海底の坑道には、今も183人の遺体が閉じ込められている…82年たっても政府が調査に後ろ向きな理由 山口「長生炭鉱」の犠牲者と、戦没者との差
47NEWS / 2024年3月27日 10時0分
砂浜に立つと、海面から2本の巨大なコンクリート塔が突き出しているのが、数十メートル先に見える。その下には、今も183人の遺体が沈んでいる。
太平洋戦争中の1942年2月、山口県宇部市沖の海底にあった「長生(ちょうせい)炭鉱」で水没事故が起き、労働者が坑道に閉じ込められた。犠牲者183人のうち136人が、戦時動員された朝鮮人だった。
地元で長年、追悼や真相究明の活動を続けている市民団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は昨年12月、「遺族は高齢で、残された時間は少ない。遺骨を日の当たる場所に出してほしい」と政府に発掘調査を求めた。
しかし、地元選出の林芳正官房長官は今年1月、「埋没位置や深度が明らかでない。調査は困難」と拒否した。80年以上たっても、遺骨に光は当たらないのだろうか。(共同通信=丹伊田杏花)
▽水非常
長生炭鉱は瀬戸内海に面した山口県宇部市の床波海岸で、大正初期ごろに開鉱された。「山口炭田三百年史」などによると、最盛期の1940年には約15万トンの石炭を産出し、992人が働いた。
宇部市石炭記念館の広畑公紀学芸員(41)は「宇部にあった炭鉱の一つで、中小規模だったとされる」と解説する。
当時、日本は朝鮮半島を植民地支配し、戦争が拡大するにつれ不足する労働力を補うため、朝鮮人を動員していた。宇部市史によると、長生炭鉱では多くの朝鮮人が働いていたことから、「朝鮮炭鉱」とも呼ばれていた。
「長生炭鉱は宇部にあった炭鉱の一つで、中小規模だった」と解説する宇部市石炭記念館の広畑公紀学芸員=2024年1月
水非常(みずひじょう)と呼ばれた水没事故が起きたのは、1942年2月3日午前だった。坑口から約1キロの沖合で、坑道の天盤が崩壊。海水が流れ込み、中にいた朝鮮人136人と、広島や沖縄出身などの日本人47人が死亡した。
犠牲者の遺骨は引き揚げられないまま、戦後に閉山。現場の海面には今も当時のまま「ピーヤ」と呼ばれる2本のコンクリート排気筒が残り、往時をしのばせる。
遺骨調査を訴える「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子共同代表=2024年1月、山口市
▽死者への手紙
「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」は、1991年に結成された。市内の西光寺にある犠牲者の位牌や、当時の資料などをもとに、犠牲者の住所地に手紙を送った。
事故から50年が過ぎていたが、予想に反して17通もの返事が届いた。「お父さんが亡くなった場所が分かっただけでもうれしい」「日本に行ったきり消息が分からなかった」などの内容だった。
1997年2月、海岸で長生炭鉱水没事故犠牲者の追悼をする韓国人遺族たち
▽追悼碑建立
手紙がきっかけとなって、韓国でも1992年に遺族会が結成された。宇部の「刻む会」は、1993年から韓国の遺族を招き、追悼集会を開いている。
刻む会は2013年、現場近くの海岸の土地を取得し、2本のピーヤを模した追悼碑を建立。それぞれに「日本人犠牲者」、「強制連行 韓国・朝鮮人犠牲者」と記し、犠牲者名も刻んだ。
以来、毎年2月3日の追悼式は、追悼碑前で行われている。追悼式では砂浜からピーヤに向け、海に献花する。
犠牲者の名前が刻まれた追悼碑。2本のピーヤを模した=2024年1月、山口県宇部市
▽国が収集するのは「見える遺骨」だけ
初めて韓国の遺族たちが参加した刻む会と国との意見交換会が2023年12月8日に開かれた。国会の議員会館で、厚生労働省などの政府担当者に遺骨調査を求めた。
おじの楊壬守さんを亡くした韓国遺族会の楊玄会長(76)は、こう声を振り絞った。
「日本政府からの謝罪と遺骨発掘を強く要求してきたが、80年が過ぎた今も何の返事もない。悔しく、もどかしい」
2023年12月、国との意見交換会に参加した韓国遺族会の楊玄会長(中央)、「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子共同代表(その右)ら=東京(刻む会提供)
刻む会の井上洋子共同代表(73)も発言した。「陸地にある坑口をショベルカーで掘り、水中ドローンで調査することができる」。国に現地視察を要望した。
それに対し、政府の回答は冷たいものだった。厚労省人道調査室の中村正子室長は「遺骨の埋没位置が分からないため困難。遺骨調査の対象は、寺院などにある『見える遺骨』だけ」とし、海底に沈む長生炭鉱の遺骨は対象外との認識を示した。
同席した社民党の大椿ゆうこ参院議員は政府の姿勢をこう問いただした。「調査対象を『見える遺骨』と限定しているのは、厚労省の内部の決まりに過ぎない。海底の遺骨も調査しようと裁量の幅を広げることもできるはずだ」
長生炭鉱水没事故の追悼式で追悼のお辞儀をする韓国人遺族ら=2024年2月3日、山口県宇部市
▽戦没者遺骨は収集するのに…
日本の軍人・軍属だった朝鮮半島出身者とその家族の遺骨は、これまでに数千人分が韓国に返還された。東京・目黒区の祐天寺は、日本政府の委託を受け遺骨を保管しているが、多くは韓国に送還された。しかし民間の朝鮮人徴用工の遺骨収集・送還はそこまで進んでいない。外交問題になったのは、20年前にさかのぼる。
2004年の日韓首脳会談で、当時の盧武鉉大統領が小泉純一郎首相に解決を要請し、小泉氏が「何ができるか検討したい」と応じた。
その後、2006年から厚労省などは各地で実地調査を開始。2016年までに計237回調査したが、遺骨返還には結び付いていない。
事故現場近くにある「長生炭鉱追悼ひろば」=2024年1月、山口県宇部市
朝鮮人徴用工の遺骨とは逆に、日本政府は戦没者の遺骨収集を重要な責務と位置付け、収集事業を進めている。2029年度までを「集中実施期間」と定め、これまで調査できていなかった国内外の埋葬地約3300カ所の現地調査を実施。海中に沈んだ遺骨も、観光ダイバーなどの目に触れて遺骨の尊厳が損なわれているような場合には、収容を検討するとしている。
厚労省はこれまで、南太平洋のミクロネシア連邦チューク諸島沖で、沈没した日本艦船などに残っていた「海没遺骨」を収容した。硫黄島では、地下探査レーダーを使って、地下にある戦没者の遺骨を調査している。つまり、「目に見える遺骨」以外も収集を進めている。
しかし、長生炭鉱については否定的だ。理由は、炭鉱犠牲者は戦没者ではなく、民間人徴用工であり、国の遺骨収集事業の対象ではないというのが国側の説明だ。
海面から突き出た「ピーヤ」と呼ばれる2本の巨大なコンクリート排気筒=2024年1月、山口県宇部市
▽死者を弔う気持ちは同じ
朝鮮半島出身者の遺骨問題に詳しい福岡教育大の小林知子教授は、日本政府の姿勢についてこう指摘する。
「政府は太平洋に沈む日本人戦没者の遺骨収集は進めている。技術問題を完全にクリアしているわけではないが、長生炭鉱では『見える遺骨』しか調査しないと基準を設けるのは、妥当性に欠ける」
「死者を弔う気持ちは宗派や国籍が違っても共通するもの。遺族の気持ちを尊重し、国の予算で調査することが日韓関係を切り開く鍵になる」
追悼式の様子=2024年2月3日
▽82年目の追悼式
事故から82年となる今年2月3日も、小雨が降る中、追悼式が開かれた。
追悼式であいさつする韓国遺族会の楊玄会長
参加者は山口県内の中学生や韓国の犠牲者遺族ら、約130人。韓国遺族会の楊玄会長はあいさつでこう述べた。
「日本政府が積極的な科学的探査をすれば、遺骨発掘は可能だ。遺骨返還問題は遺族のためだけではない。日本と韓国の過去と現在にけじめをつけ、発展的な未来に向かうため当然なされるべき重要なことだと認識してほしい」
講演する安田浩一さん=2024年2月3日=山口県宇部市
▽「放置しないことが人権を守る」
追悼式後、問題への理解を深めようと、宇部市内でジャーナリスト安田浩一さんの講演会が開かれた。
今年1月、群馬県高崎市の県立公園「群馬の森」に市民団体が設置した朝鮮人労働者の追悼碑を、群馬県が行政代執行で撤去した。安田さんは「大事な歴史の一場面が消されている」と危機感を示した。
追悼式であいさつする「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」の井上洋子共同代表
長生炭鉱水没事故に関しても、こう力を込めた。「遺骨が見つからないこと、真実を明らかにしないことで、社会が壊れていく。放置しないことが人権、地域、社会を守ることになる」
刻む会は今年、遺骨発掘に向けた調査のため、陸側に残る「坑口」を開ける計画を立てている。
井上洋子共同代表は「事故の日、冷たい海水に呑まれながら坑口を目指して必死に走った犠牲者に対し、坑口を開けることが道義的責任だ」と語った。
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