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キャリアも家族も失い「死んだ鹿の目」だった俳優、東出昌大さんが、「また生きよう」と思えた山暮らしの魅力 「人間社会の『常識』が無駄に思える」

47NEWS / 2024年3月21日 11時0分

東出昌大さん=北関東の自宅で

 2月下旬、小雪のちらつく北関東の山中。待ち合わせ場所についたというのに、携帯はまさかの圏外だった。どうしたものかとキョロキョロしていたら、ひげを生やした長身の男性が大きく手を振りながら近づいて来る。俳優の東出昌大さん。この地で半自給自足生活を始めて約2年になる。
 「人けがないから心配されたでしょう」と笑顔で迎えられた。訪問した目的はインタビュー。熊撃ちの猟師が主人公の直木賞受賞作「ともぐい」を、狩猟をしながら山で暮らす東出さんがどう読んだか聞いた。話は東出さんが移住を決めた経緯や、インターネット上で流れたデマの真相にも広がっていった。(共同通信=安藤涼子)


右手に持っているのは鹿の頭部の骨

 ▽人間社会の『こうあらねば』が、山の中では無駄


 勧められるままに鹿の革が敷かれた椅子に座ると、東出さんが手際よくまきを割り、火をおこし始める。寝泊まりしている古民家に暖房器具はない。ガスも使っていないと言う。外はマイナス2度。小枝がパチパチとはぜる音が山の中に響く。
 「ともぐい」は、日露戦争前夜の北海道を舞台に、孤高の猟師「熊爪」の生きざまを描いた長編小説だ。熊との闘いや自然を描写する迫力の筆致が評価され、今年の直木賞に輝いた。まずは率直な感想を聞いた。
 「動物の近くで暮らしながら日々考えていることが見事に言語化されていました。獲物を眺めた時に胸に去来する思いを、これだけ筆致豊かに書かれるということは、筆者は猟師なんじゃないか?と疑ったくらいです」


まきで火をおこす東出さん

 実際には筆者の河崎秋子さんは実家が酪農家。自身も羊を飼って肉を出荷していたことがあり、獲物の解体場面には圧巻のリアリティーがある。
 熊爪はどこか人間離れした人物だ。異常に鋭い嗅覚。獣の命を奪うことをちゅうちょしない代わりに、自らの死もいとわない。
 「熊爪の言動は人間から見れば粗野で粗暴だろうけど、非常に道理が通っていると僕は感じる」と東出さん。「山の中では、例えば身ぎれいにすることみたいな人間社会の『こうあらねばならない』とされていることが、非常に無駄に思えてくるんですよね」


映画「WILL」より(ⓒ2024 SPACE SHOWER FILMS)

 ▽生きている時は奥に光がある
 自身が行うのも、基本的には熊爪と同じ「単独忍び」と呼ばれる猟。全国公開中のドキュメンタリー映画「WILL」は東出さんの山暮らしに密着し、獲物を追う姿をカメラで捉えている。猟銃を片手に1人で山に入り、獲物も自力で山から下ろし、解体する。映画には50㌔ほどの鹿をたった1人で運び下ろすシーンもある。「獲物を山から下ろす時って火事場のばか力なんです。やっぱり自分で奪った命の重みを感じるからかな。日常生活やスポーツでは発揮できない力が出る」


映画「WILL」より(ⓒ2024 SPACE SHOWER FILMS)

 話しながら、東出さんはたき火にフライパンをかざし何か焼き始めた。「ツキノワグマの肉をごちそうします。僕が捕ったものではないですけど」。オリーブオイルと塩で焼いたという熊の肉は想像以上のおいしさだった。弾力はあるが、かめばかむほどうまみがあふれてくる。脂身にも独特の香りと甘みがあった。


熊肉をフライパンで調理

 肉に舌鼓を打ちながら尋ねた。「熊を撃ってみたいですか」。東出さんは少し考えて「そうですね、必要があれば」。狩猟をするのは基本的には食べるため。それは“師匠”と呼ぶ登山家、服部文祥さんの教えでもある。
 「僕が役作りで太った時があって。師匠と一緒に猟に行ったら、『デブに撃たれる鹿は浮かばれねぇな』って言われたんですよ。役作りだったのに!」と笑う。


 東出さんが「ともぐい」の中で印象に残ったのは、感情の宿っていない女の目を「死んだ鹿の目」と形容する一文という。
 「ものすごくリアルな表現だな、と。目って不思議なもので、生きている時は奥に光があるんです。でも命がこと切れる瞬間に、それがかすんで茫洋(ぼうよう)とした色になる」
 その言葉を聞き、思い出さざるを得なかった。東出さん自身にもそんな目をしていた時期があったことを。2020年に発覚した不倫騒動で、キャリアも家族も失った。バッシングを受けてどん底にいた東出さんに「山に来たら」と最初に声をかけたのが、狩猟仲間の服部さんだった。


 ▽抗議するより、黙って鹿をさばく方がいい
 「(自分から)人が離れていくだろうな、と思っていたんです。でもこっちに来たら、地元の人が『人生いろいろある』と言ってくれて」。スキャンダルの後、しばらくは眠れない日々が続いていたが「山ではよく眠れたし、飯もうまいと感じた」。ここでやり直そう、と決めた。
 移住後も、インターネット上では「複数の女性と共同生活」などという報道がされた。現地には実名で報道された女性もいたが、東出さんとは別の場所に家を借りて暮らしており、事実無根だ。間違っているのに抗議しなくていいんですか、と尋ねてみた。
 「抗議しても、今度は『東出が女性との共同生活に言及』という記事が出るだけ。そんな無駄なことをするより、ここで黙って鹿をさばいている方がいい」
 世捨て人のように山に逃げ込んだわけではなく、実は幼少の頃から自然の中で過ごすのが好きだったと言う。「(俳優として)忙しくしていた頃からリタイア後のことはよく考えていました。東京に住み続けるつもりはなかった」。今は古民家に寝泊まりしながら、敷地内に廃材を使った山小屋と五右衛門風呂を建設している。畑で野菜も作っているほか、近々地元の人に烏骨鶏(うこっけい)を譲ってもらい育ててみる予定だ。
 「獣の骨を砕いて飼料にすれば無駄がないし、卵も採れる。もうすぐ山菜も出てくるし。採れたては本当にうまいんですよ!」と語る表情は、何とも生き生きとしていて楽しそうだ。


ナイフで雌鹿を解体する

 ▽鹿の内蔵を触って感じた圧倒的な「生」
 インタビューを終えたところで偶然にも鹿が運ばれてきた。ワナにかかって地元の人が締めたばかりだという。すぐ解体するというので見せてもらうことになった。


 届いたのは2歳の雌。東出さんがナイフで腹を割くと、ふわーっと湯気が立ち上る。「まだあったかい。触ってみますか」と言われ、恐る恐る腹の中に手を入れる。思わず「えっ!」と声が出た。想像以上の熱さと柔らかさ。(もちろん鹿は死んでいるのだが)それは圧倒的な「生」の感触だったからだ。

 東出さんが手際よく内臓を取り出し、逆さにつるして皮をはいでいく。
 「やってみますか」と言われ、私も恐る恐るナイフを握った。皮を引っ張りながら皮と肉の間に刃を入れていくと、意外と難しくはない。「鹿肉は味にそれほど個体差はないですが、さばき方でだいぶ変わってきます」と東出さんが手を動かしながら教えてくれた。


映画「WILL」より(ⓒ2024 SPACE SHOWER FILMS)

 ▽他の命で生かされている
 切り出したばかりの背ロース肉をお土産にもらい、帰宅してから教わった通りにバターで焼いて、家族みんなでいただいた。くせのない柔らかな赤身は、熊とはまた全然違うおいしさだ。


帰宅してバターで焼いた鹿肉。家族みんなでいただいた。くせのない柔らかな赤身は熊とはまた全然違うおいしさだ

 その日の取材を振り返り、鹿の肉を食べながら感じたのは、よく言われる「命をいただくありがたみ」だけではなかった。自分は他の命を食べなければ生きていけないこと。そして自分もまた、この鹿のように何の前触れもなく死ぬかもしれないこと…あれ、私、熊爪に近づいている?
 「僕の人生なんて大したものじゃない。でも狩猟をやっていると生かされていると感じるし、また生きよう、と思うんです」。取材中に聞いた東出さんの言葉が、実感を伴ってよみがえった。

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