YBRP)」という団体の名前を見つけた。米国で活動するバイン症候群の患者や家族で作る団体だった。
 インスタグラムやホームページから連絡先を見つけて、代表の女性にメールを送信。フェイスブックに関係者のグループが作られており、歌織さんはそこに加わった。「日本人は初めてですよ」と歓迎されたという。
 「言語聴覚療法はやったほうが良いの?」と聞くと、同じバイン症候群の患者の家族から「絶対やった方が良い」「将来的に話せなくても、タブレットとかでコミュニケーションをする基盤になる」という答えが返ってきた。論文には載らない、知りたかった情報がそこにはあった。感動し、孤独感も薄れていった。

 ▽日本の患者会、立ち上げへ

 一方で歌織さんはある疑問を持った。「日本からこの情報にたどり着ける人がどれほどいるんだろう」。日本でYBRPにつながっているのが1人だけなら、自分が発信するしかない。そう決断して、2022年11月からインスタグラムで情報発信を始めた。
 「今後、日本で診断される子もいるかと思い、日本語で情報とのんちゃんの成長と日々の暮らしを発信します」。そうした文章と共に始まったインスタグラムでは、バイン症候群の症状、検査、治療法を説明。さらに希ちゃんの成長の様子、希ちゃんが受けた音楽療法や作業療法について投稿していった。
 ただフォロワーはあまり増えず「さて、どうしようか」と考えた。他の病気の患者団体の人と話したり、希少疾患の患者や家族が集まるイベントに参加したりするうちに「患者会を作らなきゃ」と思い立った。フェイスブックに専用のページを作成し、2023年2月に「HNRNPH2患者会準備室」を立ち上げた。インスタグラムでは「個人よりも患者会の形をとった方が、医療関係者や行政などいろいろアクセスしやすい」と理由をつづっている。
 大阪母子医療センターの岡本医師や遺伝カウンセラーの西村さんは、過去にセンターを受診したHNRNP関連疾患の患者や家族を調べ、一人一人に歌織さんが患者会を立ち上げようとしている現状を伝えた。「興味がありますか」「情報を求めていますか」と声を掛け、実際に患者会に入った人もいた。
 西村さんは「歌織さんは海外で活動する団体のことを教えてくれて『日本にないんであれば、私が作ろう』って。すごく強い熱意を感じた」と振り返る。バイン症候群だけでは患者数が極めて限られる。2023年7月、バイン症候群以外のタイプのHNRNP関連疾患の患者や家族も含めた「HNRNP疾患患者家族会」として正式にスタートした。


日本遺伝カウンセリング学会学術集会の会場でチラシを配る鈴木歌織さん=2023年7月9日、長野県松本市

 ▽待望の臨床試験

 活動の幅は広がっていく。同じ7月には、西村さんと共に、長野県で開かれた日本遺伝カウンセリング学会の学術集会に参加。自らブースを出して、病気について伝えるチラシを配った。
 8月には米国のフロリダに家族で向かい、米国の患者会の集まりに参加した。患者会メンバーだけでなく、バイン症候群を見つけた医師や治療法を探る研究者とも話をした。研究に役立てるため、米国患者会と研究者が進めている研究に、希ちゃんや家族のデータを登録した。
 その直後の年末年始には、嬉しいニュースが飛び込んできた。バイン症候群の治療薬の臨床試験が始まるという知らせだ。オンラインで医師からYBRPのメンバー向けに説明と質疑応答の機会が設けられ、まずは米国に住む7歳の女の子が投与の対象になると明らかになった。臨床試験の情報は自身の患者会を通じて国内に紹介した。
 歌織さんは「日本国内で研究が進んでいる病気なら良いが、そうでない場合は情報が非常に限られる。海外とつながりを作るのは必須だ」と語る。「臨床試験の話はまだ決まっていない部分もあるけれど、透明性高く情報を伝えていくのが大事だなと思う」と話す。
 現在、会に参加するメンバーは9人。これまでは3カ月に1回程度の頻度でオンラインで交流してきたが、今年6月には対面で会う予定だ。


米国の患者会の集まり(2023年8月、米国フロリダ州で撮影、鈴木歌織さん提供)

 ▽つながり作りを支援する

 「同じ病気の人と連絡を取りたい」。希少疾患の患者や家族に共通する願いであり、悩みだ。難病や希少疾患の患者会でつくる「日本難病・疾病団体協議会」(東京)で患者の支援に関わる日吉こずえさんは「同じ病気の方とつながるため、患者会を立ち上げたいという相談は多い」と話す。
 現在は、まずSNSで情報発信する方法が主流だ。ブログやホームページを自ら運営しているケースもある。
 情報発信や交流を手助けするため、協議会は「希少疾患交流情報サイト」というホームページを立ち上げた。既に活動している患者会だけでなく、まだ患者会はないけれど同じ病気の人と接点を持ちたい人のSNSのアカウントやホームページを掲載している。現在、約70の病気が登録されている。
 また、協議会では年1回、患者会の運営を担う人材を育成する研究会を開催している。既に患者会に入っている人が主な対象者だが、これから会を立ち上げようとしている人も参加できる。2日間の研修で、患者会の役割、同じ病気の人からの相談に対応する方法、国の難病対策などを学ぶ。参加者同士の交流の場にもなっている。
 協議会常務理事の辻邦夫さんは「患者同士で助け合い、励まし合うことも、患者会という組織があってこそできる。正しい情報は何か、いま最新の情報は何かを見極めて発信していくのは一人だけの力では難しい。専門の先生の力も借りながら組織として取り組んで行く必要がある」と指摘する。


HNRNP疾患患者家族会のホームページの画面(患者会ホームページより抜粋)

 ▽長く続けていくために

 最近では、民間企業がコミュニティ作りを支援する動きも進んでいる。Buzzreach(東京)は患者や家族が同じ境遇の人とつながれるSNS「ミライク」を運営しており、QLife(東京)は希少疾患の患者や家族が体験の共有や交流ができるサービスを提供している。
 ただ、SNSを使うのが得意でない人、同じ病気の患者を見つけてもダイレクトメッセージを送るのをためらってしまう人、人間関係を作っていくのが不安な人。みんなが交流の場を作っていけるとは限らない。患者会を立ち上げたとしても、どう活動を継続していくかは手探りの場合が多い。
 歌織さんは取材でこう話していた。「片っ端から相談したことで前に進んだ気がする。相談できる人がいたら進む勇気がもらえる。ただ、効率的ではなかったかもしれないし、まだ全然分からないことだらけ。まず何をして、次に何をしたら良いかというノウハウがあったら困らないで済むかもしれない。今は一人で運営しているので、将来どう続けていくかも課題です」。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください